第4話 決戦、森の主

今日もいい天気です。もっともこの森は高く険しい木々に覆われているため、晴天でも薄暗いのが常態化しておりますが。


昨日エビルトレントに出会えたということは、私達の目的とする場所はかなり近いと言えます。果たして勝てるのでしょうか。本日も私達はドノバンを先頭にしてゆっくりと警戒しながら進んでいます。


「目的の獲物は『エビルヒュージトレント』だと言ったな?」


「ええ、そうです。昨日のエビルトレントよりかなり大きく、しかも手強いそうです。」


「昨日のエビルトレントの枝払いには苦労させられた。そいつに私の魔法が通じればいいのだが。」


「魔力切れなど気にせず全力でお願いします。どれほど手強いのか私にも分かりませんので。」


イザベルさんは意外に弱気なようですね。上級貴族のご令嬢が泣き言もなくこの森を歩いているだけで賞賛に値しますが。


こうしてただ歩いているだけで、毒虫や毒蛇、毒を持った植物や肉食の植物に警戒しなければならない環境。私でもウンザリですが、冒険者とは因果な稼業です。私の槍で貫けないかも知れない、そんな相手がいるだけで足を運んでしまうのですから。


「ジャック、槍を貸せ。魔法をかけておいてやろう。」


「ほう、それはありがたいですね。『木切もくぎり』ですか?」


「いや、大サービスで『魔切まなぎり』だ。ただし今から一時間以上はかかるぞ。私は職人ではないのでな。」


木工や鍛冶の職人が愛用する魔法『木切』や『金切』、『魔切』は刃物の切れ味や耐久性を上げる魔法です。お手軽な『硬化』というのもありますが、職人が使う『魔切』に比べれば切れ味は雲泥の差でしょう。これはありがたいことです。そんな魔法まで使えるとは、さすがイザベルさん。


「オメーら! 下だ!」


突如ドノバンが叫びました。下から木の根が現れてたちまち私達を拘束してしまいました。私としたことが、イザベルさんとの会話に夢中になってしまっていたようです。しかも愛用の槍はイザベルさんの手中、これは困りましたね。仕方ありません。


『身体強化』


私もドノバンも魔力を振り絞って拘束を引きちぎります。そして私は予備の剣を取り出してイザベルさんとマーシナルさんの拘束を切りました。


「すまん、手元に集中して油断していた。しかし、このまま魔法はかける。」


「イザベル様は俺が守る。」


「行くぜジャック! 奴はきっとこの先だぁ!」


「ええ、予想以上に遠くから攻撃をしてきたものですね。私達で時間を稼ぎますのでイザベルさんは『魔切』の完成をお願いします。」


「任せろ。後三十分といったところだ。」


「マーシナルよぉ! イザベルをキッチリ守りながらこっちまで引っ張ってこいよぉ!」


「当たり前だ! お前らこそしっかり時間を稼げよ!」


続々と下から出てくる大樹の根。それを斬り払いながらイザベルさんを誘導するマーシナルさん。私とドノバンは直接本体を狙います。トドメを刺すためには少しでも弱らせないといけません。こんな時もドノバンはとても頼りになります。


駆け抜けること五分。鬱蒼とした森の中に突如広がる不自然な空間。こここそが、エビルヒュージトレントの縄張りなのでしょう。周囲の栄養を奪い尽くしたため、このような空間がぽっかり空いたってわけですか。


その空間の中心に鎮座する巨大なトレント。あれがエビルヒュージトレントですか……

見てるだけで逃げ出したくなる大きさです。

幹の周囲など一体何メイルあるのか……人間が十人で輪を作っても収まらないでしょう。


『ジャオオォォオァァアアーーー』


奴の声ですか……何と言っているのかは分かりませんが、気味が悪いですね……


その声に合わせるかのように大地からは根が、上からは鋭い葉が。そして正面からは無数の枝が襲ってきました。


「行くぜぇジャック!」


「ええ! 行きますよ!」


ドノバンは体ごと回転するかのように蹴りを放ち枝をまとめて払い落とします。私は進行方向に出てきた根を斬り飛ばします。葉は無視です。致命傷にならないなら気にすることはありません。


