ずっと一緒だよ
佐楽
1
「ぬいぐるみを集めるのは子供のイメージが強いですが大人でも集める人というのは思ったより多いものですよ」
男はにっこりと笑ってそう言った。
歳は三十代後半といったどころか、物腰の柔らかいゆったりとした話し方をする。
聞けばおもちゃ店で働いているという。
「大人がぬいぐるみを集める理由って何だと思われますか?僕は寂しいからだと思います」
男は長い足を組んでどこか優しい記憶を手繰るような目線を宙に向けた。
「大人になるほど人と親しくなるのは難しい。飲みに行ったり上辺だけの知り合いが増えてもただ自分の側にじっといてくれる静かな友人はそうそう見つからない。そういう寂しさを紛らわせてくれるのがぬいぐるみです。つまりは代わり、ですね」
男の細長い指がさわさわと交ざり、静かに興奮しているのがわかった。
「でもね、ただ代わりにするにしたって何でも良いわけじゃない。ちゃんと愛情のこめられたものが良い。職人が一体一体手作りしたものとかね、魂がこもってて全く同じものは存在しない」
男と視線が交わる。
その目はどこか夢を見るようにうっとりとしていた。
「だから彼らを贈ったのです」
90年代後半、とある事件が世間を震撼させた。
連続児童誘拐事件である。
被害児童は一人や二人に留まらず二桁に上ったともいう戦後としては最悪の事件の一つとして伝説化している。
そしてこの事件が最悪である理由として犯人の異常性が取り上げられる。
誘拐された児童宅にぬいぐるみを送りつけるというものだ。
それもただの量産品のそれではなく職人が手作りしたようなぬいぐるみであるため購入履歴から犯人の検挙は易いものと思われたが思わず捜査は難航し被害児童数二桁という結果に至る。
事件から3年後、思いもよらぬ形で犯人が逮捕された。
犯人は三十代後半の玩具店を営む男であり特に抵抗も否認もすることはなかったという。
逮捕後、男の自宅に警察が入ったがその現場に居合わせた捜査員の中には後々PTSDを発症したものも少なくないという。
男の部屋に、彼らはいた。
まるでぬいぐるみのようにもう自分では動かせぬ体を支え合いながら。
彼らは防腐処理を施されていたが所詮は素人の手によるもので部屋は異臭と蛆虫の温床だったという。
結局、その男のもとから生きて帰ってきた児童は一人もいなかった。
そして被害児童宅に贈られたぬいぐるみであるが多くの場合廃棄されたというが、中にはまだ手元に置いている家庭もあるという。
「☓☓☓ちゃん、もういなくならないでね」
ある被害児童の母親は亡くなった娘の名前をつけてそのぬいぐるみを常に抱いて離さず、亡くなるまでそのぬいぐるみをベッドの脇に置いていたらしい。
死後遺言により棺に共に納められたというが。
「ねえ、ママ。このぬいぐるみお家に連れて帰ってもいい?」
ずっと一緒だよ 佐楽 @sarasara554
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます