本屋だからこそ出会える偶然

カユウ

第1話

 僕の家の最寄駅から2駅隣にある各駅停車しか停まらない小さい駅。僕はその小さい駅の駅前にいる。改札を出た正面にある6階建の大きなビル。僕の目的地はこのビルだ。近隣でもっとも大きい本屋『ブックファン』。地下1階から2階が店舗、3階から6階が駐車場なので、遠方からの客にも対応できる。


「本屋大賞の本、残ってるかな」


 昨年までは本屋大賞のノミネートが発表されてすぐにここ、ブックファンに駆け込んだ。ノミネート作品をすべて買い、本屋大賞の投票をするところまでがこの時期のお決まりだった。

 しかし、今年は本屋大賞の投票が終わり、集計期間に入っているにも関わらず、我が家にはノミネート作品のうち2作品しかない。年末からほとんど読む暇もなく仕事をしていたせいだ。今年異動した先の部署は、年末が忙しいとは聞いていたが、ここまで忙しいとは思わなかった。

 思い出してしまった一昨日までの嵐のような忙しさ振り払い、毎年本屋大賞のノミネート作品がならぶ一角に行く。投票期間が終わったあとは意識して見ていなかったので、あるかどうかの記憶がないのだ。


「……あった。よかった」


 不安に思いながら柱を曲がり、『本屋大賞』のポップを見て安堵する。ノミネート作品がすべて並んでいる。近くにあったカゴを持ち、持っていない8作品を入れる。


「これだけ持つとずっしり感がすごいな」


 8冊の本を入れたカゴを片手に、店内の棚を見ながらゆっくりと歩く。ここ数年、毎週のように本屋を訪れていた。しかし、今年は忙しさにかまけて、3か月ほど本屋に行くことができなかった。初めましての本がたくさんあり、気をつけないと口元がニヤニヤしてしまう。ただ、すでに手元には8冊。持って帰ることを考えると、今日はあと2冊くらいで我慢するしかないのが残念なところ。

 ネットニュースで話題になった本や、よく読んでいる作家さんの新刊など、気になる本はたくさんあるが、あと2冊と考えると決め手にかける。悩みながら歩いていると、20から30人ほどの人が集まり、ざわめいているところに出会した。


「鉄弓まゆみ先生のサイン会はこちらです」


 ブックファンの店員さんや、スーツをきた方が大きいとは言えない声量で周囲に呼びかけている。何年か前に直木賞を受賞した作家さんだ。芥川賞、直木賞のニュースは見ているが、本屋大賞とは違ってノミネート作品や受賞作品を全部読むようなことはしていないので、鉄弓まゆみさんという名前は知っていても、作品は読んだことないかもしれない。


「これもまた何かのご縁ってやつかな」


 サイン会会場のそばに平積みされていた本棚に、鉄弓まゆみさんの作品が並んでいる。その中から、直木賞受賞作品と最新作品をカゴに入れた。帰ったらどれから読もうかと考えるだけでワクワクする。僕は10冊の本を持ち、レジへと向かった。

 こういう偶然の出会いがあるから、本屋さんに行くのはやめられない。

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