アイドルぬいぐるみ説

鮎河蛍石

かわいいはつくれる

「アイドルって、ぬいぐるみみたいだなーって。生まれながらに可愛くあることが運命づけられてるっていうか。可愛いことが仕事であって、可愛いことが存在価値で————」


 友人の伝手で某地下アイドルのオフレコ取材をさせていただいた。

 彼女たちのイメージカラーを仮名として記載する。


——アイドルって大変だなと感じたエピソードを教えていただきたいです。


「これは別のグループの子なんですけどね。その子長袖の衣装しか着ないんです」

 リーダーのブルー(十九歳)が口火を切る。


「アムカしまくってるんだよねーあの子、一回見せてもらったけどー腕に横線が線路みたいに並んじゃってて。ひゃーってなっちゃいました」

 最年少のイエロー(十六歳)がブルーに続く。


「あそこのチーム、いじめとか、嫌がらせが酷いって噂あるんすよ。うちらの仕事って競争が激しいんで、足の引っ張り合いになっちゃう的な。まあうちらは仲良しなんで、そういうトラブルは、かいむなんすけどね!」

 センターのレッド(十八歳)が隣に座るブルーに抱き着く。


「ちょっとレッドさん能果己のがみさんが見てますから! 撮らないでください…………うう、恥ずかしい」

「いいじゃーん見せつけてやろーぜ」

 赤面しうつむくブルー。

 ステージの上でチームを一歩後ろから支える役回りの彼女も、バックステージでは普段見せない一面を垣間見せる。


「いいなー私もぎゅーする」

「離れてください暑いです!」

 レッドとイエローの抱擁に挟まれ、ブルーの頬を染める朱色は、いっそうつよさを増す。

 俗に言う百合営業という奴だろうか。

 しかし彼女たち自身のエピソードトークを聴きたかったのだが、よくわからない着地をした。

 何故、余所のアイドルのゴシップに話は飛んだのか…………。

 足の引っ張り合い。

 競合のイメージダウンを図ったのだろうか。

 それにしては悪手に思うのだが。


——皆さんが思うアイドルってズバリどういった物でしょうか


「すみません、お見苦しいところを…………アイドルとはファンと成長させるコンテンツだと自負しています」

「ちょっと生々しくないブルーちゃん」

「ほっぺたを突かないでください」

「アイドルってのはさ、キラキラでワクワクとドキドキを届けるものだよ」

「抽象的過ぎて良くわかりません」

「でもでもアタシが思うに、一番キラキラしているのはブルーちゃんだと思うけどな」

 

 センターのレッドがブルーを指して自分より、秀でていると言う。

 なんだか嫌味のように思えるのだが。

 邪推だろうか。


「わたしは! わたしは!」

「イエローちゃんはぶっちぎりのかわいい担当でしょ」


 俺は営業ロールプレイが見たいのではない。

 

「マネージャーさんコレ、オフレコって言うてはります?」

「あっすいません能果己さん伝えるの忘れてました」

「ちゅう訳ですんで、伸び伸びやって頂いて」


——皆さんが思うアイドルってズバリどういった物でしょうか


「ファンがクソだるい、ほんと意味わかんねえのも居るしね」

 レッドが机にヒジを突いて吐き捨てる。


「この前もらったぬいぐるみのクマ。アレ手のところがなんか硬くてね。中身出したらGPSタグが出てきて。ほんと頼みますよ伊神いがみさん。楽屋で気づいたから良かったものの」

 ブルーがを詰めると彼は、すみませんすみませんと、しきりに頭を下げる。


「あとさチェキとか物販の時に、振付だのファンサだのに、いちいちケチつけてくる奴いるじゃん。あれマジ死ねって感じ」

「それは言い過ぎだって」

 レッドとブルーは笑いながらファンを痛罵する。


「そういうめんどくさい奴等ファンを満足させるのがアイドルかなって感じっすね」

「右に同じく」


「ウーウィー」と訳の解らない掛け声を上げながらレッドとブルーはハイタッチをする。


——イエローさんはアイドルとはどうお考えですか


「アイドルって、ぬいぐるみみたいだなーって。生まれながらにかわいくあることが運命づけられてるっていうか。かわいいことが仕事であって、かわいいことが存在価値で。どういったらいいんだろうー。セックスアピール…………そう! セックスアピールが生々しくなり過ぎないように、かわいいの文脈でコーティングして、お客さんに提供する事なんじゃないかなって。アイドルって、かわいいのパッチワークかなって思うんですよね」

 

 おっとかわいい担当はこんな感じか。


「クソ真面目かよ偉いなお前ー」

 だっはっはーとアイドルとは思えない豪快な笑い声をあげるレッド。

「イエローの言うことはいつも難し過ぎてわからねえんだよな…………」

 ブルーは頭を抱えて机に突っ伏してしまう。


「かわいいの追及ってある種の哲学的な命題だと私はとらえてますから、明確にこうだって指標がないと、ステージでどう振る舞っていいいのか分からなくなっちゃうんです。私馬鹿なので」

