ワイルド・テディ~世界最強のボディガードと呼ばれた男、クマのぬいぐるみに転生する~

麦茶ブラスター

1話



空気を切り裂く乾いた音。


俺の放った最後の弾丸が、男の右足を貫いた。


身長2メートルを優に超えるその男は、ようやく膝から崩れ落ちた。


世界最強の殺し屋デューク。本当に手強い相手だった。


俺も世界最強の称号を得たボディーガードだ。

だが、奴との間には確実な隔たりがあった。勝てたのはそれこそ奇跡に近い。


「……怪我はない、ですか」


俺が振り向くと、お嬢様は静かに頷く。


「なぜ……オレを始末しねえ……勝負はついたはずだ……」


デュークが突っ伏したまま呻いた。


「……お嬢様は、それを望まないからだ」


ヘリの音が近づいてきた。

長い夜が、遂に終わろうとしている。


安心したせいだろうか、目の前が霞んできた。

足がふらつき、地面に仰向けに倒れる。


どうしたことだろう、身体が動かない。



雲一つ無い夜空に、満月だけが浮かんでいる。




「○○!○○!!!」


暗闇の中で、俺は横たわっていた。

懸命に誰かの名を呼ぶお嬢様の声が、どこからか聞こえる。

誰の名前だろうか。記憶がほとんどなくなっている。


「損傷が酷すぎます。お嬢様、もう彼は……」


目が、開いた。

視界は、酷く狭い。



…そうか、ここはヘリの中。俺の頭は、体は、もう……



「………!!」


お嬢様の目が、驚きで大きく見開かれた。


死んでいなければおかしい。今の俺はそれくらいの状態なのだろう。


お嬢様の目は真っ赤で、止めどなく涙をこぼしている。


俺は何か言わなければならない。だが、声がでない。いや、口が動かないのだ。



だけど。



もしも神様がいるのなら。



一回だけで良い。



俺にもう一度だけ、奇跡をくれないか。



……ありがとう。



口の代わりに、残った左腕が動いてくれた。

俺は、ズボンのポケットから、畳まれた紙を出してお嬢様に差し出す。


「これって……」


クレヨンで描かれた、向日葵の絵。

お嬢様がまだ幼かったとき、俺に描いてくれたもの。俺は肌身離さず持っていた。

その時の彼女の笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。


大切に持っていた絵を手渡して、それで奇跡は終わり。


そう、思っていた。



……いいのかよ、神様。こんな俺に?


お嬢様と出会わなければ、きっともっと多くの人を傷つけていた俺に?


まだ奇跡を起こしてくれるのか?



絵を震える手で指さして、俺は、正真正銘最期の言葉を絞り出した。



「笑って、ください……」



財閥で起きたあの事件から、お嬢様は一度も笑顔を見せなくなった。

多感な10代を命の危険に怯えて過ごし続ける毎日。

でも、彼女を狙う人間はもういない。



だからまた、向日葵のような笑顔を見せてくれ。

太陽の下を、堂々と歩いてくれ。


その笑顔を俺が見ることは、もうないけれど。


「……うん」


消えゆく視界の端に見えた。


お嬢様が涙を拭って、強く頷く姿。


きっと、大丈夫だ。



さようなら、お嬢様。いつまでも幸せに。



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