第二話 鋼鉄の戦士に心は無い

 バチンと拳による一撃が何かにぶつかる音が、この特殊事態対策班の上の階にある、トレーニングルームで鳴り響く。僕はこの拳を使って戦う訳では無い、僕は自らが作ったパワードスーツを着て戦う、素手の戦闘なんて殆ど起こりはしない、けれどこの訓練は僕にとってとても重要な訓練だった。

 僕は使う事など殆どない拳を使って、スパーリングを続ける。返事の無いパワードスーツの抜け殻との攻防を行いつつ、隙を見つけては攻撃に転じる、腕を払いのけ、相手の懐に入り込みボディに重い一発、倒れ込んだスーツに何度も殴打、返事が無いから止め時を失ってしまっているのかもしれない、完全に機能を停止させるつもりで僕は殴り続けた・

「キャップ、そこまでにしておきたまえよ」

 友人の声を聞き、僕はハッとして、無意識から意識下に戻る。この場には、機能を完全に停止させたパワードスーツと、現在の時刻を必死に伝えようとアラームを響かせる端末が一つ、そしてスポブラとショートパンツ、その下に体のラインを伝えるスポーツ用のタイツを履いた明智がそこには居た。僕の想像する明智はもう少しズボラな体系でもしていると思っていたが、この仕事をしているだけあってある程度筋肉質で体も良く絞れていた。

「君、少し失礼な事を考えていないかい?」明智がこちらの心を読んだ様な質問してくる。

「考えていないよ、君なりにしっかり鍛錬はしているんだと、驚いただけで」

「言い方をマイルドにした事だけは、褒めておくよ。私だってね、お偉いさんと話してストレスが溜まった時なんかは、こう体を動かしているさ、勿論それ以外の発散法もあるが」

 こちらの考えていた事は筒抜けらしいし、これ以外の発散方法と言うのも大体は察する事が可能なので、追及は控える事にキャプテンはした。といってもそれなら何故それ以外の発散方法をしないのかと疑問にも思う、それこそマリーなんかは言えば来るだろう。

「マリーは非番、サチアとミライは家族サービス、多くの従業員は出払って、私のストレス発散の場なんてものはここしかないのさ」気味が悪い程に考えている事は筒抜けだった。

「それで?お偉いさんはなにか、気に食わない事でも言ってきたのかい?」

 明智にも案外寂しい所もあるし、優しい所もあるのかと少しだけ親近感を覚える。といってもその女癖を理解するには、かなりの時間を要する事になるだろうが、まぁそんな事は今どうでも良い、わかった事は、案外明智は我儘じゃないのかもしれない、それだけだ。

「あぁ言われてきたよ、今回のテロリストの主犯だれか…どこの国が率いているのか…どういう目的があってこのような行動に出たのか…真の目的は…とかね」

 考えるだけでも面倒になる、質問の数々。流石は探偵と言った所かと感心はすれど、同じ立場にはなりたくないと、キャプテンは心から思う、僕は一芸特化で助かったと。

「君もそうかもしれないが、第一探偵というモノを履き違えてないかい?日本における探偵なんて、モノ探しや浮気調査位で…推理小説の様なモノでは無いよ、もしそういう探偵が居るのなら是非対面して質問したいね、自分の行く先で人が死ぬ気持ちはどうだい?と」

「それは性格が悪いな…」明智なりの皮肉だろうし、明智なりのジョークなのだろう。

 明智も5年程前に直接あった時も、自身を探偵と名乗りはしたが『私はモノ探し専門家だから推理には期待しないでくれたまえ』なんて事を言っていたのを思い出す。懐かしい記憶だ、あの頃は僕達が所属する第五課も明智と僕の二人だけだった、そこに1年後にマリーを招待して、次の年に大型新人としてミライとサチアが入ってきた訳だ。

「まあ、あれだけの騒ぎを起こしたんだ、上層部も正に猫の手も借りたいんだろう?」

「そう、あれだけの騒ぎをおこしたんだよ、あれだけの騒ぎを起こしたのにも関わらず直前まで尻尾すら見せなかった、今頃上層部は過去のテロも同一犯の物はないかと、躍起になって探しているよ、馬鹿馬鹿しいったらありゃしないね」

「と言うと?」過去と照らし合わせるのがそれ程無駄な行為とは思えないのだが。

 そもそもいつから彼らという組織が稼働していたのか、その痕跡の一つ位は見つかるかもしれないし、その痕跡から何か掴めるかもしれないと、キャプテンは推測した。

「キャップ、良い事を教えてあげよう、彼らも言っていた事だが…『今日この日に喜劇の幕は閉じ、これから講演されるのは悲劇と言う名の喜劇だ』と言っていたじゃないか、あの日が彼らの初めての行動だよ、絶対にね、彼ららしい何かが見つかってもそれはブラフか…、それとも過去を参考にしたか、そのどちらかだろうサ」

 明智は自分なりに体を動かす事にしたのか、辺りで右往左往に動き回ったり、逆立ちしてみせたり、とにかく忙しなく動きながら語る。明智はモノ探し専門の探偵だ、けれどその飛びぬけた頭脳で大抵の事は成してしまう、それこそ僕のパワードスーツも明智が世界に理論を売っていなければ完成しなかったモノでもある、つまりは途轍もなく天才なのだ。

「けれどもなぁ、なんて言うか名前はもう少しどうにかならなかったのか…」

「そこには私も同意見だね、復讐者だからアベンジャー、百年程前にも合ったねそう言えばそんなタイトルの映画が。あれは面白かったな、スーパーヒーローが手を取り合う、なんともあり得ない話で流石フィクションと言った所だよ」

 百年程前という言葉に、僕は顔をしかめた、恐らく無意識だったのだろう、だけれどあの作品がもう百年も昔と言う事が若干受け入れられない、でも僕は自らの表情を気づけなかったらしい、心配そうな顔で明智はこちらの顔を覗き見る。

「キャップ?どうかしたかい?絶望的で今にも崩れそうな顔をして、もしかして熱烈なファンだったりしたのかい?それは申し訳ない事をしたな、そういえばキャップのスーツ…」

