【KAC20232】ヌイグルミの宝
小龍ろん
ヌイグルミの宝
その日、世界中の人々は不思議な声を聞いた。
“喜べ人の子らよ。世界は生まれ変わった”
声の主は神か、悪魔か。その正体は
世界に訪れた変化。その筆頭として上げられるのが、各地に発生した特殊な領域だろう。その領域は、人類がこれまで常識としてきた理論・法則が通用しない。
空間は歪み、物理法則に反した事象が確認される不思議な領域。各国はそれをダンジョンと称し、立ち入りを規制した。しかし、それでもダンジョンに魅せられる人間は絶えない。
◆◇◆
一攫千金を夢見る二人組、ショウ&カズキは今日も今日とてダンジョンに潜る。その日、彼らがやってきたのは、ダンジョン化したおもちゃ屋だった。
「えらく喧しいな」
「本屋とは大違いッスね」
おしゃべりな変身ステッキや、所構わず跳ね回るバネ仕掛けのおもちゃ、暴走ミニカーがフロアを賑わしている。
最初は警戒していたショウとカズキだったが、大半のおもちゃたちは彼らに何の興味を示さないことがわかると、大胆に動き回るようになった。無駄に適応力が高い。
とはいえ、探索が順調とは言えなかった。
「な~んにも見つからないッスね。金になりそうなものは」
「そうだなぁ」
珍妙なおもちゃはいくらでも見つかるものの、それが金になるかと言えば首を捻らざるをえない。探索を開始して一時間。早くも諦めの雰囲気が漂いはじめていた。
「こうなりゃやけっぱちッス! お~い、お宝! 出てくるッス!」
「いや、さすがに無理があるだろう……」
突然、カズキがお宝に呼びかけはじめた。ショウは、そんなカズキに呆れた目を向けている。そんなときだった。商品棚の影から何かが飛び出してきたのだ。
「まさか、お宝っスか!?」
「そんなわけないだろう。これは……ヌイグルミか?」
現れたのはクマのヌイグルミだった。身長は20cmほど。頭が重いのか、よたよたと歩く姿はなかなかに愛らしい。そのヌイグルミは珍しくショウたちを認識しているらしく、身振り手振りで何かを訴えている。
「うん? 何が言いたいんだ?」
「ふむふむ。なるほどなるほどッス」
ヌイグルミの手足は短く、可動域は狭い。ボディランゲージの自由度も乏しく、ショウには何が言いたいのかさっぱり理解できなかった。だが、カズキはさも理解しているかのように相づちを打っている。
「お前、コイツの言いたいことがわかるのか?」
「当然っス! 心と心が通じ合えば、言葉の壁なんてないに等しいッス!」
ならば何故同じ言葉を話す俺の意図が通じないことが多いのだ、とショウは思った。が、面倒なので口には出さない。
「で、コイツはなんて言ってるんだ?」
「“宝が欲しいか? ならば、儂が案内してやろう。無論、分け前は貰うがな”と言ってるッス!」
わざわざ声音を変えてカズキが翻訳した言葉は、愛らしいヌイグルミにはとても似つかわしくないものだった。だが、ヌイグルミはゆっくりと頷くのみ。ショウの目にも異論があるようには見えない。
「……まあ、いい。だが、宝の場所を知っているのなら、何故自分で取りに行かない?」
見た目と言動のギャップは飲み込んで、ショウが尋ねる。すると、ヌイグルミがまた珍妙な動きをはじめた。それをカズキが訳す。テンポが悪いが仕方がない。
「“出来るものならそうしたいところだが……このナリではな。協力者が欲しいと考えていたところに現れたのがお前らだったというわけだ”って言ってるッス」
相変わらず無駄に細かいニュアンスまで伝える翻訳だ。本当かよと思いつつも、ショウはその内容を信じるしかない。
「いいだろう。案内を頼む」
「それじゃあ、グルミン、よろしくッス!」
こうして、三人はおもちゃ屋ダンジョンを攻略すべく、パーティーを組んだ。
「ぎゃー! 兵隊っス! おもちゃの兵隊ッス!」
「いまどき、ブリキの兵隊って、嘘だろ!?」
「やめるっス、グルミン! 無駄に挑発するのはやめるッス!」
ときに、おもちゃの兵隊に取り囲まれたり――……
「うぎゃ! アレ、なんスか!? スライム!?」
「そういうおもちゃがあるんだろうよ! ああいう手合いは燃やすに限る!」
「あ、兄貴!? ライターで何を……ああ!?」
「げ、スプリンクラーか!? こうなりゃ逃げるぞ!」
「最初から逃げた方が早かったッス!」
ときに、ゲル状生命体に火を放とうとして、消火設備を起動させてしまったり――……
「今、カチッって言ったッス!」
「トラップか!?」
「ああ、黒ヒゲっス! 黒ヒゲの海賊が飛んでいったっス!」
ときに、トラップらしき何かを発動させたりと波乱に満ちた冒険を繰り広げた。
そして、ついに彼らは辿り着いたのだ。グルミンの言う宝の在処に。
「って、宝ってコレかよ……」
「“ふふ、この輝きの価値がわからんとはな……”と言ってるッス。でも、大した価値がないのは俺にもわかるっス」
「イミテーションではな……」
プラスチックのケースに並ぶそれは、たくさんの指輪。宝石部分のクオリティはやけに高いが、全体で見ると作りは安っぽい。おもちゃの指輪だと二人は思った。
「“いらんなら、儂がもらうが?”と言ってるッス」
「はいはい、好きにしな。はぁ……今日も儲けはなしか」
「ダンジョン探索も楽じゃないッスねぇ」
結局、二人は成果もなくダンジョンを出ることになった。
後日、おもちゃ屋ダンジョンで未知の鉱石が見つかったというニュースが流れる。それは、おもちゃの指輪の台座に乗せられていたというが……二人には関係のない話だった。一攫千金は遠い。
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