乙女ゲーの世界に転生したんだが、ライバルの悪役令嬢がなぜかいつもぬいぐるみを持っている件について。

kattern

第1話 悪役令嬢とフーたん

 私、結城まどか! 市内の私立高校に通う17歳の女の子!

 趣味は漫画と二次創作と夢小説! 夜な夜なP○xivとハーメ○ンで夏油傑×五条悟の二次創作を読んでるんだ! 昨日も濃厚な【領域展開(隠語)】する二次小説に鼻血が止まらなくて夜更かししちゃった!


 そしたらトラックに跳ねられちまった。(!?)

 ハードラックとダンスっちまったんだよ。(!?)


 次に目を覚ますとそこは異世界。(!?)

 しかもなんか保健室らしい場所だった。(!?)


「目が覚めたかい? 君は校門の前で倒れていたんだよ?」


 いかにも裏で黒魔術の研究をしてそうな、糸目でメガネの胡散臭い保健医の登場で私は全てを悟った。


「藍染と市丸のいいとこ取りしたようなキャラだなぁ」


「……どうやら記憶の混乱があるようだね?」


 これは乙女ゲー転生だと。

 お従姉ちゃん(アラサー)世代のロマンが詰まった目の前のキャラクターは、間違いなく乙女ゲーの住人だと私はすぐに察した。


 読んでてよかったお従姉ちゃんのB○EACH。

 そして、読んでてよかったなろう小説。


 この世界に五大元素の魔法があり、魔法を使える貴族が幅を利かしている封建社会であり、なぜか私が庶民なのに魔法が使えて、それが原因で貴族の子女が通う魔法学校にぶちこまれた……という所まで私はほぼ読み飛ばして理解した。


 よーし、異世界転生とか上等じゃないの。

 今の若者女子が求める理想のヒーロー像(呪術回戦&鬼滅の刃)とは微妙に違うけれども、お従姉ちゃん世代のヒーローでも全然いけるわ。


 全員、攻略したる!


「あいてーッ!!」


 と、意気込んだ廊下に飛び出した矢先に私は人にぶつかった。


「いたた、どうもすみません。お怪我はありませんか?」


 鼻頭を押さえつつ私が顔を上げると、そこには金髪縦ロールの見るからに悪役令嬢が立っていた。あと、微妙に制服も私が着ているのと違う。ちょっとお洒落だ。


 華奢な身体のように見えて、私にぶつかられてびくともしなかった悪役令嬢。

 彼女はじろりとこちらを睨みつけた。


 まさかヒーローに出会う前に、悪役令嬢と出会うことになるとは。

 ハードラックと――。


『こら! 廊下は走っちゃいけないでしょ!』


 !?


 悪役令嬢に似合わないコミカルな声に私は感嘆符を頭の上に出した。


『誰かにぶつかったらどうするの! 危険だからやめなさい!』


「まぁまぁ、フーたん。そのくらいにしてあげて」


『ぶつかられたのに何を言ってるのフローレンスさま!』


「貴方、お怪我はありませんこと?」


 何を言っているのか分からないだろうが、説明するぜ。

 この女、おもむろに背中からぬいぐるみを出すと一人芝居を始めやがった。


 上の台詞は『全部自分で言っている』……!


「い、いっこく堂……⁉」


 狼狽える私の前でさらに悪役令嬢は空いた方の手でさらりと縦ロールを撫でた。


「私は公爵令嬢フローレンス」


『そして私はぬいぐるみのフーたん!』


「……貴方は。たしか庶民でありながら魔法が使えるということで、この学校に特例で入学してきた娘ですわね」


『すごい! 腐りきったこの国の貴族制度を破壊する切り札だわ!』


「ふーたん、そういうことは外で言うモノではありませんわよ。我が公爵家は王統派ということになっているんですから……」


 なるほど、この悪役令嬢は腹に一物あるタイプかぁ。

 国家転覆とか政権打倒とかしちゃう自分の理想に燃えてる奴ね。

 それで最後に体制側の主人公&王子と事を構える感じか。


 政治色濃いシナリオだなァ。


 あと、全部ぬいぐるみが喋っちゃってるけれど大丈夫?


 いきなり不安になってきたぞ。

 悪役令嬢もこのゲームも。


「ほら、お手をお出しになって」


「あ、はい、すみません」


 空いた方の手で私を助け起こしてくれるフローレンスさま。

 悪役令嬢っぽいけど微妙に優しい。どうしよう、ここから敵対するルートが全然見えない。せめて、嫌味の一つでも言ってくれれば私も感情移入できるのに。


『とにかく、これからは気をつけることね! それと、道の真ん中をぼけーっと歩いてたら危ないわよ! 田舎モノは田舎モノらしく、道の端を歩きなさい!』


 おっと、ぬいぐるみの方がそれっぽいことを言い出したぞ!