 深入りされる前にこちらで話を逸らそう、丁度逸らす話題も提供された所だ。

「そう、あの中に出てくるヒーローの一人に一男性として憧れもあった、それよりも明智超人が手を取り合うことがそんな可笑しいのかい?」

「やはりそうだったんだね、それと後者は簡単だよ、そういう力を得た人間は絶対孤独に陥る同族とも仲良くはできないだろうからね、それは私達というよりは、私達が勤める会社がそれを証明しているだろう?」

 明智の言う事に反論は出来なかった、行き過ぎた才能を持つ人間は、他人を理解する力が乏しくなる、そんな気はする。僕は超人を気取っている訳ではない、けれど他の人に比べたら大分優秀な頭脳を持っている、それでも明智一人の頭脳で僕という存在が10人はかき消されるレベルだろうが…、その神から直接与えられたと言われる程の才能を持つ、明智が言うのだから、そういう事なのだろう。

「まぁ、今回のテロで判明したのは、アベンジャーズと名乗る組織は、コスプレ集団でも無く、ただその名の通り復讐してやりたいんだろうサ。幹部やリーダーは不明、けれど彼らを指揮した人物が直接手を下したのは、首相とその護衛のみ、どちらも失敗には終わったが、それでも世界に対する復讐なんてモノはこの世界から爪弾きにされた馬鹿共に武器と言う名の単純にして最強の兵器を渡す事で大部分が完了した。ミライを信じればだがね」

 確かに制圧されたテロリストの殆どは、武器は渡されただけで細かい指示は受けていないと語ったらしい、ただ一発の銃声が開宴の時間だと、それだけだと武器の入手ルートを辿ればいつかは近づくかもしれないが、そのころには状況はもっと劣悪になっているだろう、いわば今の状況を例えるのであれば。

「王手だよ」「チェックか」二人で別々な言葉ではあるが、まぁ意味は一緒だった。

「君は僕の思考を覗くエスパーかい?」本心を明智に打ち明けたが明智はその場で笑う。

「エスパーとは人聞きの悪い、ただの観察だよ。まぁやろうと思えば脳波や思考を観測して完全に当てる事も出来なくは無いだろうが、それにしてもキャップはチェスを知っているのか、今時ボードゲームを知っている人間は珍しい、今度一戦興じようじゃないか」

 笑って答える明智を見て、僕は何が笑えるのかが解らなかった、チェックつまりは積みの一歩手前まで来ている次の一手を考える余裕すらない、ただ防戦一方の戦いつまりはそういう事だろうに、けれど楽しそうな口元とは裏腹に、その瞳は酷くつまらなさそうなモノを見る様な目だった、感情を表すのであれば不愉快そういう例えが正しいだろう。

「明智…、君はこの状況が楽しいのかい?それとも…」

 それとも自分の都合良く維持してきた偽りの平和が勝手に崩されて不愉快なのかい?と聞くことは出来なかった、口に出す勇気が僕には足りてなかった、明智は僕がそれともと発した瞬間に退屈そうな顔をこちらに向けて来たから、その瞳はどこまでも真っ暗だ。

「キャップ、一つだけ忠告して置くよ、これは君の為だし、私の為でもある」

「すまない、詮索するつもりは無かったんだ」ただ本心を明智に伝える、それしか今の僕にはできない、理解できるのは彼女にとって理解されるという事は不愉快なのだろう。

「あぁ、わかっているとも、安心してくれよキャップ、でもね深い意味が無かった事も、ただ不意に出てしまっただけという事も、解るさ…私は探偵だから…他人の生い立ちや、どうやって育ったのかもね、なんなら今から君の事も探偵らしく推察してあげよう」

「推察するって、何をかな?」明智の瞳が狂気という名の泥で溢れかえる、私を理解するな、私という存在を理解した気でいるなと、その感情がひしひしと伝わってくる。そして彼女の本心もその瞳から解ってしまう、どうせ私の事は理解できない癖に…と。

「キャップ、君はどうして時計を見るのかな?時間を気にしているのかい?それにしては時間にルーズだ。ならば日にちかな?休日を楽しみにしているのかい?それにしては自慢のスーツ弄り以外に大した趣味は無いね。ならば年月かな?早く時間が過ぎて欲しい…そんなに君は……っ」

 僕は何を考える訳でもない、ただ無意識に明智の胸ぐらを掴み、そのまま明智を宙に浮かせる、君程度の体重ならば地面に降ろさずに処理できるんだぞ?と言わんばかり。状況が違えば情熱的なキスシーンにもなるが、しかし起こるのはショッキングなシーンだ。

「おいおいがっつくなよ、そこまで私の乳房が見たいのかい?」へらへらと自分の状況を解っていないのか、明智は相変わらず余裕そうに笑って見せた。

「どうしてそこに気づいた!」僕が普段出す事のない声がトレーニングルームに木霊する。

「だから言っただろう?推察だよ、君を観察してその心境を想像し、その心と同調してしまえば、他人の気持ちなんて簡単に理解できるさ」

「明智、君が彼女達から愛されるのは、君の魅力からだと思っていた、けれど違ったな随分小さく醜いな、君は彼女達から愛されるように………」

 何処まで喋ったか忘れたのか、そこで僕の口は止まった、正確に言えば冷静になったというのが正しい、自分を客観的に見る事が漸く成功した。この拳は決して友人を傷つける為ではなくて、悪から人を守る為だけに使おうと思っていた事思い出し、明智の胸ぐらから手を離す、人は冷静でいられなくなると本性が見えるという、これが僕の本性らしい。

「すまなかった…」ただの謝罪だ、それ以外の事で口にしようとは思えなかったから。

「こちらもカッとなって申し訳なかったよ、だがこれで分かっただろう、私達は人間としてどこか欠落している、そこを暴かれるのが怖いんだ…過去の所為か育ちの所為か知らないけれどね、キャップもそうだろう?」

