だからわたしは今日も立ち続ける

KAC 1 テーマ 本屋

 この仕事は、時折その人の本質に触れると思う。見た目ではわからない、その人の本当の姿に。


 ピッ。1650円です。

 ピッ。1750円です。

 ピッ。1080円です。


 小気味よい機械音とわたしの声とが響く店内、いつものようにカウンターを挟んで向こう側にこの本を買った張本人、即ちお客様が立っている。


 わたしは、少しだけ目を上に向けた。


(初めて見るお客さんだなぁ)


 上背があって横もどちらかというと大きい「クッキングパパを更に膨らませたような人」だった。目線はずっと、わたしではなくてカウンターに置かれた三冊の本に注がれたままだ。


 ラコステのポロシャツはぱんぱんにはち切れんばかりで、高そうな腕時計がぎらぎらと光っている。えーと、ロゴは……ぶ、BVLGARI? すごいな。お金持ちなんだなぁ。じゃあ、この人が迎えようとしている子は、食いっぱぐれることもないだろうなぁ。良かったなぁ。


 そんなたわいもないことを考えながら、わたしはお客様と目を合わせた。


 すこし、頬が赤らんでいる。


「お待たせしました。お支払いは現金でしょうか? カードまたは電子マネーでしょうか?」


「あ、あの……」


 遮るように、その人の声がした。渋くて概ね予想通りだったが、ふわりと隠しきれない優しさが滲んでいると思った。わたしは瞬きをしながら「なんでしょうか?」と尋ねる。ややあって、咳払いとともに、


「そ、その、ハムちゃ、ハムスター、僕なんかが飼って、怖がらないですかね?」


 ハムちゃん、と言いかけたのだろう。別にそのままでもいいのに、わたしは口元を緩めると、目尻の皺を集める。


「どうして、そう思うんです?」


 わたしの言葉に、その人は罰が悪そうに頬をかいた。指のすこし上に、小さな痘痕が見えた。


「その、よく怖い。いや、実際は全然怖くないんですけど、見た目が怖いって、言われるので」


「うーん、そうですねぇ。本当に自分のことばかり気にするなら、ここには来ずに、ネットなりなんなりで買うと思うんですよね。でも、いまあなたはここにいる。わたしの前に立っている。ということはですよ、本を買うついでに、聞きたいことを聞こうとしていたということじゃあないでしょうか。もちろん、自分がどう見えるか、ではなくて」


 わたしはそこで一呼吸おき、


「この、ハムスターの飼い方について、他にどんな本があるか、とかでしょう?」


 その言葉に、その人の目が見開かれた。


「あ、あの、そうなんです。実は、その、今度友人にハムスターの赤ちゃんをもらうんですが、それでこの飼い方の本を買いに来たんですが、ほかにも聞きたいことがあって。あ、ここのことは、ほかの友人に聞いて。すごく親身になってくれる本屋があるよ、と。それで――」


 そう言うと、その人は目を輝かせながら話し始めた。


 帰るという段になって、その人は目を細めてわたしに向かって頭を下げる。


「ありがとうございました! おばあちゃん。また来るので、がんばってください!」


 言うとその人は、大きな体をぱたりを折り曲げた。


「またのおこしをー」


 わたしは、総入れ歯の歯をにっと光らせ、その人を見送る。


 人は見た目によらない。そういうことがわかるのも、この仕事の醍醐味だと、思う。


 わたしはうんと伸びをすると、まだまだ頑張らなければね、と曲がった腰を叩いた。


【了】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だからわたしは今日も立ち続ける @kokkokokekou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