KAC20232 ぬいぐるみ

橋元 宏平

ぼくはぬいぐるみ

 ぼくは、ぬいぐるみ。

 君がちっちゃな手で、ぼくを掴んで選んでくれたね。

「パパ、ママ、この子が欲しい」って。

 ぼくを選んでくれて、ありがとう。

 それから、ぼくは君のものになった。

 君とぼくは、いつも一緒だったね。

 君は、どんな時もぼくを抱っこしてくれた。

 ご飯の時も、君はぼくを横に置いてくれた。

 一緒に、テレビもたくさん観たね。

 お友達と一緒に、おままごともしたね。

 ぼくにいっぱい、話し掛けてくれたね。

 寝る時も、一緒に寝たね。

 君のママが、ぼくをお洗濯しようとした時、君は泣いて止めてくれたね。

「可哀想だから、やめて」って。

 そうしたら、君のパパが濡らしたタオルで、ぼくの体を拭いてくれた。

 綺麗になったぼくを見て、君が笑ってくれたのが、嬉しかったな。

 君が文字を書けるようになったら、ぼくの体に君の名前を書いてくれたね。

 君のものって証みたいで、嬉しかったんだ。

 君は大きくなるにつれて、ぼくを触ってくれなくなった。

 一緒にいる時間が、どんどん少なくなっていった。

 部屋のすみっこに置かれる時間が、多くなった。

 それでもぼくは、君のことをずっと見ていたよ。

 ある日、君は、ぼくを手に取ってくれた。

 久し振りにぼくを掴んでくれた君の手は、とても大きくなっていた。

 初めて会った頃よりも、君はずいぶん大きくなったんだね。

 でも、君は冷たい声で、こう言った。

「こんなの、もういらない」って。

 ぼくは出会った時からずっと、君のことが大好きだったよ。

 ずっと君の側にいたかったけど、ついにお別れの時が来たんだね。

 ぼくの体は、日に焼けて、すっかり色褪せてしまった。

 布も擦り切れて、糸がほつれたところから、わたが覗いている。

 目のボタンも、ちぎれて落ちそうになっている。

 こんなボロボロのぼくなんて、もういらないよね。

 ぼくは今日、君に捨てられる。

 悲しくても、泣くことも出来ない。

 だって、ぼくはただのぬいぐるみだから。

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