「どうだろうな、僕の過去は多分そこまでの重みはないよ、多分ね」

「それをそう思えるのは、君だけだよ、この意味君には解るだろう?」

「あぁ」僕はただ短い返答する。思い出したくもないが、けれどもあの記憶を掘り起こす、本当に大した重みは無い、僕が受け入れれば解決する、それだけの重み。

「それとキャップ、君の寄贈品とは言え、それ直してといてくれよ?そこまでやったら製作者である君が直すべきだ、彼は私の憂さ晴らしにも使うんだから…ね」

 そう言われ僕は改めて無人型パワードスーツを眺める。顔面は潰れ、見るも無残な姿になり果てている、試作品だから代替品も無い、故に製作者である僕が直すしかない、もう少しだけ丁重に扱うべきだったと後悔するが、もう遅い。

「明智―、手伝ってくれないかー?おーい」

「生憎私は機械専門じゃなくてね、それをアベンジャーズが使ってくるのであれば考えはするが、その心配ないだろう?天才君」

 こちらも振り返らずに扉は閉まり、この部屋に残るのは無残な姿のメカと僕一人。

「天才か…、どの口が言っているんだか、天才は君の方だろう」

 恐らく今日初めて、心の底から笑う事ができた。

 天才とは何と定義するか、その定義によるかもしれないが、もし完璧に近しい人を表す言葉であるのなら、それは間違いなく明智の事だ、明智という存在を知れば万人、億人、兆人に聞いても明智を指すだろう、本当に敵でなくてよかったと心から思える存在だ。


 カーテンの隙間から零れた陽光を浴び目が覚める、知らない天井だ。見た事も無い天井だ。見た記憶の無い天井に、僕の周りを囲むカーテン、なんとかカーテンの向こうへ手を伸ばそうとするが、体は重く手が伸びることは無い、それでも体を捻り、もがき、苦しみながら体を動かし、体に張り付いていた機械を引き離しながら、ベッドからなんとか転げ落ちた、痛みは無く今が現実で無いような浮遊感がある。地に足がつかないというのか、体のバランスがおかしいというのか眩暈に似た症状だ。

 考えが纏まらない、確実に体に不具合が生じている。こんな病院の器具よりも、僕の情報なんて渡されていない主治医よりも、僕が作ったスーツの方が僕を知っている筈だ、僕が誰よりも僕を知っている筈だ、だから今すぐに少々手荒になって窓を割るかもしれないがスーツを呼び出す為に端末を探さなくては、確か胸ポケットに入れていた筈だ、スーツさえ着てしまえば体の不調なんて気にせず、脳波でも体を動かせる筈だから。

 誰かが部屋の前を走る音が聞こえる、誰かが自分に駆け寄る姿をこの目で捉える事ができた、なんだろう前時代的なナースの服装だ…、ダメだ、それよりも意識が……。

 もう一度目が覚める、今度は知らない天井ではなくて、先ほども見た天井だ。古臭くも懐かしい心電図パッドに、古臭いパルスオキシメーターを指に付け、これまた古臭いサイドモニターに自分の状況がご丁寧に逐一表示している。突如としてカーテンが開き、そこには看護師と医者が居て、そこにはもう会えない筈の人が居た、どれだけ俺はこの日を待ち続けただろうか、これが夢でも構わないだけど、この感触は夢なんかじゃない、これまでの少し先、一人の天才によって作られた未来の世界こそが夢で、これこそが現実なんだ。

「母さん!父さん!みんな!」

 母さんが居て、父さんが居て、友人達も居る。どれだけこの日を待ち望んだのだろうか、大好きな人達と抱擁を交わす。あぁこれが僕の望んだ真実だったんだ。

「●●●、●●●!」何かを叫ぶ声はよく聞き取れず。

 本当は聞こえる筈の言葉は決して耳に届かず、抱かれた感触は残らず、そのベッドも空間もこの世界を形成するなにもかも、この決してあり得ない夢は崩壊した。


「ハァーッ、ハァーッ、ハァーッ」

 やや過呼吸気味になりながら、僕は目を覚ます。自分の胸ポケットに入った端末を取り出し、今がいつなのかを確認した。2122年7月、それ以降の数字には大して興味を持てなかった、ずっと望んでいるけれど、決して辿り着けないあの夢を見るのは久しぶりだった、幸せな夢の筈なのに、起きてしまえば決して叶う事の無い現実が待っている、まさに悪夢だ。僕は今を生きている、この2122年の過去の人間は想像できなかったであろう、世界が異常に発展した、まるで異世界と見間違う程の不思議な世界で僕は一人のうのうと生きている、今日もいつかを後悔しながら、今日も生き続ける。

「大丈夫か?」青年に声の声がする、一体誰に声をかけているのかと僕は辺りを見回す。

 彼の印象は茶髪で爽やかな人だろう、見た事がある気もするし、他人の他人の空似かもしれない、けれど僕が彼に抱く感情は、少し昔の僕みたいだ、そういう印象だった。

「ボケっとしてるけど、アンタだよ、アンタ、凄いうなされてたぜ?」

 僕よりも少しだけ背丈は小さいだろうか?けれど物腰柔らかそうで、誰とでも交友関係を築けそうな青年はこちらの心配をしている?なぜ僕を心配するのだろう?一瞬疑問に思ったが、その疑問はすぐにも解決した。ここはトレーニングルームで、そこで夜通し自分で壊したパワードスーツの修理にあたり、そのままこの場で寝てしまったのであろう。こんなところで寝て、そしてうなされている22歳の男性。不審者にも思われるかもしれないし、お人好しであれば心配してくれるであろう、僕は勝手に納得し、少しの自己嫌悪が襲う、何をやっているんだ僕は、という単純な思考ではあるが。

「すまない、偶に見るんだ。僕が切に望んだ事の筈なのに、一瞬で最悪な夢に変わる悪夢、夢だから、現実ではないんだと、知っているのにその夢に縋ってしまうそんな夢をね」

「俺にはそれがどんな夢かは、わからない、望んでいる事なのに悪夢、言っている事が意味不明だ」そう言われると痛い確かに意味不明だ、望んでいるのに悪夢とは。

「けど、その夢は本当に美しい幻想だって事は俺にもわかるよ、表情が幸せそうだ」

「そう…かな?」表情でわかる程の顔、一体どんな顔をしているんだろう、僕は。

「なんて言えばいいのか、うなされていたのは事実だし、それが幻想でそれを実感する度に悪夢に変わるそれも事実なんだろ?けどその夢は幸福な物なんだろ?」

 彼に言われて僕は気づく、叶わぬ幻想だ、今という時間に否定されては叩き起こされる悪夢だ、どれだけ願ってもその幻想に届く事はない、けれど確かに僕自身が望んだ世界を見れている事に変わりはない、決して最後まで見れないPVでもそれだけでも幸せだった。

