グロ耐性0のオレ、【死者の王(予定)】に転生する~スローライフがしたいのに周りが放ってくれない件~
香散見 羽弥
1章
第1話 見なきゃよかった
「やった!! やっとこの時が!」
夜の墓地には不釣り合いな元気な少年の声が響いた。
墓石の下には札が置かれ、念が込められた痕が見て取れる。
「父さん、母さん! オレやったよ! これでやっと――!!」
十二,三歳ほどの小さな少年がふらりと墓石に近づきしゃがみ込む。
――ボコリ
ふとくぐもった音が聞こえる。
その音は墓石の下から聞こえてきた。
少年の顔は喜びに満ちており、この先の明るい未来を信じて疑わぬものだった。
――バッ
土の下からふいに伸ばされた二つの腕。
腕。
その二対の腕はドロドロにただれ腐っていた。
皮膚はそげ落ち、残った肉は緑色に腐り果ててところどころ白い骨が見えている。
次いで起き上がる二つの影。
鼻の曲がりそうな悪臭が立ち込める。
喜びに満ちていた少年の顔は驚き、その後恐怖に歪んだ。
「ヴワアアアアアアアアア!!!!」
少年の耳をつんざく様な叫び声が夜の墓地にこだました。
◇
オレはヴォン。十三歳。
苗字はない。どこにでもある小さな村の、ただの平民だ。
けれどオレには他の人間には恐らくないであろう重大な秘密を持っている。
……あー。
もしかしたら今の時代、さして珍しいことではないかもしれないが、オレは「転生者」という奴らしい。
前世のオレは何の変哲もない営業マンで、そんなオレは三十四歳の若さで日本での生活を終えた。
死因が何だったのかはまるで覚えていない。
まあしがない営業マンの最期など興味のある人はいないだろう。
それで、オレが前世を思い出したのが今から三年前。
オレの両親が馬車にひかれて死んでしまった、その亡骸を埋めた日の夜のことであった。
「うわああああん!! 父さんんん!! 母さん!! オレを置いていかないでぇ!!」
両親を一度に亡くしたオレはひたすらに泣きじゃくっていた。
誰もいない部屋、誰もいない家で幼いオレの泣き声だけがただひたすら響く。
その手には両親と並んで撮った映像画。
ただの平民には高価なそれは、オレの十歳の誕生日――両親が死ぬ、つい数日前に撮った物である。
記憶に新しい二人の姿を見ては、もう二人がいないのだと実感してとめどなく溢れてくる涙。
どれだけ泣こうとも、その家には誰も訪れない。
平民のオレには頼れる親戚も友人もおらず、ただひたすら泣き続けるだけしかできない無力な子供だった。
明け方、薄く日差しが差し込み始めた薄暗い部屋の中、喉もつぶれたオレは壊れたように静かに涙を流していた。
ちょうどその時、オレはふと前世を思い出したのだ。
――ああ、オレは転生したのだと。
自覚すればすべての記憶がよみがえる。
前世での生活も、ヴォンという存在がどんな意味を持つのかも、そしてこの世界のことも。
「あ……はは」
わずかに漏れ出た笑い声。
はたから見れば両親を失って心が壊れた幼子に見えただろう。
だがオレは――ヴォンは希望に満ちていた。
(ヴォンなら……オレなら両親を蘇らせることができる!!)
オレが思い出した記憶にあった「ヴォン」という存在。
その「ヴォン」がオレ自身だという幸運。
あの時ばかりは神に感謝したくなった。
この世界は前世でドはまりしていたRPG『ストレンジモンスターワールド』の世界の中だったのだ。
『ストレンジモンスターワールド』――通称『ストモン』。
「スト」と「モン」の字並びが逆じゃなくてよかったと語り継がれるゲームである。
そして「ヴォン」はその『ストモン』の世界の中では、魔王軍に属する人間だった。
人間にして魔王軍幹部にまで上り詰めた彼の役職は「
死者を操り従わせることに長けた術師。つまりは死者の王。
もちろん禁術に指定されているもので、その力の危険性から幼いころに人間社会から追放され復讐に駆られたキャラだったのだ。
分かるだろうか。
死者を蘇らせるほどの力が、「ヴォン」にはあるのだ。
つまりはオレの中に。
――ならば、両親も蘇らせられるのではないか。
それが幼いオレの心に浮かんだ希望だった。
倫理観とか、禁忌な考えだとか、そういうことは全く浮かばなかった。
最愛の両親がもう一度話しかけてくれる可能性があるのなら、オレはなんだってやる。
そんな考え方だったように思う。
そうと決めた日からオレはゲーム通り
もともと疎遠だった周囲とは離れ、ひたすらこもり本を読み漁る。
読む本がなくなれば森に出て修行を積む。
魔力が必要となれば、モンスターと戦って魔力量を増やした。
時間が経てばたつほど、修行はより激しく、より厳しくなる。
それでもあきらめるという言葉はなかった。
もう一度両親と会うために。
そうして三年の月日が流れた今日、ようやく
自分の力に自信をもってやってきた両親の墓場。
土の下に眠る両親を呼び覚ましたのだ。
そして冒頭に至る。
結果から言えば術式は完全に成功していた。
ただ一つ過ちがあったとするのならば、土の下で両親の死体が腐ってしまうということにまで考えが及ばなかったことだ。
そう。
両親は見事に腐り果てていたのだ。
それはそうだよな。
この世界は火葬ではなく土葬。
それも平民だから棺桶にも入れずに直で土の中だ。
いくら乾燥地帯と言っても三年もそのまま土の中に居たら腐敗が進むよな。
いや、乾燥地帯だからこそ白骨になるまでに時間がかかり中途半端な死体のまま呼び出してしまったのか。
完全にオレの失態だ。
せめて完全に白骨化するまで待つべきだったか。
いやそれでは母さんと父さんの見分けがつかない。
骨だけ見て自分の親か識別できる自信などないですしお寿司。
どちらにしても完全に後の祭りだ。
オレは痛む頭を軽く押さえ、とりあえず連れ帰った両親をちらりと見た。
「ワア……アァ……!!」
今度は短くか細い悲鳴が漏れた。
思わずチビキャラの様になってしまったが気にしてはいけない。
ふらふらと重心の定まらぬ動き方。
皮が腐りむき出しの肉はドロドロに溶け、ところどころに見える白い骨。
もともと目があった場所は落ちくぼんで抜け落ちた穴が広がっている。
っああ~もう駄目! 限界!
