異世界金融外伝 〜若き日の校長と謎の令嬢 朱夏の香りは青春の残り火〜
暮伊豆
第1話 校長と令嬢
私の名はジャック=フランソワ=フロマンタル=エリ・エロー。古の王族の血を引くためにこのような長ったらしい名前を名乗っていますが、この辺境クタナツの地では血筋など何の意味も持ちません。
私の職業は校長。五歳から十歳ぐらいの子供達が通うクタナツ初等学校で十年ほど校長を務めています。
季節は夏、今日のような雨、そして雷が落ちる日は遠い昔を思い出させてくれる。この……微かに香る、雷の匂いが……
あの時も暑い夏でした。当時、私達四人はクタナツで随一の冒険者パーティーとしての地位を不動のものとしていました。
強さこそが尊ばれる、この辺境クタナツで。
「今だ! やれぇジャック!」
「任せなさい! 螺旋貫!」
私の槍に貫けないものなどない。当時の私はそう思い上がっていました。事実、どのような魔物も私の槍『ミストルティン』の前には穴だらけになったものです。
冒険者とはただの何でも屋。襲い来る魔物とも戦えば、商人の護衛だってする。賞金首を捕まえることだってあります。
この広大なローランド王国において、魔物達の生息する危険なエリア『魔境』に最も近い街『クタナツ』こそ、私が生まれ育った街なのです。
この国はおよそ三百年前、勇者ムラサキによって統一されました。そんなローランド王国が建国されるまでは戦乱の時代……いくつもの国が互いに争う群雄割拠の時代が五百年も続いたそうです。そんな中にある小国の一つ、そこの王族の末裔が私なのです。重ねて言いますが、そのような血筋などクタナツでは何の意味も持ちません。
魔法をほとんど使えない私と相棒のドノバンは、ひたすら己の肉体を武器に戦っていました。私は槍、彼は無手です。
さて、本日の獲物はオーガ。鋭い二本の角を持ち、体長は三メイルにも届こうかという巨体。これでも小さい方なのですが。
ドノバンが隙を作り、私が槍の一撃でとどめを刺すのが私達の定番の戦法なのです。この日のオーガもやはり一撃でした。
「よーしジャック! 調子いいじゃねーかぁ! さっさと解体するぜ!」
「ええ。あなたもナイスアシストでした。」
ともにクタナツで育った私とドノバン。冒険者になってからも二人でコンビを組み、魔物を狩る日々でした。大抵の冒険者パーティーは四、五人組なのですが、ロクに魔法の使えない私達と組もうという奇特な方はいませんでした。それでも私達二人は強く、瞬く間にクタナツでも上位の冒険者として一目おかれるようになりました。
そんなある日のことでした。一組の男女が私達に会いにやってきたのです。女の方は一目で上級貴族だと分かる装い、そして迸る魔力を持っていました。クタナツに下級貴族は何人もいますが、上級貴族ともなると代官か騎士長ぐらいしかいません。それがなぜ?
「お初にお目にかかる。私はイザベル、こいつはマーシナル。『千魔通し』ジャック殿、『千骨折り』ドノバン殿だな?」
「いかにも。私がジャックです。」
「短剣直入に言う。私達二人を仲間にして欲しい。聞けば貴殿らは魔法がほとんど使えないらしいな。私達はその点では役に立てると思う。」
ふわりと髪をかきあげると高貴な香りが漂ってくる。これも上級貴族の証でしょうか。
「ふむ。あなた様ほどの上級貴族がなぜ冒険者などになりたいので?」
護衛の男はムッとして口を挟みそうになったが、それは出すぎたこと。口を開くことはなかった。
「簡単だ。強くなるためだ。そのためにクタナツまで来たのだ。」
「ふむ。まあこちらにとっては損のない話。まずはお試しで一ヶ月、組んでみましょうか。いいですかドノバン?」
「ああ。せいぜい役に立ってくれや。」
またもや護衛の男が目を剥きます。それを制するイザベルさん。
普通ならば上級貴族が冒険者をするなどと、どんな危険な裏があるか訝しむところですが、ここはクタナツ。そのようなものは全く関係ありません。もしもどこぞの貴族が権力を笠に横車を押してきたならば、死んでもらうだけのことです。
「感謝する。早速だが私の魔法の腕を見てもらおうか。どこがいい?」
「では街の外に行きましょう。せっかくですから全力が見たいですからね。」
堅固な城門をくぐり抜け、外へと出れば、そこはもう魔境です。
「適当に歩いていれば魔物が寄ってきますので、仕止めてみてください。」
「心得た。」
五分もせずに三匹のゴブリンが現れました。
『風斬』
首を切断され倒れるゴブリン。
「見事な腕前です。威力、発動速度、射程距離、文句なしです。今の魔法ならば何回撃てますか?」
「あの程度なら百でも二百でもいい。次からは少しずつ威力を上げていく。」
「期待しております。」
それからの彼女は圧巻でした。魔法に詳しくない私とドノバンをして驚かされてしまったのです。これほどの魔力を持つ女性……イザベルさんですか……
「合格です。いやむしろこちらからお願いしたいぐらいです。」
「そうか。では今日からよろしく頼む。」
そこにドノバンが口を挟んできました。
「おう、こっちのニーちゃんよぉ。俺と手合わせすっか? 退屈だろ?」
「田舎者が……イア、イザベル様、よろしいですか?」
「いいだろう。これから仲間になるんだし、お互いの実力は知っておかないとな。」
ドノバンとマーシナルさんの対戦はすぐに終わりました。ドノバンの圧勝です。剣術使いのマーシナルさんが無手のドノバンを見て油断したこともありますが、油断がなくても結果は変わらなかったでしょう。ドノバンは強いのです。
「お前……その籠手は一体……?」
「へっ、特製だぁ。誰にも斬れねぇだろうぜ?」
「そうか……俺の負けだ……」
装備の差、油断を言い訳にしない潔さは好感が持てます。ここから私達四人、『サウザンドニードル』の黄金時代が始まったのです。
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