非売品のぬいぐるみ

御月

繋ぐ未来

 懐かしい音を聴き、ふらりと足を踏み入れた。

 ゲーセンは筐体が並ぶので、昔から見通しが悪い。煙草もOKだったから、不良の溜まり場だなんて言われてたが、ここは煙草の残り香もなく明るい。天井の低さと筐体のせいで、視界の悪さは相変わらずだった。


 心が踊る自分がいた。気付けば小銭をポケットに突っ込むくらいに。

 だが、冷めていく。

 自分が知るゲーセンとは、随分様変わりしていた……時代の移り変わりか。カードを並べるの、ディスプレイを囲んで座るの……何を楽しめばいいのか見当もつかない。

 ポケットの小銭が行き場を無くし、じゃらりと鳴った。






「おかえりなさい、てんちょ」


 店に戻ると、バイトが首をかしげた。あぁ、雑誌の配達帰りだった。


「あれ……?」


 バイトが目敏く指差す。それはゲーセンで唯一心動いた筐体の……ピンクの丸いぬいぐるみ。欲しかった訳じゃない。ただ、唯一楽しめるゲームの結果だ。


「やるよ」

「気持ちだけ。そのゲームは卒業です、私」


 ゲームのキャラらしい。


「飾るのは? このキャラの漫画とノベル、ありますよ?」


 店頭ディスプレイ──アリだな。

 ぬいぐるみを飾り、僕はその存在もすぐに忘れた。






 ある日、小さな客が来た。


「ください!」


 娘が手にするのは本ではない……ぬいぐるみ。

 失敗だ。欲しがる客がいるとは──曇りの無い笑顔で。


 ……本屋だと突っぱねるのは、なぁ。

 本のオマケで……って親の姿がねぇ。


(てんちょ、プレゼントして『大きくなったら本買って~』は?)


 ナイスだバイト!






 後ろ姿を見送る。

 頭を下げる母親と手を繋ぎ、片手は──ぬいぐるみをギッチリ胸に抱いている、宝物のように。


「ゲーセンか、本仲間に成長したら、面白いかもな」

「なにか言いました、てんちょ?」

「いや、ナイスアイデアだったぞ、ってな」




「また行くか──ぬいぐるみ取りに」

「ハイハイ!私も連れてってください!」


 バイトの笑い声が聞こえた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

非売品のぬいぐるみ 御月 @mituki777

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説