ふたりはしんゆう のち こいびと?
石濱ウミ
① それはいつだって突然
「はあ……。潰れたかと思った」
深い安堵の溜め息と同時にスリスリと頬ずりされた挙句ぎゅうっと抱きしめられていますが、まあ落ち着け。
いや、落ち着けるわけあるかいってどうしてこうなった!!
と、お決まりの台詞を盛大に心の中で叫んでいることに気づかれることもなく、大きな手で散々身体中を撫で回されるという苦行が終わりソファに座らせられたところでホッとひと息。
人の気配が消えたところで、よいしょと立ち上がり、ずんぐりむっくりした綿の詰まった灰色のモフモフの身体を見下ろした。
……ふむ。
ぱたぱたと両手を上げ下げ。
足は……随分と短いな。
左脇腹に丁寧に補修された箇所があるね。
とても大切にされていることは分かるけど経年劣化……この場合は通常損耗かな? は、免れないようで色褪せて使用感満点のくたびれボディを眺め回した。
そう、どうやら私は、ぬいぐるみの中の人になってしまったようなのである。
着ぐるみの中の人、ではない。
『ぬいぐるみ』の中の人だ。
ところで……。
ぽっこりだがしかし長い年月によって張りを無くし弛んだお腹を捻るようにして、ぐぬぬぬと尻の部分を見れば温泉饅頭みたいな、まあるい尻尾。
クマか?
ウサギか?
この尻尾ならイヌやネコじゃない筈おそらく……って耳の形を確かめようと頭に手を持っていこうとするも、いかんせん腕が短すぎて頭抱えて悩んでるポーズにしかならないから。いや、可愛いかよって違う。
ひとつ考えられる要因としては多分あれです。最後の記憶。ヒールを踏み外し階段から落ちたとき近くにあった『ぬいぐるみ』に魂が乗り移ったんじゃないかと。
本体の方がどうなってるのかはサッパリ分からないけど、こうして魂の方は無事(?)らしい。
しかし落ちた階段は、会社の三階から四階の途中。ぬいぐるみなんてどこにあったのかって……あったんだなあ、鞄の中に。
もちろん私の鞄では、ありません。
で、片時も離せない大切なお友達なんであろう子供の頃のぬいぐるみを鞄の中にこっそり入れて持ち歩いていたのが、引き締まった長身の常に言葉少なく端正なご尊顔に表情を滅多に変えることのないことから近寄り難い堅氷のプリンスというよく分からん二つ名をつけられちゃった会社一のイケメンだったというのだから人とは分からない。
「く、く、くくく、くくくくく……」
え? なに? なんの笑い声ってまさか。
耳の形を確かめようと抱えたままだった頭をそろりと上げたらバッチリ目が合ったよ気のせいだって誰か言って。
「く、クマたんッ?!?!」
つか、クマたんって……クマなんだそして安易すぎる捻りのないネーミングだな。
凄い勢いで飛んで来てガバッと持ち上げられたけど近いよ近いですからって整いたもうご尊顔の破壊力よ。勘弁して。
「ヤバいな夢かコレ夢じゃないよな? 疲れてるのか疲れてはいるが寝てはいないということは夢じゃない。ということは! やっぱり動けること隠してたんだね? そうじゃないかって思ってたんだ。もしかして喋れたりもするの? わあどうしようどうすればいやどうするもないけどどどどどうしたら」
『…………えっと、まずは落ち着いたら?』
思わず話しかけちゃったから。
寝ていないから夢じゃないとかのソレだけで不自然な事象を大して疑うことなく嬉々として受け入れていることに若干の引きはありますがホント大丈夫かなこの人。
にしましても端正なお顔の造りは変わりませんが色気ダダ漏れに蕩けきったその顔まるで別人ですが? ってくらいに冷たすぎる素っ気ない対応と変化の乏しい表情からつけられた近寄り難い堅氷のプリンスって命名した人誰だよソッチの方が気になっちゃうとかの二つ名は一瞬にしてどこへ消えた。
「う、うんうんうんうんうんうんッ」
頬をほんのりと赤く染め、がっくんがっくん首を縦に振っているのが皆さまご存知堅氷のプリ……言っててこっちがツラくなってきたから、そろそろやめてあげようかな。
「あーもうどうしよう嬉しすぎる。あのね、クマたんが動けたら、ずっとして欲しいと思っていたことがあるんだけど……いい、かな?」
感極まった様子で長い腕で引き寄せられ胸の中に、ぐっと抱きしめられる。
なんか、良い匂いがする。部屋着の柔軟剤? いや違うなイケメンは匂いまでも良いとかそれ標準装備なんですか羨ましいな。
「……クマたんの方から、ぎゅってして撫で撫でして欲しい」
は、はいィィぃいー?!
もじもじっと顔を赤らめて、囁く声は甘く、期待に満ちた涙目が艶っぽい。
お色気入射でもってのぬいぐるみ非破壊検査ですか。真綿の詰まったくたびれボディでは壊れていそうなのは私の心だけですよ?
『……いや、まって。というか待て』
「もう、ずっとずっと待ってたよ?」
『え、そうなんだ? そうじゃなくて、こうやって抱き……抱きしめ……抱きしめられてたらなにも出来ないから待ってください』
ってなに言わせちゃってんのクマのぬいぐるみですが中身はぶっちゃけ同じ会社の違う部署に勤める存在感の薄い貴方の知りもしないであろう後輩の
外見クマたんという真綿と経年のハウスダストに包まれた私が、そんなことを考えているとも露知らず名残り惜しげに離れると小首を傾げて「じゃあどうすればいいの?」って、その
『えっと……す、座って? いや、ソファじゃなくてその前の床でオネガイシマス』
うっかりとはいえ動いているところを見られてしまった『長年の親友であるぬいぐるみ』としての期待を裏切るわけにもいかず、あるかないかといえば、んなものはあるわけナイ覚悟を決め、すっくとソファの上に立つ。
自分の身体の小ささを考えれば、抱きしめるなんてのは無理。目の前にある端正な顔に飛びつくしかないだろう。
……うん。
硬いフローリングの上、正座待ちする男がひとり。
えいと勢いよく飛びついた顔面。
短い足を大股に開いた股間を形の良い鼻に押し付け手で頭をぽふぽふする。考えるな感じろってイヤ感じちゃったらダメだろうソレどうしたって間違いなく。
「ねえねえ、あと『
……ひでぶっ!!
あー、うん。コレ確実に殺しにきてるわ。
そういえば堅氷のプリンスは確か
『ええと……キョウチャン、イイコイイコ?』
「クマたん、大好きだよ。これからもずっと一緒にいようね?」
こ、この乙女男子め!!
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