頼子
NADA
「ぬいぐるみ」
「ごめん、
部屋にひとり残された頼子は、ベッドの脇に置いてあるコアラのぬいぐるみを手に取ると、ぎゅっと抱き締めた
「ひとりじゃ寂しくて死んじゃうよ…」
頼子は泣きながら呟いた
孝志とはつき合って三年が過ぎた
婚前旅行で行ったオーストラリアで買ったコアラのぬいぐるみ
「なんか、このコアラ頼子みたいだな」
笑いながら孝志がコアラのぬいぐるみを自分の腕につける
コアラのぬいぐるみは手の部分が何かに掴まれるようにできていた
ぬいぐるみの真似をして頼子がふざけて孝志の腕につかまる
「おー、そっくりだ」
「可愛いとこも似てるでしょ?」
「うん、かわいいかわいい」
孝志が頼子とコアラのぬいぐるみの頭を一緒にくしゃくしゃと撫でた
楽しかった旅行での出来事を思い出して、頼子の目からさらに大粒の涙がこぼれ落ちた
「孝志…孝志がいなくなったら私…
」
月曜の朝、死にそうな心のまま頼子は会社へ行った
頼子の仕事は会社の受付嬢だ
心とは裏腹に笑顔で朝の挨拶をする
「今日なんかアイメイク濃くない?」
同僚の啓子が横目で言う
「寝不足で目のクマがすごいから、隠してるの」
作り笑顔の頼子が答える
「さては、昨日の夜孝志くんが寝かせてくれなかった?」
ニヤッとして啓子がからかう
「ある意味、間違いじゃないわ」
頼子はため息をつきながら言った
「えーっ!!別れたー!?」
昼休みのカフェで啓子が大声で叫んだ
「シーッ!そう、振られたの…もぅ、ダメだわ私…」
「だって、結婚の話も出てたのに…」
啓子が周りを見回して小声になる
「うん、結婚となるとダメだったみたい…」
甘えん坊の頼子を、二つ年上の孝志はいつも優しくリードしてくれた
入社した頃、ひとりじゃ何もできない頼子のことが可愛いと、孝志からのアプローチで付き合いが始まった
けれど、頼子も25才を過ぎて受付嬢の後輩もいる
いつまでも可愛いだけでは、孝志も荷が重かったのかもしれない
結婚の話が出るたびに、少しずつ孝志の心は離れていった
頼子だって、自分でもわかっていた
ぬいぐるみが好きで、孝志に甘えてばかりいた自分
結婚して、家庭を築いてやっていける自信も本当はなかった
家に帰って、ベッドに横になる
ベッドの周りには、たくさんのぬいぐるみ
子どもの頃から好きで集めたぬいぐるみたち
頼子は、コアラのぬいぐるみをつかむとゴミ袋に投げ入れた
涙が流れてきて、急いでゴミ袋からぬいぐるみを取り出した
「ゴメンね、コアラちゃんは何も悪くないのに…」
ぬいぐるみの頭を撫でると、元の位置に戻した
しばらくは、何のやる気も起きないまま日にちだけが過ぎた
週末、デートの予定もなく暇なので、頼子は久しぶりに実家に顔を出した
「そう、孝志くんとは結婚しないのね…」
母親が納得したように呟いた
「まぁ、そんな気はしてたから」
落ち込む頼子は、えっ?と母親の顔を見た
「孝志くんは優しくて頼り甲斐があるように見えるけど、本当はそんなタイプじゃないと思ってたから」
意外な母親の言葉を頼子は黙って聞いていた
「それに、頼子だって本当は大人しく家庭に入るような子じゃないでしょ?」
のぞき込むように笑顔で母親が言う
「頼子の名前の意味は
さすが年の功、母親には見抜かれていた
可愛らしい見た目とは違って、頼子は抜け目のないあざとい女子だった
孝志のタイプの甘えん坊の女の子の振りをしていた
コアラも寂しくて抱きついているのではなく、暑い中体温を下げるために涼しくて温度の低い木にしがみついているらしい
ぬいぐるみ好きのぬいぐるみみたいな女の子が、中身も可愛らしいとは限らないのである
コアラもああ見えて筋肉質で鋭い爪をしている
頼子はその後、転職してバリバリ働くキャリアウーマンになったとさ
おわり
頼子 NADA @monokaki
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