しかしエビルヒュージトレントにはまだ到達できません……あと五十メイル……たったそれだけの距離がとても遠く感じます。

剣の腕にも多少は自信がありますが、やはり私にはあの槍がないと……


「バカヤロォ! ボサっとすんなぁ!」


「ええ、失礼。あなたこそ足元にお気をつけなさい。」


そう言って私はドノバンの足元から生えてきた根を斬る。彼は手刀で私の後頭部を狙った枝を叩き折っています。残り……十メイル……


ここまで近づくと、奴は魔法までも使ってきました。定番の『火球』『落雷』『氷弾』。

自らの根や枝にダメージを与えることなど気にせず撃ってきたのです。よほど近づけたくないのでしょうか……違いますね。根や枝がいくら焼けようが自分には毛ほども影響がない、そう考えているのでしょう。ふふ、魔物とは存外愚かなものです。

魔法で攻撃してくれている間は楽なものです。避ける、逸らす、たったそれだけで解決するのですから。加えて襲ってくる根や枝が減っているのですから。これはチャンスですね。


「ドノバン! 行きなさい!」


「おうよ! 任せろや!」


ついにドノバンがエビルヒュージトレントに肉迫しました。ここからはいつも通り。ドノバンの拳が奴を叩きます。そんなドノバンの背後を守りながら、私は槍の到着を待ちます。私の槍『ミストルティン』を……




五分、いつものドノバンならとっくに魔石の位置を見つけている頃です。しかし、今回の獲物は巨樹。おいそれと見つかるものではないでしょう。奴も魔法の連発をやめて枝での攻撃に切り替えてきました。この距離です。枝の太さは普通の木の幹ほどもあります。私の剣術ではとても斬り飛ばせるものではありません。ならばこちらも盾による防御に切り替えます。ドノバンの動きを阻害しないことが、私達の勝利条件の一つなのですから。




「ジャック! できたぞ! 受け取れ!」


イザベルさんの声です。その声と同時にマーシナルさんが私の槍を投げてくれました。幸いエビルヒュージトレントの枝に叩き落されることなく、私の近くまで届いてくれました。これなら……っ!


「ジャック! こっちもだぁ! 見つけたぜぇ! ここだぁやれぇ!」


「お見事です! こちらも準備が整いました! 行きますよ!」


『螺旋貫』


なにっ!?

私の槍が効いてない……魔切までかけてもらったのに!?

いや、全く効いてないわけではない。五センチはめり込んでいる……ならば、やるしかない。


「ドノバン! 援護を頼みます! 何回でも突きますよ!」


「おうよ! 任せとけ! おら! オメーらも来いや! ジャックの周囲に邪魔を寄せ付けんなぁ!」


「心得た!」


「おう!」


頼もしい……百万の味方を得た気持ちとは、このようなことを言うのでしょうか……

それから私は体にありったけの魔力を込めて、突き続けました。




そしてちょうど五十回目、ついに……


『ジャギョオオォォオガァァアアーーー』


エビルヒュージトレントの断末魔でしょうか……私達は勝ったのです。


不思議なことに、あれだけ巨体だった奴が見る見る小さくなっていくではありませんか。まるで花が枯れるかのように。葉は散り、枝は落ち、幹だけが地面に倒れました。どうやら根も枯れ果てたようです。


「やったじゃねぇかジャックよぉ!」


「見事だ! 私が認める! お前は破極流の免許皆伝だ!」


「イザベル様の魔切のおかげだからな!」


「ありがとうございます。申し訳ありませんが解体は手伝えそうにありません……」


私の記憶があるのはそこまででした。

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