ウーパールーパーはBLの夢を見るか

ぽんぽこ@書籍発売中!!

如月様と六木君、ときどき私。


「はぁ~、今日も如月きさらぎ様と六木むつき君ペアの絡みは尊いわ~」


 夕焼けが差しこむ放課後教室の片隅で、私の親友である本庄弥生やよいがウットリとした表情で溜め息を吐く。



「弥生は相変わらずだね……」


 私はそんな彼女に苦笑いを浮かべながら、帰り支度を整える。



「何言ってるのよ! こんな美味しいシチュエーションが目の前にあるっていうのに、興奮しない沙月さつきの方がおかしいでしょ!」


 そう言って弥生は鼻息荒く力説する。


 どうやら彼女は腐女子というやつらしい。正直、私にはよくわからない趣味だ。


 彼女の視線の先では、対照的な二人の男子が会話を交わしていた。



「なぁ、六木。このあと付き合えよ。ちょっと気になる店を見付けたんだ」


 そう誘ったのは如月隼人はやと君。金髪で切れ目のイケメン、性格は活発的かつ自由人で女子からは人気がある。

 だけど男性と話すのが苦手な私からすると、ちょっとだけ怖いイメージがある。


 彼のお父さんは、世界的に有名なデザイナーらしい。だから彼は、昔からブランド物ばかり身に着けている。ピアスやシルバーの指輪などのアクセサリーもいっぱいだ。



 そして彼に誘われているのは、高校生モデルをやっている六木ひかる君。如月君と違って中性的な顔立ちで、あの艶のある黒髪を伸ばしたら女の子と見間違うほど。


 性格は恥ずかしがり屋で、なかなか視線も合わせてくれないから一部の人は女々しくて嫌って言うけれど、私はそうは思わない。


 私は彼と席が近いからたまに話すことがあるけど、話してみると意外に面白い人だったりする。たぶんこれは私だけが知っているんだけど、会話のちょっとした瞬間に見せてくれる笑顔がとても可愛い。



 見た目も性格も正反対な二人なんだけど、どうしてかいつも一緒にいるんだよね。

 たまに六木君が虐められているんじゃないかって思う時もある。現に今も――。



「え? あ、いや……僕は……」


 断ろうとした六木君の腕を、如月君が強引に引っ張る。


 もしや喧嘩? と教室に緊張が走った。



「いいから来いって! 俺の奢りだからさ!」

「……わ、わかったよ。そこまで言うなら付き合うよ」


 如月君に引っ張られながら、六木君は渋々承諾する。


 よかったぁ。殴り合いの喧嘩とかにはならなくて。

 ホッと胸を撫で下ろした私の横で、親友の弥生が興奮気味に声を上げた。



「やっぱりこの二人最高だわ~! 如月君の攻めにタジタジになりながらも、次第に受け入れちゃう六木君。如月君×六木君尊い~!」


 彼女は相変わらず、二人が絡む姿を眺めるだけで幸せそうだ。


 別に恋愛感情があるとかじゃなくて、、あくまで妄想の世界を楽しんでいるみたい。本当に不思議な子だなぁって思う。


 でも内気で友達の少ない私に構ってくれる、良い子なんだけどね。


 そんな弥生を横目で見つつ、私は鞄を持って立ち上がる。



「あれ? 沙月、どこ行くの?」

「今日はお父さんのお店の手伝いがあるから、もう帰るね」

「そっか。じゃあまた明日ね~」


 笑顔で手を振る弥生に見送られながら、私は教室を後にした。





 私の家はハンドメイドのぬいぐるみを売っている。

 今の時代に合わないと言われるかもしれないけれど、小さいころからぬいぐるみが好きだった私にとって、それはかけがえのない宝物だった。


 私が小学生の頃、今は亡きお母さんと一緒に初めて作った小さなクマのぬいぐるみ。それがきっかけとなって、私は裁縫に目覚め、今では将来は自分のお店を持つために頑張っている。


 だけどその夢は、最近少し難しくなった。

 というのも、うちのお店の経営が芳しくないのだ。


 原因はいくつかあって、まず一つ目はお客さんが少ないこと。二つ目は、経営しているお父さんが年を取ってきたことだ。特にお母さんが亡くなってからは病気がちになってきて、あまり無理はできない状態だ。