「そんな間違った事を言ったかな?俺…、ごめんごめん、泣かれるなんて思わなかった」

「いやなんて言うのかな、君の言う通りだよ、幸せな夢を僕は見ていたんだ…ははは」

 余りにも的いていた言葉だった、自分にとっての幸せな時間が不幸せである筈がないんだ、当たり前の事だった。当たり前の事なのに、その後に受けるショックだけを考えて悪夢にしていたのは僕だったんだ、そんな事を教えてくるのは君が初めてだったし、ほぼ初対面の僕の事を理解し、心配してくれる人が居るなんて想像もしていなかった、だからかな、どうしても涙と笑いが止まらないんだ、僕を僕として認識してくれる人は居たんだな。

「落ち着いたか?」彼から差し出された飲み物を貰う、よく気が回るいい人だ。

「すまない、名前を聞いてもいいかな?」

「そうだな、自己紹介がまだだったな、俺はリアル。よろしくな、えーっと…」

 そうか、やはり初対面だったのかならば僕も名乗らなければならない、けれど僕はなんと名乗ればいいのだろうか?いや僕には呼ばれ馴染んだ名前が一つだけある、それでいい。

「僕はキャプテン、特殊事態対策班第5課のキャプテンだ、よろしく」

「キャプテンか、ちょっと変わった名前だな」確かに名前がキャプテンは無理があるか…。そしてリアルは言葉を続ける、恐らくこの会社の共通認識なんだろう「あの変人揃いの第5課って話だけど、常識人も居るんだな」思い当たる節があり過ぎた…。

「いや確かに個性豊かではあるけれど…、まぁいいやつらだよ」

 えぇー…と信じられない様な顔でこちらを見る、まぁ変人揃いと言うのは間違いない、お姫様の恰好したマリーだったり、会社内とは言え下着姿で用事を済ませすぐに女性にナンパする明智、大体いつも人を殺しの事か妹自慢しかしないサチア、そして屋上を勝手に独占して遊び場にしているミライに、スーツを調整しかしていない僕。間違いなく変人揃いなのは正しい、言い訳のしようも無い程に。

「まぁいいや、俺はこれから仕事だ、今度一緒に訓練でもしようぜ、夢の話も一緒にさ」

「そんな時間取れるかな?君の部署がどこかはわからないが、余裕は無いだろう?」

「そんな事はわかってるって、約束…ほら形だけ、それ位ならしてもいいだろ?」

 それもそうかと僕は頷く、幾らアベンジャーズでも毎日テロは起こさないだろう、忙しい時に週4、忙しくない時は週2といった感じかな?そんなバイト感覚でテロの周期を考えていると、リアルは小指を差し出した。

「知らないか?指切りげんまん、昔はこうやって約束していたらしいぜ?」

 リアルの言葉と指を見て、懐かしさすら感じる最後にやったのは十年以上も前かもしれないが、昔友人の一人が教えてくれた、これは約束の象徴だと。

「やり方は知っているよ、少し前かな?友人に教えてもらってやっていたからね」

「本当かぁ?俺の課じゃ、殆ど知っているやつなんて居なかったのに、意外だな」

「いーや、本当さ、本当に本当だとも」何度も友人と約束をしては、約束を守ったり守らなかったりした事を未だに覚えている、もう僕以外誰も覚えていないだろうけど。

 指切りげんまんと口にして、嘘ついたら針千本飲ますと続き、指をきる。まともに考えれば、安易な約束には一切見合う事の無い罰、けれど知っている人が居るという事が、僕にとっての救いだ、こんな安易な事が幸せとは随分安い男だと自分でも思う。

「それじゃあ、約束だぞ?それじゃあな」返す言葉は「ああ、それじゃあ」だ。

 リアルが手を振るからこそ僕も手を振り返し、リアルの背を見送る。僕もいい加減事務所に戻ろう、一日中ここに居る訳にもいかないし、そもそも今日は皆出勤しているのだろうか?居ないのであれば掃除の一つでもしておけば皆の為にでもなるかもしれない。

 しかしながらエレベーターは既に6階から違う階へと旅立っている、待つのも性に合わないし、いつも通り誰も使う人が居ない非常時以外は忘れ去れているであろう階段を使う。

 1階を下る時間なんて大したものではなく、すぐにでも事務所の前に着き扉を開けると、鼻歌を陽気に歌いながら観葉植物に水をやるマリーがそこには居た。誰にもでも隠したい過去の一つ位はある、けれどそれが僕達にとっては少しばかり事情が特殊なだけだ。明智が言った事を思い出す『私達を余り詮索するな』その言葉は明智なりの優しさだった、マリーが明智に依存する理由、お姫様としての自分に拘る理由その全てではないが、少なからずは僕も一人の当事者として知っている。だけどもう少し知りたい、けれど皆の悩みの種一つ分くらいは解消して見せたいというお節介が僕を動かしてしまう。

「どうしたんですかぁ?今日キャプテンさんは非番じゃなかったでしったけぇ?」

 純白のドレス、ロリータファッションというのか、それともゴシックファッションというのか、少なくても現実ではなくファンタジー風味を感じる服装をした少女が僕の顔を覗きこみながら確認した内容に、僕は唖然と口を開く。休み?僕が…?

