治癒術師は絶望している
zan
治癒術師・エリサン
夏も終わり、山の木々は葉を落とし始めていた。
その村は周囲のほとんどを山林に囲まれているので、そうした変化はわかりやすい。隣の町へつながる道でさえも、隠れてしまおうとしていた。
そんなとき、落ち葉を踏み鳴らし、その男は一人でやってきた。
大きなカバンを背負った大男だ。
左足をわずかに引きずるように歩き、彼は来た。
「なんだあんたは、この村に何しに来たんだ?」
村人たちは突然やってきたその男に問いかけた。
この村には見るべきところもない。村人のほとんどは野良仕事と狩猟で生計を立てている。観光に訪れるような者などなかったのである。
「私は、エリサンと申します。神に仕える身ですが、わけあって旅をしています」
彼はやわらかにそう答える。だが、村人たちは彼を恐れた。
エリサンと名乗った男は、つばの大きな帽子をかぶり、黒い法衣を着込んでいた。背中には大きな荷物を担ぎ、足元は丈夫そうなブーツで固めてあった。つまり立派な服装であり、神官らしさがある。
だが彼らはその顔を見て、眉を寄せた。あまりにもその顔が、醜悪だったからだ。
顔の皮膚が全体的にゴツゴツとしていた。
大きな傷跡が右の頬から顎に刻まれ、堅気の者にはとても見えない。
どのように見ても、ならず者が神官を殺して服を奪ったようだ。警戒だけでは足らない。
このような小さな村は防犯上の問題から閉鎖的になりがちである。エリサンはまさに疑われていた。
「あんた、司祭なのか」
「嘘をついているのではないのか」
村の男たちが集まり、その男、エリサンを取り囲んだ。
しかし彼は恐れることもなく、堂々と受け答えをする。物腰は柔らかく、丁寧であった。
「私はこのように大きな体をしておりますので、皆様が恐れるのもわかります。
これでも昔は医師として勤めていたこともありました。お身体の悪い方がおられましたら、診察させていただきます」
「診察?」
「はい。ご挨拶を兼ねて」
エリサンはにっこり笑ってそういったのだが、村人にはかえって恐ろしい表情に見える。
こいつは、本当に心から笑ってるのか?
そう思えるような、どことなく空虚な笑みに感じられたのだ。
村人たちはたじろいだものの、この村には医者や薬師は常駐していなかった。そこで村の男はエリサンをいったん招き入れ、奥の家へと案内した。
古い、木造の粗末な家である。だがこの村では平均的な家だ。
家の奥では男が一人、寝そべっていた。かなり若い。少年と言っていいだろう。粗末な寝台の上で、咳こんでいる。
傍らでは母親らしい女が不安そうに座っていた。
「外から神官さんが来たんだ、奥さん。坊やを見せてやんなよ」
村の男は母親にそう声をかけ、家にあがるように促してきた。
「少しは助けになれるかもしれません。失礼いたします」
エリサンは一言かけてから、家の中に入った。
そうして、寝台に近寄って少年の容態を見た。元気がなく、少年は目を閉じている。
村の男たちはこうして案内してきたものの、エリサンにあまり期待をしていない。奥で寝ている少年は、もう長いこと寝込んでいるのだ。
だがこの男が本当のことを言っているかどうかを見破る材料にはなるだろうと考えている。エリサンがいい加減な治療をして金をせびったり、よからぬ行為に及んだりするようなことがあれば、すぐにでも縛り上げ、ため池に放り込むつもりなのだ。
やりすぎと思われるかもしれないが、何かあってからでは遅いのだ。
しかしエリサンは少年の姿を見て、口元を引き締めた。真剣に考えている顔である。
それから彼はカバンを下して、少年の顔や口の中を覗き、胸や腹を触診もした。また器具を用いて慎重に診察した。村人もこれを見守っているが、特に怪しい動きではない。
最後に呼吸音を丁寧にたしかめ、そうして彼は言った。
「おそらくお子様は肺を痛めています。かなり進行してしまっています」
「おお、そうでしたか」
我が子が重い病気だと聞いて、母親らしい女性は力なく肩を落としてしまった。
そこにエリサンは付け加える。
「しかし、十分な栄養と休養があれば、きっと回復します。
私には、このくらいしかできませんが」
そうして彼は小さなビンを取り出し、それを母親に握らせた。
薄めて日に一度飲ませて、様子を見てほしいと彼は言った。母親が頷いたのを見届け、エリサンはその家を出ようとする。
「なんだあれは」
男たちが彼を引き留めて、言った。
「大したものではありません。栄養をよく含んだ水薬です。
滋養効果もありますが、子供には薬効が少し強いのです。それで薄めるように伝えたのです」
「坊やの病気はなんだったんだ、あれで治るのか」
「肺を少し痛めてしまっています。目に見えない悪い気が肺の中で増えています。
その悪い気を追い出そうとして、熱を出しています。時間がかかりますが、治らないものではありません」
しかし村の男たちはエリサンの言葉が真実だとは思えなかった。
適当なことを言っているのではないか、とも思えた。
「お代は……」
そのとき、母親がエリサンに声をかけてきた。彼は振り返ってこたえた。
「このくらいは大したことではありません。余裕のある時に、お気持ちだけいただければ結構です」
「は、はい。ありがとうございます。
なにぶんにも、お医者様に見ていただくようなたくわえがなく。あの、せめてこちらをお持ちください。
私どもの畑でとれた、野菜です」
母親が差し出したのは、まるまるとした根菜だった。
エリサンは深く頭を下げ、それを受け取る。彼としては笑おうとしたつもりだったが、ほとんど伝わらなかった。
「ありがたくいただきます。何かあれば、いつでもご連絡ください」
振り返って彼は、村の男たちに問いかける。
「皆様、一晩休めるような場所はどこかございませんか。雨風をしのげる場所であれば嬉しいのですが」
「ああ」
村の男たちは、顔を見合わせた。
(どうする。顔は怪しいが、やってることはまともだぞ)
(そうだな、もし本当に普通の神官なら無碍にしちゃあいかん。どっか納屋でも空いてないのか)
そのようにささやきあって、彼らはエリサンを村に迎えることを決める。
「そうだな、端の家ならいいんじゃねえか。だいぶ汚れてるけどよ」
エリサンが案内された家は、ごく普通の家だった。しばらく使われていないらしく、埃が積もってはいるが、一晩の宿としては十分である。先ほど診察した家と比べても大した違いはない。
村の男が言うには、何年か前までは住人もいたのだが、事故で亡くなってしまったとのことだ。
もう住む者もいなくなったため、使ってくれていいという。
「ありがとうございます、こんなによい場所を使わせていただけるとは思っていませんでした」
エリサンは最後まで礼儀正しい態度を崩さなかった。
このため、男たちは警戒心を保てない。
水薬を惜しげもなく差し出したことも大きい。あれが本当に効果のある薬であるなら、それなりに値段がするもののはずだ。
「まあ、気にすんなよ」
そういって、男たちは出て行った。
エリサンは一人、残された。彼は家の中を掃除し始める。
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