 だから私も高校生の内からお店を手伝おうと思っているのだけれど、中々上手くいかない。


 今日もお父さんに怒られちゃったし、このままじゃダメなんだろうな……。

 そんなことを考えながら、店舗の前を通って隣の自宅に向かう。



「あれ? なんだろう?」


 その途中で、いつになくお店の方が騒がしいことに気が付いた。気になった私は、家に戻る前に少しだけ様子を見てみることにする。


 外からショーウインドー越しにこっそり覗いてみると、そこには見慣れた顔があった。



「あ、あれは――」


 そこにいたのは、クラスメイトの如月君と六木君だ。

 二人は何やら揉めているようで、今にも取っ組み合いが始まりそうな雰囲気である。


 ど、どうしよう!? タイミング悪く、店内にはお父さんはいないみたい。

 もしかしてこれって、止めに入った方がいいのかな……?


 だけど勇気が出ない。私みたいな人見知りで引っ込み思案な女の子が、いきなり二人の間に割って入ったら迷惑になるだけなんじゃ……。


 それに、もし二人に嫌われたりしたらクラスでハブかれちゃったり……。


 頭の中でグルグルと思考を巡らせていると、突然如月君が六木君の腕を掴んだ。



「お店で暴力はだめですっ!」


 気が付くと私はお店に突入して、二人の前に出て叫んでいた。

 自分でも驚くくらい大きな声が出てしまったせいで、二人ともビックリした表情で固まっている。


 こ、怖いよぉ……!

 でも、ここで引き下がったらダメだ! 私は震えながらも覚悟を決めると、震える声で言葉を続けた。



「ふ、二人とも落ち着いてください! 何があったのかわかりませんけど、まずは話し合いましょう……!」


 すると次の瞬間、如月君は大きく目を見開いた後、急に笑い出した。


 六木君も「北条さん……?」と驚いた様子でこちらを見ている。

 何が何だかわからないまま戸惑っていると、しばらくしてから落ち着いた様子の如月君が口を開いた。



「……ははっ! お前、クラスメイトの北条沙月だろ? 何でここに居るんだよ?」


 何がおかしいのか分からず、今度は私が固まってしまう。


 それを見た彼は、更に笑った。



「やっぱそうだよな! いやぁ~、悪い悪い。勘違いさせちまったみたいだな」

「え? どういうことですか?」


 意味がわからずキョトンとしていると、今度は六木君が説明してくれる。



「えっと、実は如月君に誘われてこのお店に来たんだけどね。僕と彼の気に入ったぬいぐるみが被っちゃって。それでどちらが買うかでモメてたら……」

「ヒートアップしちゃった?」


 こくん、と頷く六木君の手元に視線を向けると、確かに一つのぬいぐるみがあった。


 どうやら本当にぬいぐるみを巡った口論だったみたいだ。

 でもこう言っちゃなんだけど、高校生にもなってそんな子供みたいな喧嘩しちゃうの?


 六木君はまだしも、ぬいぐるみなんてまるで興味の無さそうな如月君が……。



 さらにはそのぬいぐるみが問題である。

 今もバチバチと火花をぶつけ合う二人の間に置かれたぬいぐるみを見て、私は複雑な心境になってしまった。



「えっと、それ。ウーパールーパーのぬいぐるみだよ? しかも抱き枕サイズの……」


 そうなのだ。彼が持っているのは、今流行りのキャラクター『モコ』でもなければ、人気の動物キャラクターでもない。ちょっと変わった形の生き物であるウーパールーパーをモチーフにした商品だった。


