一目惚れしたぬいぐるみ

名苗瑞輝

ぬいぐるみ

 出会いはゲームセンター。可愛さに一目惚れだった。

 どこにでもいるような熊のぬいぐるみだけど、あの時感じたときめきは唯一無二だ。

 隣には彼氏がいた。彼に頼み込むと二つ返事でクレーンゲームに取りかかる。

 正直言わせてもらうと、彼はクレーンゲームが下手だった。折角出会えたのに、アクリル板越しに眺めるしかできないのか。幾度かの挑戦を経て、そんなふうに諦めの気持ちが浮かんできたその時奇跡が起きた。

 クレーンが身体をがっしりと抱え、投入口まで運んでいく。そしてそのまま投入口の中にまっすぐと落ちていく。

 こうして僕たちは互いに触れあうことができた。


 定位置は枕元。元々は別のぬいぐるみが置かれていたけれど、それを押しのけて鎮座する。

 そしてともに眠って、ときには抱きかかえ、ときには話し相手になって。その後も新しいぬいぐるみは増えたけれど、一番という地位は揺るがなかった。


 だけどもそんな日々も長くは続かなかった。

 近頃増えていた彼への愚痴。ついにそれが爆発して、分かれることになってしまったのだ。

 彼にとってもらったぬいぐるみ。彼との思い出の一つだ。別れてしまった今、それを捨てたいと思うのは仕方が無いことだと思った。

 捨てようと手に取って、けれどゴミ袋へ入れようとする手が止まる。お気に入りと別れる事への未練か、それとも彼と別れた事への未練か。

 結局行き着いた先は他のぬいぐるみ達の隣。捨てられなかったのだ。


 一番のお気に入りというポジションじゃなくなったけれど、あれからしばらくたった今も他の人形達とともに彼女を見守っている。

 だから新しい彼氏が出来たことも知っている。けれど新しいぬいぐるみは増えていないし、お気に入りのポジションにはまだ誰も収まってない。

 彼女が愚痴をこぼすこともほとんど無くなった。きっと今の方が幸せなんだろう。これからもこの幸せを見届けていきたい。僕はそう思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一目惚れしたぬいぐるみ 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