10 龍造寺先生と対決


「彼は大切なラプンツェルの一人です」


 那須は少し唇の端を上げて龍造寺を見ている。綺麗に整ったその顔を見上げて、瞳が笑っていないと、視線が突き刺すようだと祐太郎は思った。


 しかし龍造寺は引き下がらなかった。

「何があったか聞いておくのが私の仕事だ。校長にも報告しなければいけないし。来なさい。秋元もだ」


 更に言われて、もともと逃げるつもりがなかった祐太郎が「はい」と返事をして龍造寺の前に出る。そこには先程祐太郎に襲い掛かって伸された札付きの連中がいて、祐太郎が行くと少し身を引いた。


「じゃあ俺も話を聞きます。皆、心配だろうから」

 那須もあくまでも引き下がらなかった。二人のやり取りを、そこにいた野次馬連中が息を潜めて見守っている。


 龍造寺は眉を少し上げただけで背中を向けた。その後を慌てて札付き連中が追いかける。祐太郎は少し首を傾げながらその後を追いかけた。


 那須が祐太郎の隣に並ぶと小声でその疑問を聞いた。

「その、彼らは教師を煙たいと思っていないのでしょうか」

 那須が祐太郎をチラリと見てニッと笑った。

「本当なら煙たい筈だがね」


 学校でも札付きの不良連中である。新入生は一度は彼らの洗礼を受ける。金品を巻き上げたり、暴力を振るったり、襲ったり。

 しかし、未だに退学にもならずに、のうのうとのさばっている。那須の顔が苦いものに変わる。


「あんたばかりにいい格好をされるのは癪だ」

 柔道着のままの佐野が追いかけて来て、祐太郎の片側に並んだ。


 ふと振り返った龍造寺は唖然とした。祐太郎の両側に那須と佐野がいる。その後ろからぞろぞろと生徒が追いかけて来る。それを見た他の教師が何事かと出て来る。

「君たち、戻って!!」

 堪り兼ねて龍造寺が生徒を追い払った。



 生徒指導室でも那須は引き下がらなかった。

「彼らのことはよく聞いています。秋元君はこの学校に入学してきたばかりですから、不公平です」


 追い出そうとする龍造寺に食い下がった。龍造寺が意外そうな顔をする。那須が拘ったことは今までなかったのだ。仕方無しに那須だけを指導室に入れ、他の生徒を追い払った。


 生徒指導室では俄然勢いを盛り返した札付き連中が、祐太郎を散々に貶めようとした。

「俺たちがあの部屋にいたら、コイツが突然入って来て、殴る蹴るの乱暴を働いたんです」

「そうです。酷いんです。俺たちは止めてくれと言ったんですがコイツは──」

「先生、痛いんです。こいつに殴られたところが。俺、病院に行かねば」

「俺もすっごく痛い。ひどい怪我かも」


 祐太郎は驚いて男達を見た。どこをどう捻ったらこんな風に捻じ曲げた話になるんだろう。しかも龍造寺は男達の話を真面目に受け取っている。


「秋元、何か言いたいことはあるか」

 龍造寺が祐太郎の方を見た。眼鏡の中の冷たい瞳が祐太郎を見ている。何処が父に似ているものかと思った。父に似ていると思ったことが腹立たしかった。


「君たちのことは聞いている。今までカツアゲや苛めを繰り返しているじゃないか。ここの連中は皆知っているぞ」

 那須が祐太郎を庇って反論する。


 しかし、札付き連中は那須を冷笑して、口々に野次った。

「それがどうした、飾り物の会長さんよ」

「野放しにしていたのは、あんたの方だろう。雲の上で知らん振りして、自分は御綺麗な顔をしてさ」

「俺たちなーんにも、悪いことしてないよなー」

「弱虫な会長さんに言われたくねえぜ」


 那須は唇を噛んだ。飾り物の会長というのは本当だった。

「どうでも良かったんだ。何もかもどうでも良かったんだ。でももう、そんなことは出来ない。俺はあの時、守ると決めたんだ」


 あの時──。


『大事に守ってこの腕の中、誰にも触れさせずに可愛がる? それとも、めちゃめちゃに壊して汚して傷つけて──』

 祐太郎の中で、プツンと何かの切れる音がした。


 祐太郎がゆらりと立ち上がった。コテンパンに伸された連中がわっと引き下がる。祐太郎は真直ぐ龍造寺の前に行った。上から龍造寺を座った目で見下ろした。


「この学校の生徒指導の先生はあなたでしょうか」

「私だが、君、座りなさい」


 龍造寺は余裕を持って命令した。祐太郎の親の職業はただの一介のサラリーマンだった。この学校に多額の寄付金を払えるような家庭の子息ではない。その事が龍造寺をして、祐太郎を利用していい、踏みつけていい生徒だと認識させている。


 しかし、誰だって踏みつけにはされたくないのだ。小さな頃から自分を守る術を教えられてきた祐太郎は尚更だった。


「そうですか、校長に掛け合います。あなたでは荷が重いと思います」

「な、何を……」

「僕は傷害保険に入っています。でも今回の件ではお金は下りません」


 祐太郎が一番近くにいた不良の腕を取った。服を捲り上げて傷を見せる。

「軽い擦過傷です。本気でやってないですから」

 そう言って腕を離した。


「君、暴力は慎みなさい」

 校長という言葉が出て慌てた龍造寺が立ち直る。ただの一介の生徒だと。暴力で来るのなら話は早い。

 しかし、すでに力で札付き連中をねじ伏せた祐太郎には、今、力は必要なかった。


「何故ここで、あなたが出て来るのか分りません」

 龍造寺はたかが生徒がと、反論しようとして唇を舐めたが、祐太郎の言葉は更に続く。

「ことを大きくして、どうするつもりですか」

 那須は祐太郎の攻勢を唖然として見ていた。


「教えてください。何かいい事があるのでしょうか。学校にとって」

「つまらない言い逃れは止めたまえ。私は先ほどのことについて……」


「明白です。誰かが僕をおびき寄せて、彼らに乱暴を働かせるつもりだった」

 祐太郎は龍造寺に口を挟む機会を与えなかった。

「やり方は慣れていました。僕が初めてじゃないのですね」

 札付き連中を睨め回して、決め付ける。


「何故、あなたは彼らを庇うのですか」

 龍造寺の顔色が変わった。スッと那須が立ち上がる。

「秋元君」と祐太郎を呼んで龍造寺に向かった。

「もういいでしょうか、龍造寺先生」

「よく分かった」

 龍造寺が引き下がった。


 那須は祐太郎の腕を掴んで生徒指導室を出た。

「あの……」

「龍造寺先生は黒幕じゃない」

 那須が小声で早口に言う。

「え」

「俺はどうでもいいと思っていたんだ。どうせ飾り物だし。ずるかったんだ」

 那須が顔を顰めた。そこに制服に着替えた佐野が飛んできた。

「大丈夫か」

 頷いて「話がある」と那須が言う。

「俺も」と佐野も言った。祐太郎は二人を見比べた。


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