現代魔法黎明期!

棗御月

もう少し夢を見させて

短編じゃい



「え、できちゃったんだけど……」


 思わずポツリと呟いてしまった。


 夏休みも中盤、ベランダで見るペルセウス座流星群。ふと、魔法が使えるようになりたいと願ってみた。

 それだけだったのに。


「あっつ!」


 夜空を指さしていた指先に火が灯るのをイメージしたら、その通りに指先に火が灯っていた。

 綺麗で、風に揺れて、ちゃんと炎だから熱い。反射的に腕を振り回して、気がついたときには指先から消え去っていた。

 仄かに爪の先あたりに残る熱が夜の白昼夢ではなかったことを教えてくれる。


「渚沙ー! 騒いでないでお風呂入っちゃいなさーい!」

「はーい!」


 ワクワクドキドキ、そして一人だけの秘密を持ってしまったつもりでお風呂に入り、湯船に浸かりながら色々こっそり試していたんだけど──



◇ ◇ ◇



「発見も開拓も早いよ」


 どうやら私が魔法を使えるようになったのと同じタイミングで、世界中で魔法が解禁されていたらしい。

 気がついていなかっただけでSNSは頭から尻尾までトレンドが埋め尽くされてるし、映像や反応も飛び交ってるし、なんなら簡単な開拓をまとめたサイトまで立ち上がってた。

 火を出す、水を出すなんてのはもう一般レベル。少し変わったところでは植物を育ててる人もいるっぽい。私が昨日お風呂の中で見つけた「火魔法追い焚き」は、有名インフルエンサーにとっくに投稿されてて2.2万いいねを獲得してた。くそ。

 ちなみに通販サイトではコンパスと歯車ぐるぐるスピログラフが完売続出らしい。


「渚沙、なんでそんな沈んでんの?」

「朱莉にはわかんないよ。自分のドキドキがあっさり壊された悲しみは」

「またわけ分かんないこと考えてるな、うん」

「私だけの魔法だと思ってたのに〜!」


 流星群に願ったのは"私が"魔法が使えるようになりたい、だったのに!

 全世界対象にしなくたっていいじゃん!


「ってか、なんでこんな一大事で普通に学校があるわけ!? わりとみんな平気で魔法使ってるし!」

「開拓もすんごいされてるねぇ。ほら」


 見せられた画面には、ピースをしながら魔法で星型のエフェクトを出すギャルが。かわい〜!


「いつか魔法にも法律とか授業が組み込まれるかも〜だってさ」

「夢がないよ、夢が。魔法になにを求めてるの」

「じゃあなに求めてるの?」

「んー……なんかこう、ファンシーなやつ」


 なんかないかなー、と周囲を見渡し、一つの物が目に留まった。

 朱莉、いいもの持ってるじゃ〜ん。


「ルルリンルカルカ、動けオイ」

「言葉遣いわっる! んで私のクマちゃんに勝手に魔法をかけるな!」


 朱莉の好きなダウナーベアシリーズのちっちゃいストラップがむっくりと姿勢を正し、机の上で動き出す。

 可愛い見た目に反してメリハリの効いたストリートダンスだ。なんでだよ。


 指先でクマちゃんのお腹をこしょぐる。感触とかは変わらないっぽい。


「こういうのばっかりがいい」

「今出回ってるの、なんか物騒なのばっかだもんね」


 棒からラ○トセーバーを出す魔法(光ってるだけだから安全)に焼畑、小さな岩を飛ばす魔法とかとか。

 危ないじゃんねー。今のところ、露骨に誰かを傷つけたりする魔法はできないらしいけど。


「そこら辺を漂いながら踊ってて」

「クマちゃんの人権を考えてあげてよ」

「夢のない話をしないで〜!」


 指先から出したシャボン玉にクマちゃんを入れてみる。濡らさないように意識すると大丈夫っぽいし、なにかにぶつかったりしない限り割れないっぽい。

 泡の中でブレイクダンスをするクマちゃんを眺めていると休み時間が終わってしまった。朱莉が席に戻る時に泡を割ったし、止めてって言われたからクマちゃんは元の状態に戻したけど、少し不満。


「たぶんだけど、今この瞬間は渚沙が一番魔法を使えていると思う」

「そうかなぁ」


 隣の席の寝ながらでも勉強できる魔法を使ってる人の方が凄くない?



