夫婦転生 ―異世界周遊ハネムーン紀行―

こえもん

序章

「肇始」

 肇始ちょうしは、俺たちの全てが始まったのは、大学の入学式だった。

 

 期待と不安を胸に抱え、慣れないスーツに身を包んだ、ありふれた新入生だった俺の隣に座っていたのが、彼女だった。


 彼女は俺と同じく、進学に際し田舎から引っ越してきたらしい。お互いに知り合いのいなかった俺たちは、大学で初めての友達になった。友人を作るのが苦手な俺としては珍しいことに、初日で連絡先を交換したのだった。


 本格的に授業が始まってからも、学部が同じな俺たちは、一緒に授業を受けたり、テスト勉強をしたりと、二人で過ごす時間が多かった。


 俺が内向的な性格なの対し、彼女は外交的で陽気だった。初めは馬が合わないかと思っていた気持ちも、そうして彼女の明るく、快活な人柄に触れてくうちに、きれいさっぱりと消えてしまった。俺は徐々に彼女に惹かれていき、遂には彼女に恋をしてしまったのだ。


 多分、初恋だったと思う。


 それまで本当に、人を好きになったことなんてなくて、クラスメイトの恋バナにも参加できなかった俺が、ようやく心から好きだと思える人と出会ったのだ。


 そこからは話が早く、彼女のような素敵な人、放っておけばすぐに彼氏ができてしまうだろうと判断した俺は、出会ってから二ヶ月も立たないうちに彼女に告白をした。初めての告白で緊張しかしていなかったが、彼女は俺の言葉を聞くや否や、二つ返事で快諾してくれたのだった。正直、嬉しいなんて言葉では言い表せないほどの感情の昂ぶりだった。


 内向と外向。


 インドアとアウトドア。


 陰気と陽気。


 そんな趣味も嗜好も正反対の二人が、どういうわけか惹かれ合い、恋人同士になったのだった。


 恋人になったから何かが劇的に変わるかと言えば、しかしそんなことはなく、それまで通りとほとんど同じように生活を送っていた。たまには喧嘩もするが、基本的には仲がいい、一般的なカップルと言って差し支えない関係だっただろう。


 そんな風に学生生活を過ごした俺たちも時流には逆らえず、周りのみんなと同じように卒業をし、就職をすることになった。


 会社こそ同じではないものの近くに勤めることになった俺たちは、大学卒業と同時に同棲をすることにした。仕事があるということで平日の日中は一緒にいられないが、それでも夜や休日には二人で過ごせるということで、物理的な距離だけでなく心の距離ももっと近くなったような気がした。


 更にそこから2年ほどたって、仕事も落ち着いてきた頃、俺たちは結婚することになった。彼女と出会ってから早6年、ようやく正式に籍を入れることとなったのである。


 ベタではあるが、結婚指輪を買って、夜景をバックにプロポーズもした。その時に彼女が見せてくれた涙は、一生忘れることができないだろう。


 結婚式も開いた。それほど大きな式ではなかったが、家族や親戚や友人が一堂を介して祝福をしてくれたのを見て、素直に嬉しかった。


 お互いに誓いを立て、左手の薬指に嵌めた指輪を、もう一生外すことはないのだなと思うと、なんだか胸の奥が熱くなった。


 つがいでなければ飛べない比翼の鳥のように――あるいは、お互いを支え合う、連理の枝のように。そう生きていこうと、俺たちは固く誓ったのだ。


 結婚式の後、新婚旅行に行こうという話になった。本当は海外にも行きたかったのだが、まとまった時間が取れなかったということで、まずは国内を旅行することになった。行先は、日本人なら誰もが知っているような神社と、その周りの観光地だった。


 観光地と宿が駅から近いということで、その目的地までは電車で行くことにした。二人とも今までその神社に行ったことが無かったので、わくわくしながら他愛もない馬鹿話をしていた、その時。


 すさまじい轟音が鳴り響いた。


 一瞬のことで、何が起きたのか全く分からなかった。頭ががんがんする。腹の中がぐちゃぐちゃになった感じがして、とにかく熱い。喉の奥から鉄の味がする。


 なんとか目を開けるが、目の前に飛び込んできたのは赤黒い水たまりだった。これは、血だろうか?俺は、どうなってしまったのだろうか?まさか、この電車は、事故を起こしたというのか。


 咳き込むのと同時に、口から液が吐き出される。また、目の前に血が溜まる。俺は、ここで死ぬのだろうか。こんなに突然、何の前触れもなく。しかも、新婚旅行の最中に。


 そんなの絶対嫌だと思いながらも、重度の致命傷に耐えられるわけもなく、意識はどんどんと薄くなっていく。


 朦朧としながらも、俺は、最期の力を振り絞って、せめてその人だけでも、最愛の人だけでも無事であってくれと祈りながら、その名前を呼んだ。


「ゆ、結……」


 俺の意識は、そこで完全に途絶えた。

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