【全年齢版】運命を捻じ曲げるほどの▶︎BL

きやま

第1話

 出来損ないのΩだと、自分でもわかっていた。


 同年代のΩ達が垢抜けて綺麗になっていくのを横目に、俺はどこまでも普通で地味でしかない自分を嫌というほど見つめなくてはいけなかった。αと並ぶくらいの身長の高さ、そのくせ顔立ちは平凡で筋肉もついていなければ肉付きがいいわけでもない。βと言われても違和感がないくらいの……いや、まだβだったらどれだけ良かっただろうと思うほどの平凡さ。男にも女にも相手にされない容姿、おまけに普通の恋愛なんてできるわけもないΩ。俺の運命は、正直言って最悪だった。


 それでも小学生までは良かった。まだバース性について理解も浅いし、体も成熟していない子供だったから。Ωだと指を指されることはあっても、俺自身を指差されることはなかった。


 ……それが変わってきたのは、小学校の高学年から。


 授業でバース性について教えられた時、クラス中の目が唯一のΩである自分に集まったのを感じた。クラスで目立っていた男子が手を挙げて発言した時に、あの時に……俺は明確に殺されたんだ。Ωという自分のバース性に。


「先生!吾妻くんはΩなのに、どうして可愛くも綺麗でもないんですか?」


 「たしかに色気ねーよな!」と笑っている男子の声が、「やめなよかわいそうじゃん」と笑っている女子の声が、笑いながら生徒を咎める教師の声が、高校生になった今でも俺の頭の中で、俺のことを笑っている。αもβも、クラス中の人間が俺のことを笑っていた。あの時に俺は、自分はおかしいのだと、出来損ないなのだと強く自覚をさせられた。


 ……だからこそ、高校はΩしか通えない学校を選んで進学したのだ。誰にも笑われない環境で勉強をしたくて。……しかしそれも、叶わない願いだったが。


 αやβから笑われることはなくなったが、今度はΩから見下された。同じΩならば友人になれるかもしれないと、簡単に考えていた俺が悪いのだ。結局どこまで行ってもカーストからは逃れられない。美しいΩや可愛らしいΩが頂点に立ち、俺のような特出すべきところのないΩは最底辺に位置する……ただそれだけのこと。社会の仕組みは変わらない。


 αは社会の頂点へ君臨し、βは社会を回し、Ωは虫を誘う花のように美しく咲いて優秀なαを捕まえなくては……生きていけない。




「……吾妻」


 一度聞いたら忘れられないほどの美しい声だと思う。……この男の場合、美しいのは声だけではないけれど。


「篠宮、また来たのか」

「吾妻に会いにきてるんだから、当たり前でしょ」


 俺に向かって微笑んだ美しい男は、俺に並んで冷たいコンクリートへ腰を下ろした。放課後の校舎裏……人気のない目立たないこの場所が、俺たちの待ち合わせ場所だった。待ち合わせといっても、俺がここで時間を潰していたらいつの間にか篠宮がやってくるようになったというだけの話ではあるが。


「お前、早く帰らなくていいわけ」

「えー?僕がここに来るの、嫌なの?」

「……嫌っていうか……」


 薄暗く冷たいこの場所は、篠宮には全然似合わない。


 篠宮は他に類を見ないほどの繊細で美しい顔立ちに、しなやかで華奢な体つきをしている。身長は俺の肩ほどだが、Ωにしては長身だろう。それでもこの男は十分に、いや十分すぎるほどΩとしての要素を兼ね備えていた。知力や運動神経も入れて考えれば、そこらのαでは太刀打ちできないほど能力も高い。そんな優秀なΩが、どうして俺のような出来損ないのΩを気にするのか。


「ていうか、帰るなら一緒に帰ろうよ。どうせ家は隣なんだし」


 ……そう。篠宮の家は俺の家の隣だった。小学生の頃からお互いを知っている仲でもある。とはいえ篠宮はΩだけが通える学校にずっと通っていたため、同じ学校に通うことになったのは高校からの話だが。放課後にこうして2人で話すのは、小学生の頃からの日課のようなものだった。学校であったくだらない話を篠宮がしたり、俺はハマっているゲームの話をしたり、本当に取り止めもない話ばかりをしてきた記憶がある。


 篠宮は、俺のことを唯一バカにしてこない、俺が唯一心を許せる友人だった。


「あ、久しぶりに僕の家で遊ぶ?この間吾妻が言ってた新作のモニモン買ったよ。通信交換しよ」

「え、まじか。でもお前、家の用事あるんじゃないの」

「……あー、あれね。いいのいいの、どうせ今日やらなくてもいいんだから。今日は吾妻の日!」

「もう直ぐ卒業なんだから、お前もちゃんとしろよ」


「ハイハイ」と適当な返事を返し、篠宮は俺のリュックを持って立ち上がる。夕暮れの橙色が篠宮のミルクティーのような髪色を照らして、金色に輝いて見えた。ああ、眩しいな……と俺は思う。


「……荷物くらい、自分で持つよ」

「いいのいいの!吾妻の荷物は僕が持つって決まってるんだから」


 ……到底釣り合わないなと思うんだ。こんな軽さじゃ。





「お邪魔します」

「どうぞー」


 門をいくつか通り抜けて篠宮の家の玄関に入ると、優しげな女性の声が「お帰りなさいませ」と奥から聞こえた。そしてしばらくすると初老ほどの優しげな顔立ちの女性がパタパタと廊下の先の扉から、こちらへ早足で歩いてきて出迎えてくれる。


「タエさん、ただいま帰りました。僕の部屋で過ごすので、2人分のお茶の準備お願いできますか?」

「承知いたしました。奥様と旦那様は夜遅くにご帰宅されるそうです。五紀お坊っちゃま、お夕食は……」

「悪いんですけど夕食だけ……吾妻と僕の2人分、作ってもらってもいいですか?作り終わったら今日のお仕事は終わりにしていただいて大丈夫ですから」


 てきぱきとタエさんに指示を出す篠宮を見て、改めて自分とは生きている次元の異なる人間なんだと実感する。ごく自然に人に指示をする立場――篠宮は大企業の社長の一人息子だ。だからこそ一見施設かと間違えてしまいそうになる程大きな家に住んでいるし、こうして家のことをやってくれる使用人もいる。


 今日だって本当は、篠宮は任されている仕事をやらなければいけなかったはず。高校を卒業したら大学に通いながら父親の仕事を少しずつ手伝うんだと、そう聞かされたのはいつだったか。そう考えを巡らせていると、不意に篠宮に腕を引っ張られた。


「吾妻、何ぼーっとしてんの。ほら行くよ」

「あ、ああ……」


 篠宮の細長い綺麗な手に掴まれるがままに腕を引かれ、俺たちは階段を上っていく。

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