第四話〜デアドラ〜
開戦の狼煙は、スカーディアの放った槍の投擲だった。
獣のような姿勢によって溜められた彼女の膂力が、一瞬で解放されて放たれた槍は、まるで一筋の流星のような軌跡であった。門の正面で蠢いていたバンシー共が、雲のように霧散し、槍が貫通した場所には跡形もなく消し飛んでいた。
スカーディアはバンシーの群れより抉じ開けた空間に躍り出る。
同朋がやられた怒りでもあるのか、それとも門の突破を諦めたのか、バンシー達の標的が俺からスカーディアへと変わった。
一撃で数百の数を減らされようと、未だ残る数も数百体。
数の有利はまだまだバンシーにある。
しかし自分を覆いつくすように襲い来るバンシー達を前に、スカーディアの表情は余裕の笑みを浮かべていた。
先ほど投擲して槍を失ったはずの無手には、いつの間にか新たな槍が握られていた。
彼女が槍を鋭く一振りすれば、襲い来るバンシーはあっけなく無残に上下に切り別れる。
続けざまに背後に迫る敵に顔を向けることすらなく突きさし祓う。
恐ろしく淀みない流麗な槍術。
今自分が目にしているのは戦闘などという野蛮な行為ではなく、一人の可憐な女が魅せる
彼女が空中に指を走らせると、空中に文字が浮かび、そこから炎が現れる。
焼き苦しむバンシーの中を、スカーディアは風となって走り抜ける。
縦横無尽に、圧倒的に、数の差など意に介すことなく案山子を相手取るかのように、スカーディアが通った跡にバンシーの姿は一つ足りとて残らない。
およそ時間にして五分。
彼女の一人演目が終了した。
共演者は全て舞台から排除され、残ったのは主演たるスカーディアのみ。
傷ひとつ負っていないその凛とした立ち振る舞いは影の国の女王を名乗るだけの風格が漂っていた。
「…すげ…ぇ……」
無意識に縺れ出た言葉だった。たが、無意識であるが故に本心であった。
目の前で行われた圧倒的な蹂躙劇。それは俺が幼いながら植え付けられたばかりの価値観を根底から覆す様な衝撃だった。
数の差など関係ない。究極の一の前では、有象無象が何百何千集まろうと無意味であるという現実を、スカーディアの宣言通り見せつけられた。
周囲に集まっていたバンシー全てを祓い退けたスカーディアは手元で槍を弄んだ後、体を此方に向けた。
「お前に見える様に手加減して戦ったが、慣れない事をするのは存外疲れるものよな」
「あれで全力じゃねぇのかよ……」
「当然だ戯け。本気など今のお前に追えるはずがなかろう。それでは意味がない」
底知れないと思った。
あれだけの数を相手取りながら、この女王様は俺に気を使うだけの余裕があると抜かす。つい先程、彼女に対して失言をした己が恥ずかしくなってくる。
『アンタは強ぇのかよ』だって?
己の見る目の無さに嫌気がさす。この女は他の何かと比べるまでもなく、最強を名乗るに相応しい実力の持ち主であった。
「それで、どうであった?我の実力は」
「……圧倒的過ぎて言葉が出ねぇ」
「ふふ、そうであろうそうであろう。ようやく我の凄さを理解したか」
気分が良さそうに笑うスカーディアは、俺と出会ってから一番無邪気で可憐な笑顔を浮かべていた。そんな彼女とは裏腹に、俺の内心は荒れていた。スカーディアは、俺のことを出会ってからずっと弟子だと呼ぶ。
彼女は師を名乗るだけの力を示した。
では、俺は?