 いいぞいいぞ! そうやって、悪役令嬢のヘイトを上げてくれ!


 なろうの「悪役令嬢転生」や「悪役令嬢が実はいい人ネタ」も、そろそろマンネリだから、おもいっきり憎ませる感じで来てくれ!


「ダメですよフーたん。そんなことを言ってはいけません」


『だってフローレンスさま! この学園の生徒は、実態を伴わなず貴族としての務めも果たさない、貴族制度で肥え太った醜い豚ばかりなんですよ! そんな性根の腐った貴族に目をつけられたらどんな目に遭うか! 彼女がいじめられちゃうわ!』


「たしかにその通りですわね」


 違ったァ!!!!!!

 ただの親切だったァ!!!!!!

 けど、親切なのに絶妙に悪役令嬢!!!!!!

 正義と正義がぶつかり合う、イデオロギー的な悪役令嬢だ!!!!!!


 このシナリオ書いたのどこのどいつだ!

 書く前に安彦良○の漫画でも読んだのか!


 埃にまみれた私のスカートを手で払い、ハンカチを使って髪を整えたフローレンスさまは、そのまま優雅に私に背を向けた。

 それから、流し目をこちらに向けて――。


「よろしくて、庶民のお方。貴族に目をつけられたくなかったら、もっと縮こまって道は歩いた方がよろしくてよ」


『フローレンスさまもわざと肩をぶつけられて、よく泣いていらっしゃるわ! 君も気をつけようね!』


 最後まで特大のおせっかいを残して去って行くのだった。

 廊下に残された私。その視線には、後光が差すフローレンスさまの後ろ姿と、大事そうに腕に抱えられたフーたんしかもう見えなかった。


◇ ◇ ◇ ◇


 後日。

 私は教室でフローレンスさまに話しかけた。

 どうやら孤高の悪役令嬢を貫いていらっしゃるらしく、私が目の前に立つとクラスメイト達が異様にざわついた。


 教科書から顔を上げて私を眺めるフローレンスさま。

 今日はフーたんは出さないらしい。


「なんの御用かしら。忠告いたしましたわよね。庶民があまり目立つような行動を取らぬ方がよろしいと……」


「えぇ、ご忠告ありがとうございました。その上で、『彼女』からお話があります」


「……『彼女』?」


 フローレンスさまが首を傾げる前で、私は背中に隠したぬいぐるみを取り出した。

 鏡を見ながら夜なべしてつくった――主人公(私)そっくりのぬいぐるみだ。


 現世で推しのぬいぐるみを自作していたスキルがこんな形で活きるとはな。

 異世界転生ってのは、何が役に立つか分からないから面白いってもんよ。


『こんにちは! 私、まーちゃん! まどかちゃんを助けてくれてありがとう!』


「……まぁ!」


『フローレンスさま? 今日はフーたんはいらっしゃいませんの? 私、フーたんとお友達になりたいんです!』


 じっと私の方を見上げるフローレンスさま。

 氷のように冷たい眼差しを、私は負けじと真っ向から受け止める。

 すると、ほろりとその鉄面皮が崩れた。


 そのお顔はまるで湖面に咲く美しい睡蓮のようで、年相応の少女らしい喜悦に満ちていて、私はまたしても心を奪われた。


「ちょっとお待ちになってくださいまし。フーたん、お友達が来てくれましてよ」


『まぁ! とってもかわいらしいぬいぐるみさん!』


『わたしまーちゃん! フーたん、まどかちゃんを助けてくれてありがとう!』


『貴族として当然の務めを果たしたまでですわよ! ねぇ、フローレンスさま!』


「そうですわね。私とフーたんは当然のことをしたまでのこと」


『それでね! 私、フーたんとお友達になりたいの!』


『いいの? 私、こう見えても、結構共和主義過激派の急先鋒だよ? 王政&貴族制度の打倒を目指しながら、仲間内からも「結局は貴族の娘。政治にかぶれているが、最後はていのいい捨て駒よ」と言われているようなぬいぐるみだよ?』


『構わないよ! むしろ私がフーたんを守護まもるよ!』


『まーちゃん!』


『フーたん!』


 フローレンスさまと私のぬいぐるみは抱き合った。

 まるで十年来の友と再会するような熱い抱擁を交わした。


 そして、私とフローレンスさまも視線を交わし、心の中で抱き合ったのだった。


 後に私とフローレンスさまが中心となり現行政権を打倒し、ヒーローの王子も騎士も腹黒保健医も皆殺しにした上で、漆黒の百合の華を咲かせることになろうとは、このときの私は想像もしていなかったのだった。


 乙女ゲーの世界に転移したからって、ヒーローとくっつかなくちゃいけないルールなんてあるんですかね。(すっとぼけ)


【了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乙女ゲーの世界に転生したんだが、ライバルの悪役令嬢がなぜかいつもぬいぐるみを持っている件について。 kattern @kattern

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