第6話
『吾妻、駅ついた?』
ピコンと音を立てた携帯を確認すれば、篠宮から新着メッセージと心配したウサギのような絵のスタンプが送られてきていた。何度も来ている駅だというのに、大学3年になってもこうして心配してくる篠宮に俺は小さく笑みを浮かべて『あと数分で着く』と返信した。土曜の昼間の電車内は平日よりも空いていて、電車の緩やかな揺れでつい眠ってしまいそうになる。駅に到着するというアナウンスを受けて、俺は眠気を振り払いながら席から立った。
生温い熱気を纏った人混みに紛れながらホームを進んでいく。大学へ進学すると同時に、大学近くの高層マンションで篠宮は一人暮らしを始めた。通学時間を節約して仕事へ時間を回しているらしいが……そもそも俺の大学まで来て俺にちょっかいをかけなければ、篠宮はもっと余裕のある暮らしができるのにと以前の俺は思っていた。
今は……篠宮に手間を取らせている後ろめたさを感じながらも、大事に思ってもらえているようで嬉しい自分が確かにいる。高校の時以来、篠宮に告白されたことはない。それとなく「吾妻、好きだよ」とか「僕のお嫁さんになる?」とかは冗談のような軽い口調で言われたことがあるが、その言葉のどれもが俺の返事を必要としない、篠宮の独り言のようなものだった。
どうやら篠宮は、高校の時に告白を拒んだ俺のことをずっと気遣っているらしかった。俺が気後れしないようにと、篠宮がわざと明るく振る舞ったり冗談めかして本心を口にするのを、俺はわかっていて何年もそれに触れることができなかった。
「……暖かいな」
改札を抜けると同時にもわっとした空気が流れ、たくさんの酸素と春の匂いが肺に入ってくる。雪は解けて春になった。数日前まで冷たかった風は、今はもう咲き始めた花の匂いを纏った暖かな風へと変わっている。あっという間に変わっていってしまう季節は、篠宮に似ていると思った。
「……吾妻ー!」
ふと顔を上げれば、東口に続く通路で篠宮が笑顔で手を振っているのが見えた。俺からの距離は何メートルも開いているのに、恥ずかしげもなく大きく頭上で手を振って声を張っている篠宮に、思わず笑いが溢れてしまう。この駅に訪れる度に大袈裟に迎えられるため、「そんなことしなくても篠宮は目立つからわかるよ」と伝えたこともあるが、篠宮は「僕が吾妻を一番最初に見つけたいから」と言って譲らなかった。
手を振り返せば、高校の頃から篠宮と交換するように身につけているチョーカーの鍵が服に隠れて胸の前で揺れる。この鍵がないと篠宮は誰とも番になれないという事実が、負担ではなく仄暗い安堵感に変わったのはいつからだっただろうか。
「篠宮、そんなに叫ばなくても聞こえてる」
「いや~?吾妻は意外と抜けてるところあるからなあ」
駆け寄ってきた篠宮が俺の隣に並び、俺たちは篠宮のアパートへと向かって歩を進めた。
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