誰かの遺書

@sikishima

 締め切った窓から、殴るような風にあおられ乱暴に打ち付ける雨の音が聞こえる。


 それ以外に何も聞こえない。静かな、無灯の部屋。


 中には、揺れる影。照明のスイッチが押され、机の上が淡い光で照らされる。


 浮かび上がる、A4の白紙、ペン、国語ノート。


 暗闇から伸びた手が、国語ノートを開く。照明に照らされながら、文字の書かれたページが白紙の横に置かれる。


 人影の目線は、ページから動かない。部屋に響く雨の音に包まれながら、膠着が続く。


 やがて、視線が白紙に移る。起き上がったペンの影が、照らされた白紙の上を貫いている。


 ペンが、ぎこちなく走り始めた。


「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう。


 嬉しい時は一緒に喜んでくれたり、つらい時はそばに居て励ましてくれたり、どんな時でも自分の傍で支えてくれた二人には感謝しかないです。本当にありがとう。


 いっぱい喧嘩しちゃうこともあったけど、私のことを思って叱ってくれてたんだよね。全然気づかなかったけど、今になって二人のやさしさを知れました。大好きなお父さんお母さん、愛してくれてありがとう。


 親戚の人達から何か言われちゃうかもだけど、お父さんお母さんには何も落ち度はありません。親戚のみんな、責めないであげてね。お願いです。


 私は今日でいなくなっちゃうけど、家族のみんなならこれからきっと楽しい生活が送れると思います。その様子を天国から見守るから、あんまり悲しまないでね。


 友達のみんな、急にいなくなってごめんね。


 いつも気さくに話しかけてくれるみんなが大好きだったよ。私はあんまり人に話しかけるのが得意じゃなかったんだけど、みんながいっぱい話しかけてくれるからすごい楽しい学校生活を送ることができました。


 来世でも、みんなと友達になりたいです。


 もしまた会えたら、いっぱい話しかけてね!(笑)


 あんまり文章を書くのが得意じゃないので、何を書けばいいのか全然わからないです(笑)


 みんなはきっと悲しい顔をすると思うんだけど、私なんかのためにそんなに泣いたりしないで!


 みんなの笑ってる顔が大好きだから。天国まで届くぐらいの輝く笑顔を、これからもいっぱいしてくれたらうれしいです。」


 手を止め、ペンを寝かせる。始めから最後まで目線を動かした後、人影は窓に顔を向ける。


 窓は閉め切られており、カーテンに覆われている。責め立てるような音で打ち付けていた雨も、もうほとんど音が聞こえない。ペンを動かす音も止まり、聞こえるのは、人影の息遣いのみ。


 おもむろに立ち上がる。移動式の椅子が、ぶつかる。衝撃で、揺れる。


 それに構わず、ゆっくりと部屋の扉へと歩を進め、ドアノブに手をかける。


 去り際、部屋に一瞥を向ける。暗い部屋の中で、表情は見えない。


 もう、部屋には誰もいない。ただ、揺れる。首吊りの影が、揺れる。

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