 売り物の中でもイロモノ中のイロモノ。私がいろんな動物の練習を兼ねて作ったはいいものの、半分はネタのつもりだったのよね。


 制作者である私は好きだけど、半年以上も誰の手にも取られなかった売れ残りだ。



「「え? 可愛くていいじゃん。俺(僕)は好きだよ?」」


 二人揃って声を揃えるものだから、思わず苦笑してしまう。

 どうやらこの二人は本当に相性がいいみたい。


 そんなことを思っていると、如月君が腕を組んで溜め息を吐いた。



「仕方ねーな。そのぬいぐるみはヒカルに譲るからよー、代わりに別のを俺に選んでよ」


 唐突な提案に六木君が首を傾げる。



「え、どうして僕が?」

「だってヒカルの方がセンス良いじゃん。それになんだか、お前にプレゼントして貰ったみたいで嬉しいしさ」


 そう言って照れたように笑う如月君を見ていると、なぜだか胸がざわついた。


 え、何なのこの気持ち? 今まで感じたことのない感覚に戸惑ってしまい、慌てて視線を逸らす。


 するとその先にいた六木君が口を開いた。



「分かったよ。でもそれだったら如月君も選んでよ。お互いにプレゼントした方が記念にもなるし」


 眩しいほどの満面の笑みを浮かべている彼に、私はまたしても衝撃を受けてしまう。


(わ、私ですら六木君にそんな笑ってもらったことがないのに……!)


 なぜか悔しさが込み上げてくる中、二人が楽しそうに我が家のぬいぐるみたちを選び始めた。


 どうしてだろう、お客さんにウチのぬいぐるみを褒めてもらえているのに素直に喜べないのは……。



「あ、そうだ北条」

「――えっ?」


 思わず学校の鞄を持ったまま店内で呆然と立ち尽くしていると、突然如月君が目の前で話しかけてきた。


 しまった! ぼーっとしてたせいで反応が遅れた! どうしよう!? 変な子って思われたかも……っていうか近過ぎるんですけど! すごっ、男の子なのにまつ毛が私よりも長い……。


 焦る私の様子など気にもせず、彼は言葉を続ける。



「で、どうして北条はこのお店にいるんだ? ひょっとしてお前も買いに来たのか?」

「え、いや、あの、それは……」


 うぅ~! 早く何か答えないと! でも何を話せばいいのぉ~!? パニックになった頭で必死に考えていると、意外なことに助け船を出してくれたのは六木君だった。



「違うよ如月君。このお店は彼女の家がやっているんだ」


 それを聞いた途端、如月君は目を丸くして驚いた様子だった。

 あれ?  どうして六木君はそのことを知っているの……?



「マジでっ!? ってか、なんでそんなことヒカルは知っているんだよ?」

「だってお店の名前が“北条堂”だったから……」


 あ……そうだった。そういえば看板にはちゃんと名前を書いてたんだった。

 お父さんが付けた名前をすっかり忘れてたよ……。



「へぇー、そうなんだな。じゃあ北条は家に帰ってきたところだったのか?」

「う、うん」


 なんとか会話を続けることができてホッとする反面、未だに緊張で心臓がバクバクと音を立てている。



「でもこの店の品揃えって凄いよなー。これ全部ハンドメイドなのか?」

「どれも可愛いよね。他の店じゃ買えないようなものばかりだしさ」

「そうそう! 特にこの空飛ぶムツゴロウとかすっげぇよな!」

「ふふっ、そうだね。でもやっぱりさっきのウーパールーパーが一番かなぁ」

「わかる。あの間抜け顔の可愛さは段違いだよな」


 そんな会話を繰り広げる二人を他所に、私はあることを考えていた。


(そっか……二人とも私が作ったものを気に入ってくれたんだ)


 そう思うと途端に嬉しくなってくる。それと同時に、私はあることを思いついた。



「ねぇ六木君、如月君。良かったらなんだけど……私がもうひとつ、ウーパールーパーのぬいぐるみを作ろうか?」


 そう提案すると二人は顔を見合わせる。



「え? 北条が……?」

「もしかしてここのぬいぐるみ、北条さんが作っているの?」


 意外そうな表情をする二人に、今度は自信を持って答えることができた。



「売り物のほとんどはお父さんの作品だし、まだまだ修行中だけど……一部はそうだよ。だから二人の意見を聞かせてくれたら嬉しいかな」


 自分でも顔が真っ赤になっているのが分かる。だけどこれは私にとってもせっかくのチャンスなのだ。


(頑張って作ったぬいぐるみを見てもらって、もし喜んでもらえたら――)


