好きなもの
瀬川
好きなもの
可愛いものが好きだ。
ふわふわしたもの、キラキラしたもの、そういったものが昔から好きだった。
小さい頃はそれでも良かった。女の子に間違われるほどだったから、変な目で見られることはなかった。
でも小学生、中学生になり、成長期を迎えてからは状況が変わった。
180cm近く身長が伸びて、部活のせいか体つきもたくましい部類になった。顔も、どちらかというと厳つい。
可愛いものが似合わない見た目になってしまったのだ。それでも、家族は俺の趣味を変だとは言わなかった。むしろ気にしなくていいと、好きなものは好きでいいと言ってくれた。
でも、俺が自分で趣味を恥ずかしいものだとして隠すようになった。多分、周りから何かを言われるのが怖かったのだ。
誰にも知られず、家の中で一人で可愛いものに囲まれて楽しむ。
それで良かったのに。
「あれ、隣のクラスの」
「あ、あ……」
声をかけられた途端、俺は地面が崩れ落ちるような気分になった。
どうして、なんで。頭の中を疑問が埋めつくす。体が震え出して止まらない。
腕の中にあるものを抱きしめるが、それが元凶でもあるので、なんの救いにもならなかった。
好きなキャラクターのグッズとして、ぬいぐるみが販売されることになった。食べ物とコラボしたもので、可愛らしい見た目に絶対に手に入れなければと思った。
オンラインで販売されていれば良かったのに、特定の店舗でしか販売されていなくて、俺は迷いに迷った。
店で買うなんて、誰かに見られるリスクが高くなる。そうなれば、すぐに噂が広まる。
でもあまりの可愛さに、諦めるという選択肢を選びたくはなかった。
遠くの店に行けば、きっと大丈夫なはず。
そう考えて買いに来た結果が、これだ。
俺に話しかけてきた人に見覚えはない。隣のクラスと言っているから、知らないのだろう。俺よりは背が低いが、女子に好かれそうな見た目をしている。
でもまさか、こんなところで会うなんて。どんな確率だ。
誤魔化すには、ぬいぐるみを抱えている状況が許してくれなかった。買おうとしていたのは、完全にバレている。
絶対に馬鹿にされるだろう。
俺は震えながら、口を開く。
「た、頼む。……誰にも、言わないでくれ」
そう言うと、相手は顔をしかめた。
「は? なんで?」
絶望で、目の前が暗くなった。明日から学校で、噂され遠巻きにされる想像が簡単に出来た。もう学校に行けない。
もっと慎重にしていれば。後悔したところで、どうしようもならない。涙まであふれてくる。
「別に、何も恥ずかしい事じゃないんだから、そんなに後ろめたそうにする必要ないだろ」
すぐには、相手の言葉を飲み込めなかった。
俺の耳がおかしくなったのだと思った。でもゆっくりと開けてきた視界の中に、馬鹿にした顔は見られない。
「……変だと、思わないのか?」
「別に。だって、好きなものを馬鹿にするわけない。そんなことする奴の方が馬鹿だから。もっと、胸張って好きだって言えばいいんだよ」
そうだけ言うと、彼は話が終わったとばかりに去っていく。俺はその背中を見送ったが、見えなくなった後で気づいた。
「……お礼を言えば良かった、かな」
彼にとっては普通のことだとしても、俺にとってはかなりの救いだった。
ぬいぐるみが好きなことは、恥ずかしくない。もっと胸を張ればいい。
ポカポカと温かくなる心に、俺は小さく笑う。
「……明日、学校で言えばいいか」
隣のクラスだというのは分かっている。
見つけて、話しかけるのもいいかもしれない。
そう考えただけで、明日が楽しみになった。
好きなもの 瀬川 @segawa08
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