おばあちゃんの本屋

タルタルソース柱島

それぞれの旅立ち

「さあ! 行きましょう勇者さま!!」

銀髪の乙女が振り返り、左手を差し出す。

「勇者、困ったら俺を頼れよ!!」

筋骨隆々とした男戦士が、白い歯を見せて笑う。

 新たな旅立ちには、うってつけの日だ。

 どこまでも続く青い空のもと、最初の一歩を踏み出した。


 僕は彼女の手を取るように冊子を掴む。

 真新しい表紙はつるつるとしていて、新しい世界ときれいな仲間たちの姿が描かれていた。

 きっとワクワクするような物語の始まりだ。




 南国の島国が大きくプリントされたページをめくる。

 ニューカレドニア、天国に一番近い島。


 上品な文字が踊り、魅力的なコテージと白い砂浜、蒼く澄んだ空と海。

 私は、写真の光景を脳裏に思い浮かべる。


 波の寄せ返す音、海鳥の声、あたたかな日差し、肌を撫でるような風―――。

 長期休暇を過ごすには、上等すぎるかもしれない。

 洒落たディナーにお酒を楽しみながら見るファイアーダンスも魅力的だと思う。

「よし!」

ぱたんとページを閉じると大事に抱え、本棚の間を通り抜けた。

 今年のゴールデンウィークは海外旅行に行こう!




「おすすめの絵本」

これか、と手に取ったのは、コミカルな絵柄のアオムシが表紙の絵本だ。

 ずいぶん昔に読んでもらった気がする。

 今や、自分が読み聞かせる番になったのか、などと思うと、どこかおかしく思えた。


 色褪せた『絵本コーナー』と書かれたPOPが懐かしい。

 ずっと子どものころ、親に手を引かれ、訪れたときはもっと鮮やかな黄色だったと思う。


「歳をとったもんだ」

自分は歳をとっても変わらないものもある。

 ここもそうだ。

 俺は絵本を棚から取ると静かにつぶやいた。



 ここは、小さな町の古ぼけた本屋。

 ずっと昔からバス停の前にあって、多くの人が訪れ、新しい本を手に旅立っていった。

「良い旅を」

私の祖母は本を買ってくれたお客さんにそう言ってきた。


「いらっしゃい」

今では、私もおばあちゃんになってしまった。

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