ひとりでに増えていく本とかいう生き物

鈴木怜

ひとりでに増えていく本とかいう生き物

「どうして本は勝手に増えていくんだろう。そう考えたことはあるかい後輩」


 放課後の図書館。図書委員としてカウンターに座る俺に対して、隣の先輩がそんな話題を振ってきた。

 俺たち以外に人はいない。要は暇なのだろう。


「何言ってんですか先輩。生き物じゃあるまいし」

「いやいやそうは言ってもだ、君も図書委員だ。本屋には行くだろう? そうでなくても我々は学び舎に通う者たちなのだから、参考書とかノートとか買いに行くだろう」

「それくらいは買いますけど」

「で、ついでに店内を見て回るよな」

「見て回るものなんですか?」


 おうともさ、と先輩は拳を握りしめた。


「スーパーに買い物に行ったときと同じように回らないのかい? 今度、親御さんの買い物についていってみるといい。きっと、パンがないだの牛乳がないだのといっておきながらまず最初に行くのは野菜売り場だろうさ」

「先輩は、それと本屋に行くのが同じだと?」

「ああ」


 握った拳が開かれる。人差し指が回りだした。


「来たからには見ていこうか、そんな気分になるのは自明の理、というやつではないだろうか」

「はあ……」

「腑に落ちない顔だねえ後輩」

「だってよく分かりませんし。学生ですよ学生。目当てじゃないものにお金出すのはちょっと……。」

「それはそうだな」


 でも、と先輩は続けた。


「図書館をあてもなくぶらついてみるのと何が違う?」

「くっそ何も言い返せねぇ……!」

「後輩だってやるもんねえ、それくらい」


 からからと先輩が笑った。


「とにかく、だ。そうして本屋を見て回ると、いつの間にか出ていたあんなシリーズの新刊や、こんな人の新シリーズとか、単純に気になったそんな本があるものなのさ。で、本屋を出るころには、一冊だけにしようなんて思っていたはずなのに、袋には数えようとしたら片手の指では足りないくらいの本が入っているんだ」


 完全に自業自得だった。


「それは先輩のせいじゃないですか」


 そんな俺の声を遮るようにして、先輩はこう言い切った。


「本屋っていうのは、いわば錬金釜なんですよ」

「何言ってんだこいつ」

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ひとりでに増えていく本とかいう生き物 鈴木怜 @Day_of_Pleasure

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