「あーアレだね。お姉さん、かわいいの追及からよく聞いてなかったわ」

「本物のバカが居るぞここに」

「っるせえよ」

「見ました能果己さん、このリーダー肩殴りましたよ!」


 この人たちは素でやった方がウケるんじゃなかろうか。

 女コント芸人としてだが。


——アイドルをされていて苦労されたことはありましたか。


「ホワイトさんが亡くなってから大変でした」

「あーねーホワイトさん」

「抱え込む人だったもんな」


 ホワイトとは六年前に亡くなったメンバーである。

 享年十九歳。

 未成年飲酒がSNSの裏アカウントで発覚そして炎上、その後事務所の意向で卒業する。

 程なくして向精神薬の過剰摂取により前後不覚に陥り、自宅の階段で足を踏み外し頭部を強打し、帰らぬ人となった。


「アイツはアイドルの中のアイドルだったよ」

 ブルーは遠い目をして呟く。


——つかぬ事をうかがいますが、冒頭でお話が出た別グループのアイドルってホワイトさんですか。


「実はそうなんです」

 イエローが苦々しげな表情で語る。


「私がアイドルは、ぬいぐるみめいたものだって、思うに至ったのはホワイトさんの表と裏を見ていたからです。情緒安定で私達に当たることがあって。でもお客さんの前ではそんな素振り一切見せないんです。一番煌いていて輝いていて」


——そんなホワイトさんが目障りになって裏垢をおつくりになったと?


「いやいやそんなリスキーなこと私らがやる訳ないじゃないっすか」

 刺すような視線を俺に送るレッド。


——イエローさんの話と矛盾しますよね。完璧なアイドルをやられてたんでしょホワイトさん。そんな人がそんな脇の甘い事するとは考えられませんね。


「名誉棄損ってご存知ですか能果己さん」

 営業モードの口調でブルーが俺を詰める。

 蛍光灯が瞬き、室温がぐん下がり息が白くなる。


——あなた達に法的措置が取れるように思えませんね。


「おいお前も黙ってみてないでコイツ何とかしろよ! お前マネージャーだろ? 伊神いがみよお!」

「あー申し訳ありませんボクはマネージャーじゃないです」

 レッドがマネージャーだと呼ぶ男がそれを否定する。


「は? 伊神だろうがよ」

「だいぶ混乱なさってますね。ボクは紙魚川しみかわと申します。しがない怪異研究家ですよ、ねえ能果己くん」

「せやな紙魚川くん。ところで本題に入ってもええかいな」

「いいですけど。こういう場面だと標準語なんですね」

「メリハリは大事よー」


「えっえっ」と状況を掴みかねて俺と紙魚川の顔を交互に見るイエロー。


——この写真は、先ほどあなた達を撮ったものですがよね。


「なんで? 嘘…………そうかドッキリ! ドッキリなんだろ! なあ伊神!」

「ボク紙魚川です」

「あんたらな、亡くなっとんねん。ええ加減気付や」


 俺は持参した週刊誌のコピーを机に広げた。


「二〇一七年四月二九日開催のキラリアイドルフェスに向かう道中で、アンタ等亡くなっとるんや。マネージャーの伊神さんと合わせて四人。高速道路で——」

 亡者の信号トリオに記事を読み上げて説明わからせてやる。

「終わりましたよ」

 紙魚川に肩を叩かれおもてを上げると、アイドル達は卒業きえてしていた。


◆ ◆ ◆ ◆


「本当に助かりました」

「ありがとうございます」


 ライブハウスの主人から紙魚川は謝礼を受け取る。

 友人にいいアルバイトがあると誘われた俺は、奇妙な悪霊払いをすることとなる。

 店主曰く「死んだらアイドルが控室で騒ぐんです。もうね、うるさくてうるさくて。姦しいったらない」

 俺は高校で新聞部に入っている。

 なのでネタになるかもと誘いに飛びついたのだ。


「いい取材ができたでしょう能果己くん」

「写真は何も映っとらん、ICレコーダーには俺と君の声しか入っとらん。ごめんやけど使われへん」

「残念でしたね」

「それにしてもアイドルの素って、あない醜いもんなんか?」

 

 とんでもないモノを見てあの場ではテンションが上がったが、時間が経つとなんだか胸が重かった。

 自分であの流れを作った手前、こちらに非はあるのだが。

 釈然としない。


「イエローさんが言ってたじゃないですか。私達はぬいぐるみ、みたいなものだって」

「なんぞ小難しいこと言うとったな」

「かわいいぬいぐるみの腹は裂くもんじゃないってことですよ」

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アイドルぬいぐるみ説 鮎河蛍石 @aomisora

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