人間にとって一番苦痛な体勢って知ってる?

雨月 史

待て!!

残り物のご飯に残り物の煮物、それから余っていたお肉を少し混ぜてこんで器に盛り付けた。


荒い息遣いと口元には待ちきれずに、唾、涎が滴っている。


「待て!!」



つぶらな瞳で悲しそうに待つ可愛らしい柴犬のシロ。


「よしよし」


待てた事を褒めて上げて頭を撫でる。


「いいよお食べ。」


嬉しそうな顔でこちらを見ながら、ご飯にありつけたと一心不乱に器に顔をつっこむ。



。。。。


「おい。高橋なにボーっとしてるんだよ。待ってる間に拭き物終わられせとけよ。待つというのは一番無駄な事なんだよ。待っていたって何もすすまねーじゃねーか。お前ら時給で働いてんだろ!!」


「はい。すいません。」


慌てて山のように積まれたお皿を拭き始めるが……、


ガッシャーん!!


「おいおい、何やってんだよお前。」


山積みの皿を慌てて取って、ジェンガのピースを取り損ねた様に崩れたグラスが床に散らばる。


「ヴァー!!すいませーん。」


「すいませんじゃないよ!!早く!!ほうき持ってこいよ!!」


。。。。


「……て事があってさー、もう落ち込んでるわけ。俺、本当に鈍臭くてさ……もう嫌になるよ。ヒカリはさー手際がいいからそんな事では悩まないだろ?」



「うん。あまり考えた事はないね。でも優作はさー、その……ボーっとしてる時間いったい何を考えているの?」


「何って……そうだな…やっとピークが過ぎて、少し安堵な気持ちで…まー言ってみれば心を落ち着かせている……というか……。」


「それって君の才能だよ。」


「は?どういう事?俺はこんなに落ち込んでいるのに、それが才能なんて考えられないよ。」



「人間にとって一番苦痛な姿勢ってなんだか知ってる?」



「苦痛な姿勢?……うーんなんだろう?わからないな…柔道の締め技とか、プロレスのコブラツイストとかかけられている時の無理な体勢かな?」


「違うわ。」


「えー……じゃー全速力で走り抜けた後とか、フルマラソンを走り終えた時だろうか?」


「違う。人間の一番苦痛な体勢はね。」


「うん。」


「待てよ!!」


「待てって……犬じゃないんだから。」



「馬鹿にしてるでしょう。だったら今ここに立ってごらん。」


「え?ここにかい?」


「うん。そうそこよ。はい……じゃー『気をつけ!!』」


とヒカリが大きな声でいったのでそのまま手を伸ばして真っ直ぐ背筋を伸ばす。


「そのままよ。それで今から5分間測るわ。

それまで少しも動かないで!!」

と言って腕時計に目をやった。


「うん。」


「ねー…待つという事は愚かな行為なのかな?例えばね、この間お風呂の掃除をしていたの、それでね浴槽の蓋がもう真っ黒になっていてそれが堪らなく嫌になってね、洗剤をかけて擦ったの。でもね…本当にほとんど変わらなかったわ。それで諦めて近くのドラッグストアに駆け込んだ。カビ取り洗剤を買うためにね。それで急いで帰ってきてスプレーして、擦ったの。でも黒い汚れは落ちなかったわ……だから裏の説明書きをよんだらね、

スプレーをしてしばらく待ちます…って書いてあったわけ。それでスプレーをしてその場を離れたわ。」



「へーそれでどうなっ……。」


「黙って。今優作がしなければならないのはstayよ。動いたらダメ。当然口もね。」


「……」


「それからね、私も先日シェフに怒られたわ。その時は鶏肉のソテーをしていたの。

それでね、ついしっかりと皮面が焼けているか気になって、裏を覗いたの。そしたらね


『お前なにやってんだよ。皮面をしっかり焼くには中火で六分ほどは裏返したらだめだ。

それより前に返したらもう後には戻れない。

いいか何度も言うかじっくり6分んだ。

牛肉のミディアムレアもそうだ。まずはしっかり表面を焼いて肉汁を閉じ込める、それから窯の前で10分程んだ。そしたら余熱できれいなピンク色に焼き上がるだ。料理において待つと言うのは必要な工程なんだよ。しっかり勉強しとけよ!!』


てね。」


僕は今度は黙って聞いていた。


「うん。5分たったよ。良く出来ました。」


「ふー……。息が詰まるかと思った。本当に立ってるだけって結構つかれるね。」


「そう。待つという事はすごく大変で大切な動作だと私は思うわ。待つ事によって得らるものも沢山あるから。鶏肉の皮面はカリッと焼けるし、牛肉はきれいなピンク色に仕上がる。それからお風呂の蓋のカビはお湯で洗剤をながしたらすっかり白さを取り戻したわ。だから優作、君がピークを乗り切ってホッとしながら落ち着いて、次の行動にむかえるように潜在的にしているのは、けして悪い事じゃないわ。私みたいなセッカチには少し難しい事よ。こっちにおいで。」



そしてヒカリは僕を抱きしめてキスをした。


「良く出来たね。」


。。。。。


すっかりご飯を平らげシロを見ながら、


「待てができたらご褒美が必要だよな。」


なんて言いながら『待つ』事も悪い事ではないなーなんて考えてみた。



             end

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