ぬいぐるみが転がった
野林緑里
第1話
そこにはぬいぐるみがあった。
クマの可愛いぬいぐるみがベンチにそっと腰かけて公園を眺めていたのだ。
なぜ、そんなところに置かれているのか。
持ち主が誰なのかは知らない。
まるで主を待ち続ける忠犬のようにいつまでもいつまでもベンチに置かれているのだ。
だからといって、だれかがそれを手に取るわけでもない。なんとなく視線に入るのだが、疑問に思いながら通りすぎていくだけだった。
そんなある日、ぬいぐるみはベンチから消えていた。
ようやく持ち主が迎えにきたのだろうか?
それともぬいぐるみ自ら持ち主の元へと向かったのか。
それはわからない。
とにかく、ずっといたはずのベンチからぬいぐるみが消えた。そのことでベンチが異様なほど殺風景になってしまったのだ。
だから、私はそのクマのぬいぐるみの代わりにベンチに座ると公園を眺めることにした。
どれくらい眺めていたのだろうか。
不意に視線を落とすとぬいぐるみが落ちていることに気づく。
こんなところにいたんだね。
私はぬいぐるみを拾うとそっとベンチに座らせた。
戻ってこれたね。
私がそうつぶやくとなんとなく嬉しそうな顔をしたような気がする。
もうそろそろ行かないといけないんだ。いまから私はこの国を守るために戦いにいくんだ。
だから、君とはさよならだよ。
そういって、私は公園から去っていった。
******
ぼくはクマだ。
人間が作ったぬいぐるみのクマだ。
ぼくは今日も公園のベンチに座っている。なぜそこに座っているかというと、ぼくの持ち主がここに置き去りにしたからだ。ぼくは動くことができない。だから、座り続けていたんだ。
だけど、ある日ぼくの体が地面に転がった。
どうすることもできずにいるとだれかがぼくを拾い上げてくれて、ベンチに座らせてくれた。
見ると軍人さんだった。
軍人さんはこの国を守るためにいくんだといって去っていった。
それからどれくらいたったのかわからない。
気づけば、ぼくの座っていたベンチはなくなり、ぼくは地面に横たわっていた。
耳も腕もなくして、クマの形もほとんどない状態で寝転がっている。
ぼくの目の前には破壊された町の姿。
ここはどこなんだろう?
いつぼくの体は元に戻るのだろうか。
また、あの軍人さんは来てくれるだろうか。
そんなことを考えながら、ぼくは血なまぐさい地獄のような世界を眺めていた。
ぬいぐるみが転がった 野林緑里 @gswolf0718
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