序章
第一話〜出会い〜
悪夢が見る。
一筋の銀線。直接火に炙られたかのような熱く激しい痛み。物語で読んだ鬼のような表情。とても同じ人間には見えなかった。圧迫されていく肺の苦しみ。そして、遠ざかる意識の中で聞こえた、一つの・・・
「ようやくお目覚めか?我が弟子よ」
「は?」
一つの透き通った声が、眠っていた意識を覚醒させる。
少年の閉じていた瞼が開く。
そこには悪夢のような光景は消え去り、代わりに一人の艶麗な女がいた。
艶やかな濡羽色の髪に、小さく整った貌。長いまつ毛に澄んだ紫紺の瞳。ゆったりとしたドレスから覗かせるたわわに実った胸。美しく魔性な魅力を放つ女が、ベッドで寝ている少年に、覆い被さるように四つん這いで顔を覗き込んでいた。
「師である我が話しかけていると言うのに何を呆然としておるか。早くも見込み違いだったと思わせたいのか?」
「…誰かに弟子入りした覚えは無いんだが。誰だアンタ」
「フッ…童の様に喚き散らさず疑問を問うか。中々我好みの返しだ。喚き散らそう者ならここで切り捨てていた」
見た目にそぐわず鋭い口調に物騒な物言いな女だった。幼い少年である自分よりも当然年上であると思われる女性に、少年の言葉も棘を持つ。
「今度はアンタが無視してんじゃねえよ。自己満足してねぇで質問に答えろ」
「口の利き方は、まあ今後治すとして……我が何者かだったな。いいだろう。答えよう。我はスカーディア!この影の国『スカディナビィア』の女王である!!」
四つん這いの体勢から上体を起こし、女は高らかに己の名を宣言した。
見事なドヤ顔を浮かべて。
妙に様になっている姿に少年は若干の苛立ちを募らせた。
影の国の女王、スカーディアは続けざまに右手の人差し指を少年の顔に突きつける。
「貴様を弟子と呼ぶのは我が貴様をそうすると決めたからだ。光栄に思うが良い」
怒りと困惑が混ざり合い、頭を抱える少年。スカーディアと話していると、わからないことが解決するどころか逆に頭が混乱してくる。
「…ちょっと待てくれ、疑問が増えた……1つずつ解消したい」
「私のスリーサイズか?」
「それはそのうち聞く」
「冗談のつもりだったのだが…」
なかなか難しいものだなどと、顎の下に手を添えてブツブツ呟くスカーディアを見て、少年はなんだこの女はと思う。
見た目は普通の見目麗しい女である。しかししゃべり方といい身勝手さといい、どこかズレている印象を受けた。
少年が女を観察していると、女は1人納得したように一度頷いて改めて少年を見た。
「ではこうしよう。我もお前にいくつか聞きたいことがある。1問ずつ交互に尋ねたいことを訪ねていこう」
「ああ…それで構わない」
お互いに納得したところで、互いの質疑応答が始まる。
先行はスカーディアだった。
「ではまずは我からだ。お前はどうやってここに来た」
「?質問の意図がわからない」
「スカディナビィアへどうやって来たかと聞いている」
「なにを言ってるんだ?アンタが俺をここに連れてきたんじゃないのか?」
「ふむ…つまりはわからない、ということか」
少年は首を傾げた。聞きたいのはこっちの方だと。
自分は先ほど目を覚ましたばかり。少なくとも、最後に意識を失ったときは、こんな心地のいいベットの上で眠りに入った覚えはない。
「今度は俺だ。アンタの言う影の国ってなんだ?ここはアルベリア王国じゃねえのか?」
アルベリア王国。
それは少年が元々住んでいた国の名前。
この世界、マグメリアを支配する四つの国に名を連ねる大国である。
少年が生きる世界、通称『マグメリア』は、現在4つの国が大きく領土を支配している。
ヒューマンの国、『アルベリア王国』と『エジンバルク帝国』
エルフの国『シャンディア連合国』
妖精の国『アーヴァロン』
少年はその中でもヒューマンであり、アルベリア王国の出身だった。
自身が意識を失ったのはアルベリア王国内のはずだが、スカーディアはこの場所を影の国『スカディラビィア』と言っていた。少年にとっては4大大国のどれにも当てはまらず、聞き覚えのない国であった。
スカーディアはベッドから降りると、指を振って少年にも起きるように促す。少年は上体を起こし、腰までずり落ちた寝具を捲り上げてベッドから起き上がった。
「我が話すより、直接見せた方が早いであろう」
スカーディアは少年を連れ立って、ベッドのすぐ横にあるカーテンにて閉ざされた大窓へ歩く。スカーディアが右腕を振るうと、閉じていたカーテンが左右に別れて開かれた。
目が眩むような日差しはやってこない。窓から見える景色は薄暗く、窓の内側では向こう側を正確に認識することは難しかった。少年は今は夜なのかと思いながらスカーディアについていく。窓の外はバルコニーとなっていて、スカーディアは窓を開放し、部屋の外へと身を乗り出した。スカーディアは歩きながら、スカディラビィアについて口にする。
「この国には時間という概念はない。とは言っても時間が停止しているわけではない。時間という区切りを持たせても意味がないというだけだ。どういうことか理解をしたいなら、上を見ろ」
「上?…なっ!?」
バルコニーの最奥の柵までやってきて、スカーディアは少年に上空を見上げるように促す。言われた通りに上空を見上げて、少年は愕然とした。そこにあったのは、夜空に浮かぶ流れ星、なんてロマンティックなものではない。
見えるのは揺れる木漏れ日。
大地を歩く人々の群れ、喧騒。そういったありふれた人類の日常が見て取ることができた。
「この国には太陽がない。当然だ。スカディラビィアは地上にできた影の中にあるのだから」
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