第4話 オレはここに居ます

 


 オレは父さんと母さん(略)を影に入れたまま隣町へとやってきた。

 


 今のところなんの悪臭もしないが、本当に大丈夫だろうか。


 自分の鼻は既に曲がってしまっているのではないかという疑念はあるが、街の警備も特に問題なく通り過ぎられたので大丈夫だと思いたい。


 もしも匂いが漏れていたとしたら警備兵が「ヴォエエエ!! くっせえええええ!!」と叫んでいただろうし。


 そんなことを考えながらも普通にギルドまでやってこられた。


 オレは厚いその扉をゆっくりと押し開ける。


「いらっしゃいませぇ!! 冒険者ギルドへようこそ~!!」



 女性の明るい声が出迎えてくれた。


 建物の中には見事な筋肉を誇る男達や明らかに魔法使いだろうという出で立ちの女性、そして依頼人と思われる人などであふれかえっていた。



 奥に進むと二つの受付がある。

 見上げれば片方は冒険者向け、もう片方は依頼者向けと分けているようだ。


 オレは迷わず冒険者向けの受付にと進む。


「すみません。冒険者として登録したいのですが」

「はぁーい! すぐに参ります!」


 カウンターの奥から明るい女性の声が聞こえてくる。



「すみません! お待たせいたしましたぁ!」


 茶髪の長い髪を三つ編みにして後ろでまとめているメガネの女性が出てくる。

 その手にはたくさんの資料が乗せられていた。


 随分と忙しそうである。

 まあ繁盛しているのはいいことだ。


「すみません、依頼が多くって……あら?」


 彼女はきょろきょろと辺りを見回している。



「あ、ここです。オレはここに居ます」


 カウンターが140cmくらいの高さになっているため、オレの身長より高くて見えなかったようだ。

 オレは手を上げてアピールしなければならない。


 オレは134cmと、平均よりもだいぶ背が低い。

 もともと平民だから皆大きくなりにくいのだが、それにしても低い。


 十歳ころからほとんど変わっていないのだから。


 これはオレのコンプレックスなのだ。

 放っておいてくれ。



「あっ。これは失礼しました! 僕、あのね? 冒険者登録は十二歳以上からじゃないとだめなのよ。今何歳かな?」


 彼女にはオレが十二歳以下の子供に見えるらしい。

 オレは少しむっとしてカウンターに寄りかかるように背伸びをする。


「オレは十三歳です。名前はヴォン。父さ……父がここに勤めていたはずです。名前はアグナー。その人の息子です」

「えっ!? アグナーさんの!?」


 父さんの名前を出すと、受付のお姉さんは驚いたように身を乗り出してきた。

 オレは驚いて二,三歩後退る。


「言われてみれば確かに……面影があるような……」

「……えっと」

「あぁごめんなさい! あ、今踏み台を用意しますので少々お待ち下さい!!」


 そう言うと彼女はそそくさと奥へと入っていった。


 忙しい人だなぁ。




 ふと視線を感じて横を見る。


 いかにも輩ですっといった男達が三人、にやにやした顔でこちらを見ていた。

 体の良いおもちゃでも見つけたような表情だ。


 どこにでもいるんだよなぁ。ああいう輩。


 オレは日本のコンビニ横にたむろしていたヤンキーの兄ちゃんを思い出してほっこりしてしまった。



 そう考えれば、日本もこの世界もあまり変わらないな。



 うんうんと一人で頷いたところで奥から先ほどの女性が戻ってきた。

 手には踏み台がある。


「お待たせしました! こちらをどうぞ!」

「ありがとうございます。……と、そちらは?」


 女性の後に続いて白いちょびひげを称えた男性もやってきた。

 鑑定士という言葉が似あう男だ。


 白い手袋をして虫眼鏡なんかを持っていたら何でもかんでも鑑定団に出られるんじゃないだろうか。



 男性はオレの顔を見ると涙ぐんだ。

 ぎょっとするオレをよそに彼はまずおじぎをしてくる。


「まず先ほどはうちの従業員が大変失礼をしました。ほら、リズも謝りなさい」

「ご、ごめんなさいぃ」


 リズと呼ばれたお姉さんは何度も頭を勢いよく下げてくる。


 先ほども思ったが、彼女はリアクションが大きい。




「オレは大丈夫です! それよりあなたは?」


「ありがとうございます。申し遅れました。私はここのギルド長を務めているリンダルと申します。君のお父さんとは仲良くさせてもらっていた人間です」



 リンダルさん……聞いたことがあったようななかったような?


 何せ幼いヴォンの記憶はあいまいで、自分に関わりのある名前くらいしか覚えていない。


 きっと父さんの話の中で出てきたことはあるのかもしれないが、オレは覚えていなかった。


「そうだったんですか」

「ご両親のことは本当に残念でした……」


 リンダルさんは時折涙ぐみながら父の話をしだす。


「君のお父さんと私はいわゆる同期というやつでね。彼とはよく飲みにいっていたんだよ。アグナーは働く態度もまじめでね。ギルド員からは好かれていたんだよ」

「そう、ですか」


 絶賛される父さん。

 オレから見ても良い父親だった。


「君は目の色がアグナー譲り何だね。深いワインレッド。いい色だ」

「はい。他は母似になりました」

「ああ、エルダーさんだね」

「母のこともご存じで?」



 母さんは生前は美女と評判だったらしい。

 ハニーブロンドの柔らかい髪に薄紫の瞳。


 その様はどこかの国の王族なのではないかと噂されるほどだったらしい。



 そんな母さんに一目ぼれをした父さんが猛アタックの末にオレが生まれたという訳だ。


 ……今は腐った死体だけど。




 そんなわけでオレの容姿は悪くない。

 いや、それどころか結構いいルックスなのではないかとオレは思っている。


 ゲーム内のヴォンにも一定数ファンがいたな、と思い出した。

 まあゲーム内のヴォンは十八歳なのだから、今よりももっと色男になっていたに違いない。


 オレもいずれはそうなるのだ。

 今から実に楽しみである。



「それにしても、本当に気の毒だ……。二人を一度に無くしてしまうなんて……」


 リンダルさんは目にうっすらと涙を浮かべそう続けた。


 オレとしてはもう過ぎたことだ。

 それに今はオレの影に二人ともいるし……。



 あ、そうだ。

 懐かしむならリンダルさんも父さんに合わせてあげたらいいのでは?



 ……いや無理か。

 こんなところで父さん(腐った死体)を出せば阿鼻叫喚の地獄絵図が完成してしまう。


 うん。ないない。


 オレは想像した後首をふるった。



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