「あぁ、今日は休みだったのか…、気づかなかった、考え事の所為かな?まぁくだらない事を考え耽っていた僕が悪いんだが…」

「そうなんですかぁ?さては…さては!マリーの事を考えていましたねぇ?ダメですよぉ…マリーにはぁ、明智さんという王子様が居るのですから!」

 自信満々に高らかと宣言する、私は明智の物ですと胸を張るマリーを見て、少し微笑ましく思う。マリーの様あれたら、どれだけ良かったのだろうかと考える。

「確かにマリーの事は考えてた、けどそんな風には考えていないよ、お幸せにーって事で」

「マリーの事は考えているのに…マリーの事をそういう風に思わない?…?…?…」

 マリーの脳内CPUは処理速度の限界を越え、大量のタスクを処理できず負荷に耐え切れず、目を回しながら限界を迎える、難しい苦も無い事を難しく考えすぎだ、マリーは。

「昨日、明智と話をする機会があってね、その時にマリーの話題も上がったんだよ、それだけさ、それでその事を少し考えていたんだ」僕は真実を濁す、サチアにも通じない位で。

 マリーの話が出ただなんて嘘だ、けれども嘘ではない、明智は第五課全員を指していた、それを僕はマリー個人にすり替えただけだ、故に嘘であって、嘘ではない。

「わかりましたぁ、あの時の事ですね!昨日明智さんが私に熱い抱擁をし、抱き枕の様に扱ってくれていた時の事なので覚えていますぅ、文句を言っていましたよぉ?」

「僕が案外紳士な人間では無かったってかい?」昨日明智にぶつけた感情を率直に、マリーへ伝えたのであればこの例えが適切だと思う、暴力によって言論を奪う、明智の様な探偵にとって語らせないというのは、不愉快極りないだろう。

「いやそうじゃなくてぇ、隠し通したいのならぁ癖を…なんでしたっけ?」

「そこまで言われたら、理解できたよ。そうだマリー明智にすまなかったって伝えておいてくれ、それじゃあ…非番は非番らしく家に帰るよ」

 昨日も言われた自分では気づく事が無かったが、僕にはよく時計を見る癖があるらしい、それも一緒に仕事をしているだけで気づいてしまう程には目に付く光景らしい、といっても普段から観察癖のある、明智ならではの贅沢な悩みかもしれないが。

 トレーニングルームの堅いようで柔らかい微妙な床で寝ていたからかもしれないが、なんだか体が疲れた今日が非番であるならば丁度いい、こういう日は自堕落に過ごすべきだろう、いつも緊張の糸を張り詰めていては本当に緊張する場面で緩んでしまう。

「そういえばぁ、知りたくないんですかぁ?マリーの過去話…キャプテンさん…」

 心臓がドクンと跳ね上がる、こういう場面の時に緊張の糸を普段は緩めておくべきなのだ、本当に心臓の止まるかと思った。先ほどまでのお姫様の様なマリーは何処へ、そこには自らの心臓を掴ませる代わりに決して離しはしないという構えの怪物がそこに居る。

 僕の状況は誰が見ても、動揺に満ち満ちているだろう、それが証拠にマリーは着実にこちらの領域に侵食してくる。顔がゆっくりと近づき、吐息がもうかかるのでは無いかという距離までくる、今のマリーはお姫様では決してなく、妖艶な魔女そのものだった。

「明智に…、自分の過去を明かして代わりに教えてもらえと命令されたのかい?」

「いいえ?マリーの為に知りたいんです、マリーは皆さん愛していますから…、勿論明智さんが一番ですけどだから、誰がどう悩んでいるのか知りたいんです、マリーは変ですか?」

 ここに居る人間は誰しも人に明かすような事ではない過去を持っている、それを詮索するべきではないと言ったのは明智だ、マリーが明智の否定した事をやるとは思えない、だから本当に知らないのであろう、知らずに善意100%で知ろうとしている。

「いいや、遠慮して置くよ、いつか気軽に皆で話せる時になったら話すさ」

「そうですか、わかりました。けれど忘れないで下さいね、マリーはいつでも皆さんを助けますよ、明智さんやキャプテンさんにして貰えたように」

 そんな事気にしなくいいと言っているのに、律儀に恩を返そうとするのは凄い事だと思う、きっとその義理堅さこそマリーが明智の中で大多数の一人ではなく、特定の一人としてが気に入っている理由なのだろう、その場で一回転くるりと回る、漫画であればきっとふわっと言う効果音がついていただろう、それがマリーにとっての癖なのかもしれない。

「マリー、明日は全員出勤であっていたかい?」

「はぁい、明日は久しぶりにミライ君と会うので、沢山お話しようと思ってまぁす」

 先ほどまでの妖艶な魔女だった彼女は居らず、そこには誰にでも優しくホンワカという印象が一番似合う、どこまでもメルヘンチックな思考で、どこまでもいってもその姿はお姫様なマリーが立っている。その姿と雰囲気に安堵し、この事務所を後にする。


「これより特殊事態対策班第5課、コードネームキャプテンについての報告を開始します」

『続けて、私にも時間がある訳ではありません、手短に』

 何か一つのミスで、人生の終わりを告げる冷徹な声が、突き刺すように報告を始めた人間に向って放たれる。早く次に移れと言わんばかりの間か、じっくりと話せという間ともとれる。畏怖か、それとも敬愛か命令を受けた人間は声を震わせながらも報告を開始した。

「はい、簡潔に申しますと、現状の状態でも可能性は多いにあると感じられます」

『ふむ、確実に寝返るとは言えないが、その可能性も無くはないと貴方は推測したと』

 冷徹な声の持ち主は、少し考えこみ、話題を一つ変える。

『来るべき日、もう一度日本に我々の復讐を再開します、標的は…………』

「恐れながら、その為の知識は現在の我々には…」

『だからですよ、貴方には期待しています、私の期待裏切らないでくださいね?』

「了、了解しました…」

 傍受の可能性は無い、誰かが近くに居て直接盗み聞かれた可能性もない、先ほどのまでの会話にこちらの落ち度は一切存在しない、それなのに話していた人間は滝の様な汗を流しながら、何とか忘れていた呼吸を思い出し再開した。


 アラームが鳴り始める前に僕は目を覚ます、目覚まし時計を見て日付を確認する。あの日以来悪夢が悪夢ではなくなった、正常な精神状態で睡眠を行う事が出来たている。リアルに出会ってからからというもの、何か心に羽が生えたよう感覚だ、どこへだって行ける気がする。僕が考えていた悩みなんてちっぽけな物だと思えるようになった。

