本屋さんと地味ダメージの彼女

あまたろう

本編

 閉店30分前。仕事帰りのこの時間にいつも立ち寄る本屋がある。

 最寄り駅に併設されている本屋で特に大きいというわけではないのだが、品揃えがとても好みなのだ。

 本屋の品揃えというのは、オーナーの主観に大きく影響される。流行りの漫画やドラマの原作本、ベストセラー本を手広く取り扱っているお店もあれば、何かのポリシーを持って棚を作っているお店もある。

 当然商売なので、売れそうな本を仕入れることが重要になってくるとは思うのだが、こういったこだわりが控えめにでもしっかりと感じられる品揃えの本屋に出会うと嬉しくなる。

 それがたまたま最寄り駅の本屋だったこともあって、僕は日々の忙しさを一日の最後に癒すことができるこの空間が大好きだった。

 本屋の店員にしたら迷惑な客かもしれないが、立ち寄った日には基本的にすべての棚を見て回る。

 あ、あの本売れたのかな、今日はこの本が平積みされているのか、この本とこの本が隣同士に積まれているのはどういう理由かな、などを想像しながらゆっくり30分かけて回るのだ。

 買うときにも自分の中でルールがあり、購入するのは一週間に3冊まで。一週間毎日のように通うが、金曜日の帰りに買って帰ることと決めている。

 週末にご褒美として買うことで一週間の現実から解放され、翌週のモチベーションにもなるからだ。

 また月曜日から木曜日の間も、家に帰ってからラインナップを思い出し、何を買おうか悩む期間として過ごすため非常に楽しい。

 あ、友達はあんまりいません。


 今週も一週間悩み、3冊を購入してホクホクしながら家に帰ろうとしたとき、後ろから声をかけられた。


「……あの……、ちょっといいですか……?」


 自分に言われているとは思わず、ただあまりにも至近距離から発せられた透き通るような中にもはっきりとした声にびっくりして弾かれたように振り向いてしまった。

 そこには、予想以上のリアクションに目を丸くしてしまっている女性がいた。


「あ、すみません。驚かせるつもりはなかったのですが」


 目の覚めるような漆黒のロングヘアーを無造作に束ねた、どちらかと言えば地味なシルエットでありつつ、持って生まれたかと思うほどフィット感のある縁のない眼鏡の奥には隠せないほど整った目鼻があり、じっと見ると向かい合っているのが不釣り合いではないかという気持ちになってくる。


「……えっと、僕に声をかけてくれたんですか?」


 どう見ても初対面だったので訊いてみた。こくっと頷く女性。


「失礼ですが、こちらの本屋さんで毎日のようにお見掛けしていて、そこまで品揃えが変わっているわけでもないのに毎回初めて見るかのようにとても楽しそうに本棚を見て回っていらっしゃる姿が気になってしまって」


 うげ、何回も見られている。しかも微妙にディスられている気がする。


「あ、いえディスってないです。今週は同じ本を2度3度と棚から出して、タイトルとあらすじを読んではニヤニヤしながら本棚に返すというのを繰り返していらっしゃったので、きっと今日はこの本を買われるんだろうなあと思っていました」


 ……無意識なのか。想像以上のダメージが僕に入っていることがわからないのか。

 今にもダウンしそうな顔で彼女の方を見ていると、彼女は察したような顔になった。


「あっ、ごめんなさい。私が気になっていた本を手に取っていらっしゃることが多かったので感性が似ているのかなあと思ったんです。それで、この本屋が来月閉まってしまうので、それまでにお話ししたいなあと思って声をかけさせていただいたんです」

「え、来月!?」


 初耳だ。そんなことどこかに書いてありましたか?


「あの、私この本屋の関係者なので知っていたんです」

「そうなんですか……。この本屋さんが大好きだったのでとても残念です……」

「あ、あの、それで、できれば私とお友達に……」


 ドキッとする。本屋さんが閉まってしまうことは確かにショックだが、女性の方から声をかけてくれたことに関しては素直に嬉しい。

 ……というか、何を話していいのかさっぱりわからない。


「……私も一緒です。今もドキドキしっぱなしです」


 その割に、僕がこの棚の本を見ながらニヤニヤしていたとか、この本を3回手に取ったとか、こういう本が好きなのかとか、やたら細かくダメージを与えてくる。

 ただストーカー行為(?)は本屋さんの中だけだということで、そういう話を聞けば聞くほど感性が似ている話を披露してくる彼女に次第に惹かれていき、しばらく楽しくなりそうだな、と思うのだった。


(おわり)

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