はつこい

夏木

はつこい





「あのさ、ぬいぐるみの修理とかも出来る?」


 同じクラスだけど、ほとんど話をした事もない、人気者の彼が、気まずそうに声をかけてきたのは、放課後の、人気の無い廊下だった。


「ぬいぐるみ? ……の修理?」


 彼が声をかけてきた事も意外だったけど、言われた内容はもっと意外だった。

 彼は恥ずかしそうに頷いた。


「……妹が大事にしてたぬいぐるみの手が取れて……。俺じゃ直せないし」


 もごもごと聞き取りづらい声で彼は口にし、そして、視線が向けられた。


「確か、手芸部だよな?」

「え!? あ、うん!」


 私が入ってる部活を知っているとは思ってもなくて、私は何度も頷いた。

 何で知っているんだろうという疑問と共に、なんだか私も急に恥ずかしくなった。


「……本当は、新しい奴を買えばいいのかもしれないんだけど……」


 彼は口を閉ざし、下がっていた視線がさらに下がった。

 どうしたんだろう、と耳を澄ましていたから聞こえた。


 母さんの形見みたいなもんなんだ。


 そう、寂しげに呟いた声が。


 この時初めて私は、彼の母親が亡くなっている事を知った。

 いつも明るい彼に、そんな不幸が訪れていたなんて知らなかった。

 だから、気付けば了承していた。

 それに形見だなんて聞いたら無視もし辛い。


 その日、早速帰りに彼の家に寄った。ぬいぐるみは彼が言っていた様に、手が取れただけだったので、直すのは比較的簡単だった。

 直したぬいぐるみを妹ちゃんに渡せば、妹ちゃんはとても嬉しそうに笑って、そんな妹を見て、彼は学校では見せない、お兄ちゃんの表情で、妹ちゃんの頭を撫でた。

 そんな彼の微笑みに、私の胸は大きく跳ね、心臓の音が耳にはっきりと聞こえてくる。

 流石にそれは、何かの間違いだ、と自分に言い聞かせながら、お暇を告げると、彼は送ると言って、駅まで送ってくれた。

 帰り道、何の話をしていたかは、覚えていない。

 ただ、前途多難な初恋をした事だけは自覚した。



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はつこい 夏木 @blue_b_natuki

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