 叶う事の無い幻想と言う名の夢、ただの夢ならば勝手に脳が忘れてくれる。けれどその夢は僕が恋焦がれた幻想を求め続けてしまう、その度に幻想と現実の乖離に苦しんだ。

 気分は晴れやかだ、幻想と現実との乖離に気づき死んでしまいたくなるなんて言う事はなく、思い描いた未来を夢想し生きている事を後悔することもない。でたらめな話だが、二度目の生と言う事を受け入れられなかった、受け入れてはいけないと考えてきた。けれども多分僕が望まれたのはそんな事ではないのだろう、誰かの祈りが実った結果が今の僕だ。だからリアルという人間に救われたという事で、晴れる事の無かった空模様は、リアルという風が徐々に雲を動かし、しばしば陽光が顔を覗かせる。その景色は恐らく綺麗だ。

 自分の悩みが解決し始め快復に向かうという事は良い傾向だ、けれどそれ以上の懸念事項もある、過去に一斉を風靡したスーパーヒーロー達の組織名は、世界から嫌悪されるテロリストに様変わりしてしまった。日本で言えば首相暗殺未遂に、市民の無差別虐殺。世界に目を向ければ歴史的建造物の破壊、それこそ無差別テロが横行している。けれど日本はあの日、アベンジャーズが名乗りを挙げたその日から1ヶ月間は平和というモノを謳歌している。ある政治家や他国にコンプレックスでもあるかもしれない人間は、どうだ私の国の防衛能力は凄いだろうと自慢する。各国が被害を受ける中、自らの国こそが一番だと平和万歳と自国も守れないのかと、煽るようにアピールするニュースが今日もやっている。

 僕はそんなニュースには興味が無く、逆に不愉快に感じニュース映像を切断し、自宅を後にする。けれど平和だからこそ緊張の糸は緩む、きっと今日も明智は退屈そうに探偵をして、マリーはその手伝い、サチアは武器のメンテに時間をかけ、ミライは屋上で空と街を眺めているのだ、心底ガッカリした顔をして…、きっとおかしかったのはあの日だけ、それ以外はいつも通りの第五課なのだろう、そして僕はリアルと合同訓練でもする。

 本社に入りエレベーターへ向かうが、生憎彼は僕を歓迎しない。だからこそ日課になった階段を使って5階まで上がるのだ、待っているのは性に合わないから、疲れるのは嫌いじゃないから、5階に丁度着いた時だった、サチアとマリーからの緊急要請が入る。これはヘルプのサイン少し前に明智の暇つぶしで使われた事を僕は少し怒っている、あの時は本当に心配したというのに、頼まれたのはお使いだった。

「大丈夫か―?」今回もそうだろうと、気だるげに第五課の扉を開けた。

 扉を開けた先には目の下に酷い隈を作った明智が荒れている、ヘルプの要請は嘘ではなかったらしい、探偵業が上手くいっていないのだろうか?まるで何も知らない赤ん坊の様な酷い荒れようだった。乱雑に吹き飛ばされた大量の資料と端末の数々、紙の資料は宙を舞い、遠くから見れば雪景色にも見えるかもしれない。丁度自分の手元に舞ってきた一枚の資料を空中ディスプレイに表示させてみる。

「見ての通りよ、自分の思い通りに行かなかった駄々っ子が荒れているのよ、なんとかできそうかしら?キャップ」明智に抱き着きながら、振り回されるサチアの姿は少し面白い。

「いや僕には荷が重いかな?同性であれば強引にという手もあるが…」そんな事を話しながら空中に表示された内容を見る。幾つもの推論、推測、推理、目的、条件、理念、証拠が書かれているが統一性はない、例えるならミステリーを考えている時のアイディアノートと言った所だろう。けれどその推理や推測に統一性が無いだけで、書かれている物事全てを見れば統一性はある全てここ1か月でアベンジャーズが起こしたとされるテロ事件の事だ、それがどういう意図があったのか等の推測それが端末数個分いつから調べていたのだろうか?少なくてもその素振りに僕は気づかなかった。

「最近ずっとこの調子なのよ、ここまで来たらもう強引に止めるべきね」

 サチアは明智の腰を少し反らせ、マリーが明智を羽交い絞め出来る様に向きを整える。

「明智、貴方にも無理な事はあるのよ、そんな顔じゃ折角の美人が台無しだわ、マリーも心配しているのだし、いい加減に…」

 それでも明智に言葉が、届く事は無い。ぶつぶつと動機や次日本で事件が起こるとしたら何処を狙うか、何時にするか思考しては却下している、何か閃いたのか急ぎ端末を取り文字を打ちこみ始める、ここまで行ってしまっては狂気だ。

「聞く気はないと…、解ったわ好きになさい、次に起きたらね」

 獲物を捕らえる蛇の様に、明智の首筋から口元に這いより、サチアは明智の体に巻き付き動きを完全に奪い、ついには明智の唇さえも奪った。この場で惚気ている訳ではなく、明智の体から空気を奪い取る気なのだろう意識を飛ばすには十分な時間のキスをする。普段は明智へのキスは譲らないであろうマリーも黙って拘束に徹している。少しの時間を置いて明智の動きは徐々に鈍くなり、意識は深い水底に沈む。

