魂のありか

月井 忠

第1話

 ぬいぐるみとは綿を布で包んだ物だったらしい。


 今では運動を生み出すアクチュエーター、感覚器となるセンサー、そして思考を司るCPUによって構成されている。

 過去のぬいぐるみと外見に違いはないが、精密機器と言っていい。


 いつからか、人々はぬいぐるみに別の意味を付与し始めた。


 ペットとしての存在だ。


 食事も排泄もしない、散歩も必要としない、死ぬことのない可愛らしい存在だ。


 私には少女だった頃、親に買ってもらった、白くて、まん丸で短い手足を備えたぬいぐるみがいる。

 スフィーと呼んでいる。


 スフィーは私が家に帰ってくると玄関で待っていてくれた。

 待たせてゴメンねと撫でると目を細め、寄り添うと、短い手を伸ばし抱き上げることを要求してくる。


 スフィーとは何度も一緒に旅行をし、多くの思い出を共有している。

 私にはパートナーはおらず子供もいないが、スフィーがずっと一緒にいてくれた。


 中学生のとき、スフィーの毛糸に汚れが目立つようになった。

 親に相談すると業者に頼んで、新しい毛糸と交換することになった。


 ペットもトリミングをして印象を変えるのだから同じことだ。


 高校生のとき、スフィーの動きがおかしくなった。

 バイトで貯めたお金を使って、アクチュエーターを最新の物に新調した。


 ペットも怪我をしたら動物病院に行って治療をするのだから同じことだ。


 その後も必要に迫られるたび、スフィーを直した。

 センサー、バッテリー、通信機器。


 全てはスフィーと一緒にいるためだった。


 最新のペットロボットは、もっと高性能で、できることも増えているが、私は頑なにスフィーを愛し続けた。

 私はハイスペックなペットではなく、動くぬいぐるみを求めていた。


 時代の流れは、そんな私の密かな感慨も押し流していった。


 ある時、スフィーが動かなくなると、いつものように業者に修理を頼む。

 業者は、この商品の部品在庫はなくなりました、修理はできませんと言った。


 動かないままのスフィーが帰ってきた。


 私は手を尽くして調べたが、どこに頼んでも修理はできないということだった。

 代わりに新商品を紹介されるばかりで、私の心はすさんでいく。


 傍らには動かないスフィーがいて、ずっとこちらを見つめている。


 そんなとき、修理は無理だが、可能な限り今の状態と同じにできると言う業者が現れた。

 正直、説明を聞いてもよくわからなかったが、要は最新の物を使って似せた姿を作り、そこに今まで蓄えられたデータを入れ込むということだった。


 スフィーの蓄えたデータはクラウドに保存され、スフィー本体が壊れてもバックアップで復旧できる状態にあった。

 業者はわかりやすく、身体を新調しても魂は元通りと言った。


 私は疑った。


 しかし、他に手がないことも知っていた。


 スフィーは新しい身体を手に入れ、我が家に帰ってきた。

 姿形は私が今まで思い描いた姿とそっくり同じだった。


 撫でると目を細め、寄り添うと、短い手を伸ばし抱き上げることを要求してくる。

 私は涙を流して、スフィーを抱きしめた。


 私の考えは変化した。


 すでに身体の至る所を病み、老い先短い身となっていた。


 私はすぐに電脳化を決める。


 魂が宿るという脳をアップロードし、機械の身体に意識を上書きするというものだ。

 話を聞いた当初、怪しい技術に吐き気がした。


 スフィーを見る。


 この子は私が知るスフィーそのものだった。


 私は常にスフィーの隣で寄り添う者でありたい。


 この子を一人、置き去りにしたくはない。

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