◇ ◇ ◇



 時間は過ぎ、夜。

 因果律を弄って課題を終わらせる魔法とか、危険レベルの炎を出す魔法とかはまだできないっていうか、やろうとするとぶっ倒れるらしい。連続で魔法を使うとダルくなる人も多いっぽいし、MPとかみたいな概念があるんじゃないかっていうのが話題になってる。


 で、そんな開拓で情報を得た私がなにをしようとしてるかっていうと。


「ピカっとキラッとファンタズマ、さあ立ち上がれ」


 むき、と立ち上がるお気に入りのぬいぐるみたち。


「イミテーションでも嘘はつかない」


 それっぽい呪文とともに光り輝き、見た目を変えていく服。目指すのはアイドルっぽい服と魔法少女の中間くらい。

 同時にこっそり筋力増強その他諸々をかけていく。この時間まで待ったのは、恥ずかしいとか時間の余裕とか色々あるけど、エフェクト系の魔法を練習してたってのもある。動くたびにパーティクルが舞ったりウィンドチャイムが鳴る魔法を練習するのはすごく大変だった。


 でも、これでバッチリ魔法少女!

 玄関から借りてきた箒を片手に、肩や小脇にぬいぐるみを抱え、ついでにバズーカ型のおもちゃも持って、いざ窓から夜空へ!

 目眩に襲われた気がしなくもない!


「うわぁぁぁあ思ったより速いぃぃぃぃあああ」


 目指すは学校の屋上。普段は立ち入り禁止のそこに向けて空を直進!


「あああああどうもこんばんはぁぁあぁあ!」

「こんばんはぁぁぁぁ!」


 同じようなことを考えていたらしい、空飛ぶ魔法使いさんとすれ違った。お互い制御不能だから、なんとか交わした挨拶はドップラー効果で消えていく。

 当然、ちゃんと箒の上に座り続けることなどできるわけもなく。筋力増強のおかげでなんとか落ちてはいないものの、ナマケモノのようになんとかぶら下がっているだけの状態で、学校の方角へとすっ飛んでいく。


「あああああぶつかるぶつかブベッ」


 咄嗟にでかクッションを作り出して衝撃を緩和した私を誰か褒めて欲しい。

 やっぱダメだ、バレたら怒られる。きっと誰にバレても怒られる。


 箒もクッションも消して、夜の屋上を見渡す。

 当然だけど、照明も特に物もない。冷たくて閑散としたコンクリートが広がっているだけ。真っ暗なステージの上を、煌びやかな衣装を身に纏いパーティクルを散らす私だけが占有している。

 ここで魔法少女らしく誰かと戦うか、もしくはアイドルっぽく歌って踊れたら最高かもしれない。いつかはやってみたい。


 でも今日は、ちょっと違うんだ。

 今日だけは魔法少女でも、アイドルを夢見る女の子でもない。


「ようし、遮蔽物なし! リリカルマジカルエクリシス!」


 担ぎ上げたのは、家から持ってきたバズーカ型のおもちゃ。

 魔法をかけて魔法銃に変化させ、肩に乗っける。


 狙う先は夜空。

 私だけの願いを、幻想を、全世界に振り撒いたクソッタレな願い星への、抗議の一撃だ──!


「ぶち飛べオラーッ!」


 砲口から飛び出す一筋の流星。

 猛烈な速度で飛び出していき、綺麗な尾を引いて夜空を切り裂いていく。

 誰もが見上げない夜空を、私が全力で彩ってやるんだ。


 一拍の溜めの後に、大空で大輪が開く。

 空を埋め尽くす大量のパーティクル、たった一発から引き起こされたとは思えない連鎖爆発と色の嵐。煙臭さもなければ騒がし過ぎたりもしない、ただ光と無数の流星を降らせるだけの花火だ。


「綺麗〜! ……あれ、あ、ん?」


 ふらり、と視界が揺れる。体に力が入らない。


 いきなり体を襲ってきた脱力感に抗えず、体が屋上に倒れ込む。


「あ」


 絶対MP切れだ。

 もうすぐお風呂の時間、なのに──


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現代魔法黎明期! 棗御月 @kogure_mituki

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