可愛くないくまのぬいぐるみ

花月夜れん

くまのぬいぐるみ

 小さい頃父からぬいぐるみをもらった。

 よくわからない可愛くないくまのぬいぐるみ。どこかのお土産らしいけど。

 私はそれをしげしげと眺める。うん、可愛くない。

 なのに、大人になった今もベッドのすみっこでずっと座り続けている。

 そろそろ、なんとかしないと。そう思うけれどまだもう少しと先延ばしにする。

 どうして、そんなことをするのか。

 父との思い出は少ない。仕事ばかりで、父がいるイコール休みで寝てる姿しか記憶にない。

 そんな父が出張先でわざわざ私のために買ってきたものだ。少なからず、嬉しかった。


 病気で父が死んだ。まだ若いのに。残された母と泣いた。泣いて泣いて、落ち着いた頃にこのぬいぐるみと相まみえる。

 処分なんて出来ない……。これは、父が買ってくれた思い出。


 結婚して、新しい家にまで持っていく。子どもが産まれてくまのぬいぐるみはよだれやジュース、お菓子まみれにされていく。


「そろそろ捨てないか?」


 夫に言われ、私は頷いた。口の刺繍糸もほどけ、マーカーでお化粧され、全体的に色褪せている。

 いっぱい遊んでくれたなぁ。


 もういいよね? お父さん。


 私はつぶやきながらぬいぐるみを抱きしめる。


 ◇


 ありがとう。まさかこんなに長く使ってくれるなんて思ってなかったよ。

 僕は娘に言った。もう触れる事は、出来ないし声だって届かない。だけど、ずっとずっと見てたよ。

 変な顔といいながら、大事に抱きしめて眠る姿を妻から写真で何度ももらった。嬉しくてその度に待ち受け画面にした。

 最後の日、話してあげたいのに声が出なかった。涙目のキミたちを置いていくのは辛かった。

 幸せそうな家族に囲まれるキミをいっぱい見れたから、もう何も思い残すことはないよ。

 僕はぬいぐるみから離れ、どこかへと向かった。

 遅くなりました。どうしても妻や子どもが気になってしまい。


「はい、野上透様。では次の生へ――」


 僕は輪廻の輪に足を踏み出す。

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可愛くないくまのぬいぐるみ 花月夜れん @kumizurenka

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