本屋にて

@me262

第1話

 とある商店街にある本屋。続く不景気に加えてネット通販のせいで売り上げはガタ落ち、祖父の頃から続いた店を自分の代で潰す訳にはいかない。困った店主は客寄せのために店頭で作家のサイン会をやることにした。実は彼には大学時代の友人で小説家になった者がおり、大きな賞を幾つか受けていた。ここ10年はヒット作に恵まれず世間からの注目度は低いものの、それでもある程度は名の知られている彼が来れば客寄せにはなるだろう。友人の著作を購入すれば本の裏表紙にサインをしてもらえる。あるいは彼の本を持参すればサインをくれる。そのように触れ込めばいい。

 店主は早速友人に連絡した。電話口の彼はいかにも調子が悪そうで、店主の願いには後ろ向きだった。

「今はスランプなんだ。俺なんかが行っても人は来ないよ……」

 何度頼んでもそうやって気弱な台詞を吐く作家に店主が業を煮やす。

「とにかく来てくれ。どうしても断るなら、あの事をばらすぞ」

 これを聞いた友人は渋々依頼を受けた。

 実はこの店主、作家のゴーストライターだった。学生時代、文学部だった店主と友人は同じアパートで同居をしていた。ところが店主がある賞に応募しようと書いた作品を、友人が自分の名前で勝手に出版社に送ってしまった。それが彼のデビュー作である。

 当然店主は抗議したが、友人とは本当に仲が良い間柄であった。号泣して謝る本人を見て、それ以上怒る気になれずに許してやった。無論同居は解消したが、以来作家となった彼は店主に頭が上がらないのである。

 その後も店主は、幾つか作品を書いて色んな賞に応募したが、どれもパッとせずに落選。どうやら友に盗られた作品だけの一発屋だったらしい。それで作家になるのは諦めて店を継いだ。

 実際、あれだけは特別だった。ある日突然頭の中にアイディアとストーリーの全てが降りてきて、居ても立っても居られずに一気に書き上げた。

 店主はあれで全てを出し尽したのだと、仮に作品を盗られずに自分がデビューしても、その後は続かずに苦しい思いをしていただろうと自分自身に言い聞かせた。友人の方は作家となった後も定期的にヒット作を著している。やはりこの男、才能そのものは持っていたのだと、友人に対する悔しさを腹の中に収めた。

 店主は商店街にビラを張り、自前のホームページでも告知をしてサイン会当日が来た。

 友人は約束来店したが、明らかに具合が悪そうだった。土気色した顔色に店主は驚き、何かの病気かと訊ねる。

「なに、ちょっと気分が良くないだけさ。早速始めよう」

 そう言って店頭に設けたテーブルに着く。事前の宣伝が功を奏して客は集まったが、その殆どは野次馬で店の売り上げは店主の予想には達しなかった。2時間程のサイン会が終わると友人は気弱に笑った。

「ほら、今の俺じゃあこの程度さ。役に立てずにすまん」

「そんなことはないよ。具合が良くないのにわざわざ来てくれてありがとうな。今お茶を入れるから、店の中で待っててくれ」

 店主が店の奥でお茶の準備をしていると、電話が鳴った。それに出ると相手は友人の妻だった。彼女は泣き声で喋る。

「主人がサイン会に出られずに申し訳ありません。今朝、突然倒れて病院に搬送されましたが、先程亡くなりました」

「え?何を仰っているんですか?彼は来てくれましたよ。今もそこに……」

 店主は慌てて店に戻るが、そこには誰もいなかった。


 後日、友人の通夜に出席した店主は友の妻と2人きりになった時に、彼女から驚くべきことを打ち明けられた。

「実は主人が出した本は、全部私が書いたのです」

「それは本当ですか?実は彼のデビュー作は私が書きました」

「主人からそのことは聞きました。だからあなたにだけ話すのです。彼は一冊も書いていません。だからあの人はいつも私やあなたに謝っていました。常に気弱で自信がなく、おどおどしていました。私はそんな彼が見捨てられずに今まで一緒にいました」

「それなら奥さんも共に作家になれば良かったのに。夫婦で作家なんて、凄いじゃないですか」

「ええ。でも、私には本当はそんな才能はないのです。ある日突然頭の中にアイディアとストーリーの全てが降りてきて、居ても立っても居られずに一気に書き上げる。それの繰り返しでした。子供の頃から文才なんて全然ないのに、あの人と一緒に住むようになってから時々そんな状態になるのです。不思議なことです……」

 店主は愕然とした。自分が素晴らしい作品を書いた時、この人が傑作を書いた時、常にあの男が一緒に居た。天を仰いで店主は語りかけた。

「もしかしてお前、身近な人間を使って自分の才能を出力していたのか?自分でも気づかずに……」

 そして友の妻に向かって言う。

「奥さん、彼の名前で世に出た全ての本は、正真正銘あの男の作品ですよ」

 自分の焼香の番が来たので、店主は彼女に頭を下げて祭壇に向かう。

 黒い額縁の中で気弱そうに笑う友に手を合わせ、店主は誰にも聞かれない程の小声で呟いた。

「この間はありがとうな。化けてまで約束を守ってくれた。結局、お前も俺もゴーストライターだったな」

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