これ以上はいけませんお客様ぁ~!!
モザイク処理を入れてくださいませ、お客様!!
オレは目を限りなく細めてセルフモザイク処理を施す。
当面の間はこれでしのごう。
薄眼で見ていても、とにかくグロい。
そして臭い。
普通、蘇生魔法使ったら元の状態になって生き返るんじゃないの?
蘇生じゃなくて
勘弁してくれよ~。
オレはグロいのも痛いのも苦手なんだよ。
前世ではゾンビパニックものとか手で目を覆っていなければ見ていられないタイプだったんだよ。
そんなオレがいきなり腐った死体と画面を挟まずにご対面! してみろ。
そんなもん叫ぶにきまっている。
「ウ」に濁点も付くってもんだ。
とてもじゃないが両親に抱き着くことなどできずに、オレはどうしたものかと頭を抱える。
「あー……。えっと、父さん? 母さん?」
「「……う~」」
緩慢な動きでゆらゆらと揺れ動く両親。
りょう……しん……だよな?
間違えてないよな?
それを聞こうにも彼らは「あ~」だか「う~」だかしか言わない。
恐らく意志などないのだろう。
かろうじて両親の面影があるから恐らく間違えていないはずなのだが不安にはなる。
やはり時間が経ちすぎてしまったようだ。
もう少し早く術が使える様になっていたのなら、少しは話せたかもしれない。
まあ、過ぎてしまったことはしょうがない。
うん。しょうがないしょうがない。
とりあえずこの悪臭にも少し鼻が慣れてきた頃合いだ。
今後のことはゆっくり考えるとして、落ち着くためにも何か口に入れないといけない。
「……そういえば、オレ母さんの作る肉じゃがが大好きだったんだよなぁ」
ぽそりとつぶやいた。
よく滲みたほくほくのジャガイモに豚のモンスターの肉。
その味は今も忘れていない。
っと。今はそれどころじゃないよな。
少し感傷的になっていたのかもしれない。
オレは気を取り直してキッチンへ向かおうとした。
そして気が付いた。
母さん(腐った死体)がキッチンで何かごそごそしているのに。
もしかして、オレのつぶやきに応えようと……?
オレは感動を覚えた。
ああ、母さんはやっぱり母さんなのだ! と。
その気持ちを抱いたまま母さん(腐った死体)の手元を覗き込む。
――見なきゃよかった。
鍋にジャガイモと肉を入れて煮ている。
この際、ジャガイモがまるごと入っているところには目を瞑ろう。
問題は、肉が“なんの肉”なのかということだ。
ポトリ、ポトリと母さん(腐った死体)が鍋をかき混ぜるたびに入る肉。
煮込まれて崩れていく母さんの肉……だったもの。
これでは「母さんの作った肉じゃが」ではなくて「母さんを使った肉じゃが」じゃないか。冗談じゃない。
生憎とそんなカーニバル的な趣味、もといカニバリズム的趣向は持ち合わせていない。
そんな地獄のような祭り嫌だ。
それに母さんは言うのならば「腐った肉」だ。
RPGで出てきたら相手に投げつけて毒状態にさせる代物だ。
間違いなくこれを食べることなどできるはずがない。
腹壊すだろう。
オレ、腹よわいんだよなぁ。
え、違う?
そこじゃない?
いいじゃんよ。少しは現実逃避しても。
オレにはもうキャパオーバーなんだから。
「あ~……母さん? 気持ちはありがたいんだけど、オレお腹痛いからそれは母さんと父さんで食べてね」
「あ~?」
オレはテーブルの上にあったパンをひっつかむと素早く自分の部屋へ避難したのだった。
こうして腐った死体との共同生活が始まった。
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