ワイルド・テディ~世界最強のボディガードと呼ばれた男、クマのぬいぐるみに転生する~
麦茶ブラスター
1話
空気を切り裂く乾いた音。
俺の放った最後の弾丸が、男の右足を貫いた。
身長2メートルを優に超えるその男は、ようやく膝から崩れ落ちた。
世界最強の殺し屋デューク。本当に手強い相手だった。
俺も世界最強の称号を得たボディーガードだ。
だが、奴との間には確実な隔たりがあった。勝てたのはそれこそ奇跡に近い。
「……怪我はない、ですか」
俺が振り向くと、お嬢様は静かに頷く。
「なぜ……オレを始末しねえ……勝負はついたはずだ……」
デュークが突っ伏したまま呻いた。
「……お嬢様は、それを望まないからだ」
ヘリの音が近づいてきた。
長い夜が、遂に終わろうとしている。
安心したせいだろうか、目の前が霞んできた。
足がふらつき、地面に仰向けに倒れる。
どうしたことだろう、身体が動かない。
雲一つ無い夜空に、満月だけが浮かんでいる。
※
「○○!○○!!!」
暗闇の中で、俺は横たわっていた。
懸命に誰かの名を呼ぶお嬢様の声が、どこからか聞こえる。
誰の名前だろうか。記憶がほとんどなくなっている。
「損傷が酷すぎます。お嬢様、もう彼は……」
目が、開いた。
視界は、酷く狭い。
…そうか、ここはヘリの中。俺の頭は、体は、もう……
「………!!」
お嬢様の目が、驚きで大きく見開かれた。
死んでいなければおかしい。今の俺はそれくらいの状態なのだろう。
お嬢様の目は真っ赤で、止めどなく涙をこぼしている。
俺は何か言わなければならない。だが、声がでない。いや、口が動かないのだ。
だけど。
もしも神様がいるのなら。
一回だけで良い。
俺にもう一度だけ、奇跡をくれないか。
……ありがとう。
口の代わりに、残った左腕が動いてくれた。
俺は、ズボンのポケットから、畳まれた紙を出してお嬢様に差し出す。
「これって……」
クレヨンで描かれた、向日葵の絵。
お嬢様がまだ幼かったとき、俺に描いてくれたもの。俺は肌身離さず持っていた。
その時の彼女の笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。
大切に持っていた絵を手渡して、それで奇跡は終わり。
そう、思っていた。
……いいのかよ、神様。こんな俺に?
お嬢様と出会わなければ、きっともっと多くの人を傷つけていた俺に?
まだ奇跡を起こしてくれるのか?
絵を震える手で指さして、俺は、正真正銘最期の言葉を絞り出した。
「笑って、ください……」
財閥で起きたあの事件から、お嬢様は一度も笑顔を見せなくなった。
多感な10代を命の危険に怯えて過ごし続ける毎日。
でも、彼女を狙う人間はもういない。
だからまた、向日葵のような笑顔を見せてくれ。
太陽の下を、堂々と歩いてくれ。
その笑顔を俺が見ることは、もうないけれど。
「……うん」
消えゆく視界の端に見えた。
お嬢様が涙を拭って、強く頷く姿。
きっと、大丈夫だ。
さようなら、お嬢様。いつまでも幸せに。
ワイルド・テディ~世界最強のボディガードと呼ばれた男、クマのぬいぐるみに転生する~ 麦茶ブラスター @character_dai1
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