出会ってからずっと傲慢な態度をとった。相手の力量も見破れず、ガキがガキ相応な無礼を働いた。
俺は果たして、この最強の弟子として相応しいのだろうか……
「なんでアンタは…そんなに俺を弟子にしたがるんだ?」
ポツリと呟くように吐いた疑問は、問いかけというより、どこか救いを求める嘆きだった。そんな俺を、スカーディアは首を傾げて見つめていた。
「だってそうだろ?確かにアンタは強かったよ…文句の付けようがないほどに、圧倒的に強かった……でも俺は!そんなアンタの力を欠片も見抜けないほど、アンタの言うように愚かでどうしようもないほど…弱いだろ……」
声が段々と絞り出す様に弱くなる。それに連なり顔が下を向く。
己をとても惨めに感じる。
子供ながらに癇癪を起こす。
もう、ガキのままでは居られないと決めたはずだったのに。
無力で震えているだけの自分は、あの忌々しい記憶、腐肉の山の中でその重みで押し殺したはずだった。なのに、自分の理解の及ばない力の前に、臆病で弱い自分が顔を覗かせるのだ。
「…お前は、大勢の命を奪っているな?」
ドクンッと心臓が大きく鼓動する。思わず下げた顔をあげてスカーディアに目を向けると、彼女はこちらの心を見通すかの様な視線を向けていた。
「お前がスカディラビィアにやって来た時、手を見て確信した。血の染み込んだ人殺しの手だった」
スカーディアの言葉に、言葉を失う。
違うと反論したかった。
記憶の影が脳裏を走る。この国に来るまで、目に映る全てが敵だった。あんなのは人ではないと。俺と同じなんかじゃないと言い訳をしたかった。だけど、手に持った刃で切り裂いた時の感触は、確かに肉の感覚で、吹き出る血液は俺と同じ色をしていた。
「お前は、命を奪う意味を知っている。そして、殺意にさらされる恐怖もまた知っている」
どれだけ態度や言葉で取り繕おうと、俺の心底は死を怖がり、自分より強いものに怯える矮小な人間であることを、スカーディアは正しく理解していた。
「どちらか一つでは足りぬのだ…我はその両方を兼ね備えたものを育てたい」
「それは…何の為に……」
「我の夢のためだ」
夢
生も死もない、不変の存在だと自分で言っていたスカーディアが、自分には夢があると、そう言ったのだ。
「俺になら、それが叶えられると思ってるのか?」
「我とお前なら、出来ると信じている」
何の根拠もない。けれど確信しているかのような力強い目だ。その目がとても羨ましくて、俺もそうなりたいと思わせる。
「…アンタに教われば、俺は強くなれるのか?」
「保証はできぬ。何せ弟子を取るのは初めてだ」
「おい…さっき信じてるって言わなかったか?」
「信じてはいるが絶対などという安易な言葉を我は使わぬ。誤って限界を読み違えて殺してしまうこともあるかもしれん。どこまで行っても最後はお前次第ということだ」
「…死ぬのは嫌だな……せっかく地獄を生き残ったんだ。俺にも夢がある」
脳裏に浮かぶのは、朱と黒の世界。
飛び散る血液と世界を焼き尽くす炎。焼けこげた大地と炎に照らされできた多くの鬼の影。腐りゆく肉の山の中で、その光景を目にしながら、抱いた夢があった。
子供らしく、馬鹿げた夢だ。
でも、そんな夢だろうと、この無茶苦茶な師匠となら、叶えられるのかもしれない。
「奇跡的に拾った命だ……もう一つの奇跡に未来を委ねてみるのも悪くねぇのかもしれねぇな…」
「ふっ……心は決まったか」
「ああ。これからよろしく頼むぜ、師匠」
「いいだろう。死ぬ気でついてくるが良い。我が弟子よ」
俺と師匠は互いに笑みを浮かべて視線を交わし合う。
そうと決まれば早速修行の開始であるとスカーディアは動き出そうとして、数歩歩いた後、しかしすぐさま歩みを止めてまたこちらに顔を向けて来た。
「そういえば、まだ大切なことを聞き忘れていた」
「なんだ?まだなんかあったか?」
「お前の名は何という?我が弟子よ」
そういえば、未だに俺だけ名乗っていなかった。
「…デアドラ。ただのデアドラだ」
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皆様こんばんわ
ようやく主人公の名前を本編にて出せました。
そして正式な師弟関係の結成です!
次回からは修行パートへ行きますので次回も読んでいただけると嬉しいです。
少しでも面白い、先が気になると思われた方はぜひ応援やフォローの方よろしくお願いします!
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