「ようやく静かになったわね、マリーは明智を縛り付けて大人しくさせる様に監視していなさい、多少強引に止めても構わないわよ?」

「でもぉ、マリーは、明智さんには逆らえないしぃー、頼まれたら断れなーい」

 それもそうだ、明智命のマリーが明智に甘い言葉で頼まれたら一瞬で落ちるというのは、目に見えているそれ程の忠誠心が明智とマリーにはある。幾ら明智の為といっても…。

「なら、明智を一日好きなようにする権利を貴方に用意するわ。その位の対価があれば貴方でも少しくらい私の命令を優先して明智に逆らえるでしょう?」

「はいぃ!マリーは頑張ります!」

 明智への絶対的忠誠心よりも、明智を好き放題出来るという欲望にマリーは一瞬で落ちた、先ほどの考えはすぐにでも忘れよう、無かったことにしよう、少し恥ずかしい。

「もしもーし、明智に呼ばれたんだけど、従って屋上行っていていいのー?」

 不意に後ろから既に開いた扉をノックする音と共に、ミライが現れた。しかしその明智は今は絶賛意識を夢の中に持っていかれている訳なのだが…。

「えぇ、大丈夫貴方はそのまま屋上に言っていて、頂戴」

 既に明智から何かを聞いていたのか、ミライの問にはサチアが答える、何故だろうか自分の知らない所で次々と話が纏まっていくこの感覚、少し嫌いかもしれない。

「へーい、マリーは明智を運んで、実働はキャプテンと俺。いつも通り後方支援していますのでご利用の際はどぞー」そう言ってミライはそのまま事務所を後にする。

 実働が僕?それと同時にミライから一通のメッセージが入る、どういう事なんだ?内容は少し二人で話したいから一旦屋上に来てくれという内容だった。

「キャップ今回私達は独断専行で作戦を行うわ、明智の推理を信じてアベンジャーズと深い関係を持つ人間を殺す、その役割をキャップに任せたいのだけれど、いいかしら?」

「それは別に構わないけど、といってもそれは誰なんだ?」やりたい事は理解したが、それでも説明不足感が拭えない。

「私は居るであろう別動隊の処理、マリーも間に合えば二人でするわ、まぁ私が死ぬことはないだろうから問題は無いのだけれど、もしキャップが厳しそうだったらミライに任せなさい、これは私達の独断専行。従うのも、従わないのもキャップに任せるわ」

「わかった、とにかくミライに聞けばいいんだな?標的の確認や居場所も」

「そういう事ね、ごめんなさいねいきなり、本当だったら私が行こうと思っていたのだけれど、別動隊の可能性はさっき明智も気づいたみたいだから」

 それで意識が奪われると解っていたから、ギリギリまで思考していた訳か、それなら説明すればよかったのではないかと思ってしまうが、それが明智の欠点なのかもしれない。

 既に覚悟は決まっている、使える人員は僕達第五課だけ。残念ながら確証も証拠もない独断専行を通してくれるほど、僕らの会社も暇ではないらしい、そもそもそんな信頼など会社は僕達には抱いていないのだが。言われた通りにミライが待つ屋上へ向かい、扉を開いた先には、まだ秋も遠いというのに、黒のロングコートを風に靡かせ、今にもタバコの一本でも口にしそうなミライの姿があった、黙っていれば、手に持っている物に目を瞑ればきっと年相応には見えないであろう、その姿はどこか殺気を漂わせている気がした。

「キャプテーン、遅いよー」

 その纏っていた殺気とは違う、子供らしい曇りのない笑顔でこちらに手を振るミライの姿がそこにはあった。大人びて見えるのは背格好と服装だけで、子供よりも子供なミライがそこには居る。

「すまないね、サチアと少し話していたら遅くなってしまった、それで目ひょ…」

 無邪気な笑顔とは裏腹に、こちらに向けた物騒な物を見て、言葉よりも先に体が先行する、直後に銃声が鳴り響き後ろの扉に着弾した音がする、どうやら空砲というドッキリでもないらしい、第五課は僕を用済みと判断したのか、それとも内通者とでも勘違いしたか。

「このロングコート、この前の事件の時に着ている人を見てカッコいいと思って買って貰ったんだけど、キャプテン的にはどう思う?」

 こちらの事を殺す気で撃っているというのに、ミライは世間話を続ける。僕の頭はまだ理解できていない、けれど本能で僕はパワードスーツを端末で起動し、自らの下へ呼ぶ。

「似合っていると思うよ、ただネクタイが少しだらしないかな?あと実戦向きな服装ではないね…っ!」呼び寄せたパワードスーツのパーツが僕の下へと集う、まずは片手分それだけあれば銃弾を防ぐことは用意になる、胸、足と次々と装着されていき、最後にヘッドパーツが完成した。インターフェイスが起動し、即座に動かせるかどうかの思考を開始して、OKのサインが出て、飛んでくる銃弾の予測を始めながら、スーツの中に居るAIが音声案内を開始する。

『オペレーティングシステム起動…対象ヲ補足…武装セーフティ解除シマス』

 排除はしない、この状態になってしまえば、ミライの横にあるライフルでコアをぶち抜かれない限り、こちらにダメージが通る事はない。けれどもミライはお遊びが少し過ぎた。

 首を掴み、上に持ち上げる。明智よりも大きい筈なのに明智よりも軽く感じるのは、このスーツ故だが、それでも今ミライの首を折る事や、あの時明智の首を折る事も容易な事には変わらない、何を間違ったのかは分からないが、とても残念に思う。

 今日まで仲間であったって殺す事に躊躇いは無かった、少しぐらい躊躇いを持ってくれよと自分に思いたくもあったが残念だけど、それよりも優先するべき事が僕にはある。

「ミライ、残念だよ君とはいい友人関係を築けていると思っていたんだが」

 息が出来なくて、ミライは掠れた声しか出す事はできない。しかしミライは抵抗を辞め端末のメッセージの部分に指を差す、どういう事か理解できないが、理解する必要は無かった、なぜならその意味は今届いたからだ。

『明智サマヨリ…一通ノ…メッセージガゴザイマス…開キマスカ?』

 AIの案内通りメッセージに視線を落とし、アプリケーションを起動し、ミライがこんな事をしてきた理由が解り首から手を離す、どちらかと言うと内容に驚いて手を離してしまったという方が正しいかもしれない。ただ一文だ、それが真実とは限らない、僕を騙している可能性すらある、けれどそれが真実であるならば、ミライの行動も説明が言った。

 書かれている文章はただ一文「リアルという青年が裏切り者である」という一言だけ。

「テストでもしたかったのかい?僕が唯一無二の友人を殺せるかどうかの、そしてそちらに着く可能性が無いかどうかの」僕は少し声を震わせながら、ミライに問う。

「ぴん…ぽーん…、当タりぃ…、その様子ジャ…大丈夫そオ…ダネ」

 掠れた声を出しながら、僕の問に答えるミライはどこか楽しんでいる様にも見えるが、今はどうでも良かった。ただ一言言わせて欲しい。僕はミライの首から手を放し解放する、僕が裏切り者という確証があるのなら僕を殺してもいい、必ず僕は抵抗して生き残る自信もある、例え僕にとって辛い作戦であっても、それが例え唯一無二の友人が標的でも僕は構わない、けれど僕に何も知らせないのは止めて欲しい、それだけが僕の願いだ。

