第2話 令嬢の秘密
私とドノバンの二人きりだったパーティー『サウザンドニードル』に魔法を使えるイザベルさんと、剣と魔法をほどよく使えるマーシナルさんが加わったことは、劇的な変化をもたらしました。
今までの移動は歩くだけでしたが、イザベルさんの魔法で大地を滑るように移動できるようになったのです。長距離の移動はできませんし、なだらかな平原の上でなければ無理ですが歩くより格段に早くなりました。
魔境はクタナツから北に広がっております。
まず北に一日歩くと『グリードグラス草原』、凶悪な植物が支配する緑の地獄です。ここを抜けるには順調にいって二日、場合によっては五日はかかります。
クタナツの冒険者は、ここを抜けることができて初心者卒業と言えます。
そんなグリードグラス草原からさらに北に一日歩くと『ヘルデザ砂漠』に差し掛かります。見渡す限りの砂、照りつける太陽。どこから襲うとも知れない魔物の数々。ここで命を散らした冒険者は数知れず……しかし、ここから生きて帰って下級、踏破して中級者と言われます。
現在、私達サウザンドニードルはヘルデザ砂漠を突破して、さらに北へ。『ノワールフォレストの森』の手前まで来ています。この森から生きて帰れる者は……上級者です。
「クタナツを出発して、ここまで一ヶ月もかかっていない。さすがは音に聞こえし二人だな。」
「恐縮です。イザベルさんの魔法があったおかげでだいぶ楽ができましたので。」
「オメーも中々やるじゃねーか。貴族のくせによぉ?」
「うるさい田舎者! 俺はイ、イザベル様のためならどこにでも行く!」
この一ヶ月で私達四人はすっかり仲良くなってしまいました。イザベルさんの魔法は強力無比、魔力を節約しながら使っても凶悪な魔物にすらしっかり通用します。惜しむらくは治癒の魔法が使えないことでしょうか。まあそこは治癒の薬、ポーションを使えば済む話ですから然程問題ではありません。
「さあ、皆さん。ここからが本番です。今夜はここで野営をして、明日の朝からノワールフォレストの森へと突入します。いいですね?」
「おうよ。この森ぁヤベーからよぉ。オメーら気合い入れていけよぉ?」
「当然だ。頼りにしてるぞ、ドノバン?」
「気合いで解決とは、所詮田舎者め。」
すっかり私達と打ち解けたイザベルさん。かたやドノバンとマーシナルさん。この二人のような関係を古い言葉で『狼猿の仲』と言うらしいですね。それにしても狼ですか……この森で狼には、会いたくないものです。
上級貴族であることを隠さないイザベルさん。いや、隠そうにもあれだけの魔力があれば不可能と言うものでしょう。高貴な貴族ほど、それも女性ほど魔力が高いのは常識ですから。私はその辺りを聞くつもりなどなかったのですが、ドノバンは……
「ところでよぉ、イザベルぁ何で強くなりてーんだ? 貴族の女はどうせ結婚して終わりじゃねーのか?」
「ふっ、結婚ならコイツが貰ってくれるさ。それより私には勝ちたい奴がいる。どうしても負けられない奴が……例えどれほど才能で劣っていても……な。」
顔を赤くするマーシナルさんなど目もくれず、会話を続けるドノバン。
「へー、オメーより強ぇー奴がいんのかよ。まっ、俺なら勝てるがよぉ。」
「魔法で駄目なら剣術、剣術で駄目なら素手……か。無理だな。ドノバンよ、近寄れば勝てる……なんて甘い話ではない。まあ、いつか話してやるさ。いつかな……」
「へっ、そいつクタナツに呼べよ。相手してやんぜ。」
「ふふっ、そんな日が来るといいな……」
イザベルさんも色々と抱え込んでいるようです。おや、雨ですか。雷も鳴ってきました。近くに何回か落ちていますね。ほほぅ、天然の雷とはこのような匂いがするものだったのですね。これは一体どう表現したらいいのでしょう、焦げ臭い? 雷の魔法で燻る匂いよりだいぶ濃いようです。
私も何回か食らったことのある雷の下級魔法『落雷』。所詮は人の
『避雷』
「とりあえず私達に雷が落ちることはない。うるさいのは我慢してもらおうか。」
「さすがはイザベルさん。避雷の魔法も使えるのですね。ありがとうございます。」
なぜかマーシナルさんは得意顔をしています。まあ何にしても、安心して寝られるのはありがたいことです。明日には止んでいると良いのですが。
そして翌朝。幸い雨は止んでおりどうにか行動に支障は出そうにありません。私達もテントも無事でした。
「よーし、オメーら。俺が先頭を歩くからよぉ、ジャックの指示をきっちり聞けよぉ?」
「私は最後尾を歩きます。イザベルさんとマーシナルさんは二列に横並びで歩いてください。イザベルさんは左、マーシナルさんは右です。」
「心得た。しかし妙な隊列だな? 一列の方が行軍しやすいのではないか?」
「ごもっともです。ここからは安全が第一。全方位に対して警戒する必要があります。例えば……上!」
木から垂れ下がるように襲いくる蛇『ダストスネイク』です。埃のように毒を撒き散らす厄介な魔物です。しかし私の槍の前には……
「ほほう。さすがジャック。射程ギリギリでも狙いは外さないか。マーシナル、解体だ。」
「はい!」
「素材はいらねーぞ。魔石だけにしときな。」
ドノバンの言う通りです。ここから先は魔物だらけ。いちいち素材を回収していたら瞬く間に荷物が膨れあがってしまいます。残念なことに私もドノバンも魔力庫は大きくないのですから。
「いらぬ心配だ。マーシナルの魔力庫は巨大だからな。素材を諦めるのはそれが満タンになってからでいい。」
魔力庫、俗にアイテムボックスとも言われる空間収納の能力は各人の魔力量に比例します。大きさ、腐りにくさ、出し入れの便利さなどです。私もドノバンも魔法は苦手ですが魔力量はそこそこあります。しかし遠出が多い私達は魔力庫を大きさよりも腐りにくさ優先で設定しております。逆にクタナツの近場で活動する冒険者は大きさを優先することが多いのです。
「腐ったりしねーんだろぉなぁ? マーシナルよぉ?」
「見縊るな。俺の魔力庫はイザベル様のお墨付きだ。満タンになっても一ヶ月は鮮度を保てる。」
「と言うわけだ。目ぼしい魔物は全て回収しようではないか。」
それなら安心ですね。今回の目的は結構な大物です。それを丸ごと持って帰るつもりでしたので、非常に心強いことです。
ノワールフォレストの森を北に進むこと三日。最初の試練が訪れました……
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