ぬいぐるみの片思い 【KAC20232】
広瀬涼太
ぬいぐるみの片思い
変な夢を見た。
パジャマ姿の女子が、俺の体をぎゅっと抱きしめる。
直前にちらりと見えたその顔は、確かにクラスメイトの
すぐにわかった。これは夢だと。
先月から隣同士の席になって、だんだん仲良くなってきたけど、さすがにこれはやり過ぎだろう。
俺を抱いたまま、彼女はベッドに横になる。
(ま、待って、まだこんなのは早い!)
叫んではみたものの、金縛りのように体は動かず、声すらも出せない。
そして彼女は、友達だってめったに見られないような満面の笑顔で、俺に話しかけた。
「おやすみ」
◇
気が付けば、自室のベッドの上だった。早鐘のように、心臓が暴れているのがわかる。
しばらくの後、落ち着いてくると、こんな言葉がこぼれた。
「住吉さん、ごめん」
夢で会えて嬉しかったのも確かだが、勝手にパジャマ姿とかハグとか、そんなことを想像してしまった罪悪感もあった。
◆
また、変な夢を見た。
鏡の中に、住吉さんの姿が見える。その腕の中にいるのは、大きなクマのぬいぐるみ。
彼女がぬいぐるみに呼びかける。
「
それは、奇しくも俺の名と同じ。
鏡の中で、彼女はクマを抱きしめる。同時に、俺の体も抱きしめられた。
もしかして、その名は偶然なんかじゃないかもしれない。
夢の中で俺はクマのぬいぐるみになって、片思いの女子に抱きしめられていた。
◇
また、自分のベッドで目覚めた。
一瞬、誰かの視線を感じた気がして、俺は誰もいないはずの自室を見回す。
小さなネコのぬいぐるみが、俺の方を向いていた。
元はと言えばそれは、姉のものだった。もうぬいぐるみを可愛がる年でもないと、捨てられそうになったものを貰い受けたのだ。
ただ、俺にはぬいぐるみと遊ぶ趣味もなかったので、それはずっと俺の部屋のすみにいただけだった。
久しぶりにネコに触れ、頭を撫で、そして胸に抱いてみた。
夢の中で、彼女がクマのぬいぐるみにしたように。
「住吉さん……
彼女の名が、口からこぼれる。
ふと我に返り、誰もいないはずの自室を、もう一度見回した。
◆
今日も、変な夢を見た。
「
住吉さんが、俺の名を読んでいる。この前は、下の名だったのに。
「圭一くん……」
そう思ったら、今度は下の名で呼ばれた。
彼女の手が、俺の頭を撫でる。
俺がうちのネコにしたのと、同じ仕草で。
そしてまた、抱きしめられる。
「いつかきっと……ぬいぐるみじゃ、なく……ね」
そんな小さな声が、確かに聞こえた。
― 了 ―
ぬいぐるみの片思い 【KAC20232】 広瀬涼太 @r_hirose
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