残り物には福がある
引き戸を開き、筈華の病室に入る。病室の中には野茨さんがいた。
「あれ。結衣は来てないんですか?」
「まだ来てないねー。てゆうか、呼び方安定しないねえ」野茨さんは目を細めて言った。
「いやあ、そんな呼び方なんていちいち意識するものでもないですからね。無理ですよ、切り替えるの」野茨さんは楽しそうに笑った。筈華は寝ているというのに、お構いなしだ。ぐっすり眠っているようにしか見えない筈華は、今もこの島のどこかを散歩しているのだろうか。
「それ、何?」野茨さんが僕が左手に持つものを指さした。さっき、あの金髪で長身で細身の大学生にもらったものだ。結局最後まで名前は聞かなかった。「花火?」
「そう。さっき船着き場の辺りにいた大学生にもらったんだ。余っちゃったんだってさ」僕は左手を少しだけ持ち上げる。「やろうよ、今日の夜にでもさ」
「あーあの大学生ね。仲良くなったの?」
「そんな。ちょっと話しただけですよ」僕は病室の引き戸に手をかけた。
「もう帰るの?」
「うん、筈華は寝ちゃってるみたいだし」
「結衣も来てないのに?」
「ああ、じゃあまだ少しだけいようかな」
「るか」
「はい?」
「もう、タメ口で良いよ」
「あー、うん」
結衣が来たのはそれから十分ほど経った後だった。引き戸が開く。
「るかくんいた。真黒さんのところにまでいっちゃったよ」手で顔を仰ぎながら結衣が言った。ああ、今は水落か。「なんかお客さんが来てたから恥ずかしかったよ。真黒さんのアトリエに知らない人がいるなんて珍しいこともあるんだねえ」
「お客さん?」
「珍しいって言うか、奇跡に近いんじゃない?」野茨さんが言った。
「まあ、私たちが島にいなかった時期に新しい知り合いでもできたのかなあ」水落は病室の天井を眺めた。「暑い」
「走ってきたの?」あまりに暑そうな水落を見て笑いながら言った。
「いや、走ってないんだけど。結構歩いたから」
「真黒さんのところまでいったらそりゃあ暑いでしょ。何もしなくたってそうなんだから」野茨さんはうちわを気持ちよさそうに自分の顔に振っていた。
「私にも頂戴」
「はいはい」水落の前髪が上がった。
「るかくん、手に持ってるの何?」うちわに煽られながら聞いてきた。
「花火だよ。もらったんだ。夜やろうよ」
「おー、いいねえ。茨も来るの?」
「うん。さっき誘われた」野茨さんがわざとらしく言う。
水落に肩を殴られた。あまりに理不尽ではなかろうか。
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