ぬいぐるみの作り方

月岡ユウキ

カミ氏とヤス子

 カミ氏は朝、鼻をほじっていた。奥の違和感を解消しようとしばらく格闘していると、ついに敵を捉える事に成功した。

 そっと引き出してみたらそこには小さな綿がついている。


 (寝ている間にでもホコリでも入ったのかな?)


 それから毎日、カミ氏が鼻をほじるたびに綿は少しずつ出てきた。しかし、元来ズボラなカミ氏は、それを全く気にせず過ごしていた。


 ある日、カミ氏の妻ヤス子は気がついた。カミ氏の顔が、以前より一回りは小さくなっているではないか。

 もともとふくよかな体型で顔も大きい方だったカミ氏なのに、明らかに小顔になっているのだ。


「ねえ、どんな美容法を見つけたの?」

 

 ヤス子はその方法を知りたくて何度も尋ねたが、カミ氏はからからと笑いながら「なんだろう。綿したからかな」とはぐらかすばかりだ。


 それから一ヶ月ほど経つと、カミ氏はさらに痩せてしまった。――ただし、腹を除いて。カミ氏の身体はすっかり痩せたのに、腹だけは餓鬼のようにぽよんとふくらんだままなのだ。

 ヤス子は何度も病院に行くよう願った。しかし病院嫌いなカミ氏は、その願いを頑なに拒み続けていた。


 そんなある日、カミ氏はヤス子を呼んだ。


「なんだか背中がすごく痒いんだ。手が届かないから見てくれないか」


 ヤス子がカミ氏の背中を見てみると、そこには小さなファスナーがあった。


「ねえ、ファスナーがあるんだけど……」

 

 震える声でそう告げるヤス子に、カミ氏は拍子抜けするほどあっさりと言った。

 

「へえ。中に何が入ってるんだろう? ちょっと開けてみてくれないか」


 ヤス子は恐怖に指を震わせながら、15センチ程のそれをそっと開いた。すると中には、白いババロアのような物体が詰まっている。人差し指で、恐る恐るつついてみると、ぷにっと柔らかく指が沈んだ。それはカミ氏の腹の感触そのままだった。


(これは一体……?)


 その瞬間ヤス子は、ファスナーの奥から黒い綿のような影が飛び出してくるのを見た。眼の前が真っ暗になるのと同時に、ヤス子は意識を手放した。


*****


「……子!……おいヤス子、大丈夫か? しっかりしろ!」


 カミ氏の声と揺さぶられる感覚で目が覚めたヤス子は、気づけばカミ氏の腕の中にいた。


「私、一体……」

「急に眠ってしまったからびっくりしたぞ」


(急に眠った? えっと、私は何をしていたんだっけ……?)


 ぼんやりしたまま自力で上体を起こした時、ヤス子はその違和感に気づいた。


「……ごめんなさい。ちょっとお手洗いに行ってくるわ」

「一人で大丈夫か?」

「ええ」


 心配するカミ氏の腕を振りほどいてトイレに駆け込むと、ヤス子は急いでドアを閉めた。その酷いくすぐったさに耐えきれず、そっと鼻に指を入れる。

 

「なんでこんなものが……鼻から?」


 爪に引っかかって出てきたのは、化繊の小さな綿だった。

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ぬいぐるみの作り方 月岡ユウキ @Tsukioka-Yuuki

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