ぬいぐるみが繋ぐ恋

瑠輝愛

ケンカしちゃった

 ほんの些細な事で言い合いになり、昔のダメなところをつい言っちゃった。

 足が臭いとか、すぐ物をなくすとか、あの時どうして話を聞いてくれなかったのとか、教科書を隣りの女子に貸したでしょとか、部活でバスケットボールが頭に当たった後輩女子部員を、わざとおぶって保健室に言ったでしょとか。

 あたしってすぐにこうなっちゃう。

 せっかく好きだって言ってくれた人なのに。

 しっかりしろ、本條結衣十六歳! 花の女子高生活がダメになるぞ。

 でも、なんて言えばいいんだろ。

 あの人モテるから、うかうかしてたら取られちゃうかも。


 寒空の道にあったベンチで一人うつむいていたら、どんどん涙が止まらなくなってきた。

 

「どうしたのかな? 元気ないね」


 話しかけてきたのは、白いうさぎのぬいぐるみだった。


「え?」

「とっても可愛いんだから元気だして。ほら、綺麗なボブショートが乱れてますよ」

「店員さん?」

「あら。見つかっちゃった」


 それはそうだ。

 彼女の顔くらいの大きさのうさぎのぬいぐるみを、人形劇のように話しているのだから誰でも分かる。

 ソバージュな、ふわっとした髪をしていた。

 タレた優しい目が、笑顔でうさぎの手を振った。


「ここじゃ寒いですよ。うちのお店に入りませんか?」

「お店?」

「ぬいぐるみ喫茶です。ほら、ここはお店の前だから」

「でも、私今お金なくて」

「コーヒー一杯だけおごりますよ」

「コーヒー苦手です」

「あらま。ううん……じゃあ、アップルジュースは?」

「それなら飲めます」

「じゃあ、どうぞ」


 入るとまるでメルヘンの世界に転生したみたいだった。

 どこもかしこもファンシーで、ぬいぐるみがいっぱいだ。テーブルも椅子も、白くて可愛い。

 あたしは、案内されたテーブルにつくと、うさぎも置かれた。


「洗ってあるから、触っても大丈夫だよ。ただし、飲食中はやめてあげてね。じゃあ、待っててね」


 あたしは涙をハンカチで拭いながら頷くと、店員さんは笑顔で会釈をしてくれた。

 ああいうのを、ゆるふわっていうのかな。いいな、あたしなんかいつも口がきついし、あんなふうになれないや。

 ふとメニューの冊子が見えたので、開いてみる。


「へぇ。ケーキもあるんだ。……《アップルジュース一○○% 八八○円》、え、うそ。高!?」

「どうぞ」


 店員さんがコースターを添えてくれて、その上にアップルジュースが置かれた。湯気が出ている。

 あたしは申し訳なく思いつつ、それをゆっくりと飲んだ。


「美味しい」


 ため息が漏れるように素直な感想が出た。

 店員さんはそれを聴くと、嬉しそうに頷いた。


「うん。良かった。あ、これ他の人には内緒にしてね。広まっちゃうとお店大変になるから」

「ありがとうございます。お金あとで払いに来ますから」

「いいよいいよ。それは気にしないで。今日だけの、あなたに贈るサービスです。ふふ、ゆっくりしていってね」


 こんなに可愛いお店なのに、お客が他にいない。

 時間帯も悪いわけじゃない。

 こういうお店に、彼氏を連れてきたら、恥ずかしがっちゃうかな。

 あたしはジュースを飲み終えると、丁寧にお礼を言った。


「ごちそうさまでした。ええと、柚木さん」

「名札、見てくれてありがとう。お友達誘ってまた来てね」

「はい」


 心と体は温まったけれど、外に出たらすぐに冷たくなってしまった。

 そして、ケンカのことをまた思い出してしまった。

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