 きっと私も変われる気がするから。


 そしてあわよくば、彼らともっと仲良くなりたい。そのためにまずは一歩を踏み出してみよう。


 そう決意した私に対し、彼らは快く頷いてくれたのだった。





 結局、二人はそれぞれお気に入りのぬいぐるみを選んで購入することになった。


 何日か待ってくれればウーパールーパーぬいぐるみを用意できるとは伝えたんだけど、それとは別に欲しくなったみたい。



 レジに持って行った後、ふと思い出したかのように如月君がこちらを振り返る。



「そうだ。せっかくだからインストのアカウント教えてよ」

「え? インスト……って画像を投稿するアプリのアレ?」

「そうそう。ほら、俺のID教えるからさ!」


 そう言ってスマホを取り出した彼が画面を見せてくるので、私もポケットから自分のを取り出す。


 そしてお互いが登録し終えると、すぐに通知音が鳴って友達申請が送られてきた。そこには可愛らしい黒猫のアイコンと共に『如月』という名前が表示されていた。



「これでよしっと。いつでもメッセージ送ってくれていいからな」

「う、うん。ありがとう……」


 笑顔で手を振りながら店を出ていく彼の後ろ姿を見ながら、私は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。


(ど、どうしよう……! まさかクラスで一番のイケメン君と連絡先を交換することになるなんて……!)


 これが夢じゃなければいいなと思いつつ、思わず頬をつねってみる。



「……痛い」


 どうやら現実のようだ。

 信じられない出来事にしばらくその場で呆けていると、隣にいた六木君が話しかけてきた。



「なんだか嬉しそうだね」

「そ、そんなことないよ! ただちょっとビックリしてるだけっていうか……!」


 慌てて否定する私を見て、彼は楽しそうに笑っている。



「そうかな? 僕には凄く嬉しそうに見えるけどなぁ~」

「ほ、本当に違うってばぁ~!」


 からかわれて恥ずかしくなってしまい、ついそっぽを向いてしまう。


 もうっ、六木君ったら意地悪なんだから……。



 でもどうしてだろう、不思議と嫌な気分にはならなかった。むしろ心が温かくなっていくような感じがする。


(これってやっぱり……そういうことなのかな……?)


 今まで感じたことのない気持ちに戸惑いつつも、それを表に出さないように努める。


 すると不意に隣から視線を感じてしまい、そちらへ顔を向けると彼と目が合ってしまった。



「――っ!?」


 反射的に顔を逸らすも、心臓の鼓動はどんどん速くなっていく。


(うぅ~、どうしてこんな気持ちになるんだろう……)


 ドキドキしながら胸に手を当ててみるけれど、一向に収まる気配はない。それどころかますます酷くなる一方だ。



「ねぇ六木君。良かったら六木君もインス――」

「でも、あんまり調子に乗らないでね?」

「え?」


 私の言葉を遮るように放たれた棘のある言葉に驚いてしまう。それはまるで釘を刺すような言い方だった。



が優しいからって、気があるとか勘違いしないで」

「え、いや。そんなこと私は……」

「アイツは今までもこれからも、僕のモノなんだから。誰にも譲らないし、ましてや女になんて渡すつもりもない」


 言葉の意味が分からず困惑していると、六木君は今まで学校で見せたこともない凍てついた視線を私に向けた。



「人形は余計なことを喋らないから好きだよ。だからハヤトが人形と居ても、僕は嫉妬しない……」

「……ッ!」


 その瞬間、私は悟った。

 ああ……この人は本気なんだ。如月君のことを本気で友達以上に想っているんだと。


「……ごめんね、今のはちょっと言い過ぎたかも。忘れて」

「え? いや、大丈夫です……よ?」

「ありがとう。ぬいぐるみの件、よろしくね」


 ハッと我に返ったのか、申し訳なさそうに謝る六木君は「じゃあ」と言葉を呟いて如月君のあとを追いかけていった。




 私はしばらくレジの前に立ったまま、二人が出ていった扉を見つめていた。


(そっか……そうだったんだね)


 これまで教室で見ていた二人の様子を思い返しながら考える。


 てっきり仲のいい友達だと思っていたけれど、実は違ったのかもしれない。だってお互いに想い合っているのなら、あんな風に相手を傷つけるようなことはしないだろうから。


(それにしても六木君、あんなに怖い顔するんだ……)


 普段は大人しい印象だったけど、さっきの表情はとても冷たくて怖かった。まるで別人みたいだったな……。でも、そっかぁ。


 さっき二人を見ていて心がざわついた理由が分からなかったけれど、今なら何となく分かる気がする。


 しまったばかりのスマホをおもむろに取り出し、インストで親友とのDMを開いた。



「『六木君×如月君』も中々に尊かったよっと……」

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