ぬいぐるみの気持ち
ニ光 美徳
第1話
「ねえ、どれにする?コレがいいかなぁ?それともコレ?」
「えー?それは難しいそうだよ…。コレはどう?」
「いやいや…それはナイわぁ。」
「だよね。てかさ、何でこんなのあるんだろ?何なのかすら分かんない。」
「あー、最近出たやつのバッタもんじゃない?こんなの欲しい人いるのかな?」
…大体これが、私の前を通り過ぎる時交わされる、スタンダードな会話だ。
私がここへ来た最初の頃は、なんて酷いことを言うんだと思ったけど、今ではすっかり慣れてしまった。
私の隣りのガラスの向こうの人は今日入ってきたばかりなのに、もう何人もの人にワーキャー言われて、常に人だかりができている。
「あ!やった!いい感じ!
このまま、このまま……あー落ちた!
悔しー!もう一回!」
隣りの人は、今とっても流行りの人気者らしい。隣りの人が目当ての人は、私に見向きもせず通り過ぎる。
隣りの人には、来る人来る人たくさんのお金を入れていく。
紙のお金をコインに変えて、何枚も何枚も。
私といえば、1日に何人の人が立ち止まってくれるだろう?その中でコインを1枚入れてくれる人がほんの数人。
私を持ち上げて、するっと落ちたらチェッと舌打ちして別の所へ行ってしまう。
あ、隣りの人が…もういない。
そしたらまた新しい人がやってきた。
きっと、アナタもすぐ誰かと一緒に行ってしまうのですね。
ああ…私はアナタになりたい。
また私の前を誰かが通り過ぎる…あ、珍しい、立ち止まってくれた。
私を見てる。
「あれ?これってさー、アレじゃない?」
「あ、ホンマだ!懐かしい!」
あれ?私を知ってる人がいるんですか?
少し年配がかった男性2人が、私の前でニコニコ顔で会話してる。
「このキャラさ、今の若い子は知らんやろうね?」
「あー、そうだ、リメイクしたのが最近また出たんだった。でもキャラが全然変わっちゃったんだよね、現代風に。でもさ、やっぱオレらはコレだよな。」
「そーそーコレだよ!よし!やってみるか!」
その男性が私の所にコインを1枚入れてくれる。
ウィーンと機械のアームが動いて私を掴んだ。…なのに、私は少しも浮きもせず、スルッと抜けてポヨンと揺れる。
「あー!全然ダメじゃん!」
私も残念です。せっかくニコニコしてくれたのにすみません。
どうぞ次の人の所へ行ってください。
「もう一回!」
え?もう一回って?
男性はもう一枚コインを入れて私を捕まえようとしてくれる。
なのに私ったら、またポヨンと揺れるだけ。
「あー!またダメかぁ。」
す、すみません…私、ちょっと重いのかも…。
そんなに残念なお顔をされて、私もすごく残念です。きっとアナタは諦めて、次こそ別の人の所へ行ってしまうのでしょう?でも、2回も挑戦していただいただけで、私は満足です。
「もう一回!」
え?まさか…そんなにまで私のこと?
男性はまたコインを入れる。
失敗しても、何度も私にアタックしてくる。
10回目、やっと私の体がフワッと持ち上がってくれた。
「やった!今度こそ!
…そのまま、そのまま…」
ガタンと揺れて落ちそうになる。私は、
落ちたくないーー!!
と全身に力を込めて落ちないように必死でしがみつく(気持ちだけ)。
穴の上まできたら、アームが開いてポトンと落とされる。
なのに、最後の最後に引っかかってしまう。あとちょっとなのに!
私は今度は、さっき以上に全身に力を入れて、穴に向かって落ちようと必死に体を動かす(でもやっぱり気持ちだけ)。
だけど…私の思いが通じたのか、グラッと揺れて穴の中にポトンと落ちた。
「ウェーイ!」
男の人は、私を高く持ち上げて、満面の笑みを私へ向けてくれる。
それから大事そうに抱えて一緒に連れて帰ってくれた。
「フワッフワ!気持ちいー!」
はい、私もとっても気持ちが良いです。
あなたに会えて嬉しい。
ーやっぱり、私は私で良かったです。
**おわり**
ぬいぐるみの気持ち ニ光 美徳 @minori_tmaf
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