「ミライ、こういう事は最後にしてくれ。もう何も知らずに納得するのは懲り懲りだ」

「……了解、ごめんね」一呼吸の間を置いて了承と謝罪をするミライを見て僕は納得する。

 足に付いているスラスターを吹かし、僕は空へと飛び立つ、モルから届く情報と僕個人で収集できる情報、けれどリアルの姿は見つからない。最後まで信じて見ようかと悩む。明智達が間違っていて、リアルは今日も僕との合同訓練を6階で待っているのではないかと、灯台下暗しと会社内に居るだけでは無いのだろうか考える、けれどその願望を否定するかの様に、たった一度リアルが映った映像が僕の下へと届いた。

 最近同時爆破解体をする日程が決まった廃ビル群がある所在に、一人で侵入するリアル、街中の監視カメラにたったこの一度しか映らないのは、余りにも都合が良過ぎる。やましい事が無いというのには無理があった、廃ビル群向いに近づいた段階で背部に収納されている小型ドローン群を展開する、僕が下す命令は一つだ、たった一つ僕の命を脅かす者は、どんなに仲の良かった友人でも、二度と会えないであろう唯一無二の親友でも。

「索敵…見つけ次第無力化か排除。どちらも無理ならば、データだけを僕に送れ…、散れ!」

 ドローン群は僕の命令に従って空へと飛び立つ、廃ビル群と言っても一つ二つで済む量ではない、一区画丸々の全フロア探すとなると少し時間がかかるだろう、だから僕は何も考えずに己の直感のみを信じて、ただ通信を開始した。

 コール音が僕のマスクに響く、別に呼び出しに応じても、応じなくても構わないただの確認だ、その確認さえ完了すれば、僕は平常心を保てるだろうから、通信を繋ぐ。

「リアルかい…今日の合同訓練は延期してくれ、第5課で急用が入った」

『あぁそうかー、わかった今から6階に向おうとしたんだけどな、まぁいいまた今度な』

「あぁ、また今度やろう、今度はこんな辛気臭い場所じゃなくて、ちゃんとした部屋で…」

 リアルの返答を待たずに、スラスターを全開で吹かし目の前に居る人影にぶつかる、確実に首を抑えて身動きを取れないように、頚椎を確実に折る形で。

「痛いじゃないか、キャプテン。それにしても残念だ、お前ならこっちに付いてくれると思ったんだが…、なぁこの世でたった一人しか居ない20世紀生まれの22歳?」

 即死とまではいかないかもしれないと思ったが、そもそも喋れる程ピンピンなのも僕は驚いた、そこに居るのは確かにリアルの声はするが見た目はもう人とは言えない醜悪な筋肉の塊、膨張した筋肉で骨格もおかしい事になっている。それよりも驚いたのは、アベンジャーズと名乗るであろう彼らが僕の情報を知っていた事、世界は隠し通すのが下手だ。

「俺はお前にも、復讐者の適性があると思うぜ?お前はお前じゃない、今から5年前に適当な理由を付けて戸籍を用意された誰でもない自分。この世で唯一自分を名乗る事を許されない人間、それがお前だろう?用意された名前も拒絶して今じゃキャプテンか」

 笑いながら答えるリアルを見て、僕は笑う。やっぱり君はそういう風に思ってくれている、きっと根はやさしい奴に変わりは無いのだ、納得してしまう僕が嫌になる。僕は何処まで言っても甘い奴だと認識せざるを得ないから。

「脆いものだ、無かった事にされた17年も、用意してくれた17年も簡単に見破られて、僕という存在は今ここに確定したぞ、文句の一つでも言ってやらなきゃな」

「あ?」意味が解らないのか、疑問符をリアルは浮かべる。

「君は僕という人間の人生を否定されたからこそ、世界に復讐する権利があると思っているんだろう?生憎だけど、僕にそれ程の欲は無いよ、今生きている。それだけで幸せだ」

 過去を無くされた、確かに存在したはずの人間が世界から突然消された、それは歴史的な大罪人でも無く、世界に都合の悪い事を暴いてしまったジャーナリストでもない、ただ家族と友人に生きられる道があるのであれば、生きて欲しい…そう願われただけの存在だ・最初は楽観視していた、皆が生きている間にもう一度目を覚ませると思っていた、けれど起きたら世界は変わっていて、知り合いは誰も生きて無く、ただ眠らされていた人間がこの世界にとって都合の悪い存在になった。もう一度会いたい、自分の価値観で会話をしたいそう何度も願い続けた。母に父に友人に、皆に背中を押されて眠る為のサインをした。死にかけで辛かったのも事実で、起きたらびっくりするほど体調が良かったのも事実だ。けれど僕が今を生きて、過去の皆の願いの為だけに生かされて思う事は。

「リアル、最後に質問だ…君は、唯一無二の親友が死にそうな時、未来に託すかい?それとも少ない最後まで付き添うかい?最後まで友人と話を続けるかい?」

「愚問だ。俺なら絶対に、そいつの最後まで傍にいるさ、そいつが寂しくないようにな」

 その返答を僕は105年前に聞きたかった、例え短い命でも良かった、絶対に納得ができた、その選択に後悔は無かった、皆と一緒に過ごして、皆に囲まれながら土に埋まりたかった、家族と友人、後輩先輩、教師に囲まれながら、アイツはこうだったと語られながらこの世を去りたかった、最後に盛大なサプライズでも用意して…。

「そうか…やっぱりあの時、素直に死んでおくべきだったな、こんな思いは二度と御免だ」

「こっちからも質問、お前は何の為に戦う?世界が憎くないのなら何故世界を態々守る?」

「その答えは簡単だよ、ただ生きてくれと望まれたから、僕は自分というモノが無いから、誰かに望まれた人にしかなれない、だから最後に僕として望まれた願いを遂行する為に、僕は世界を守るよ、火種をちゃんと消せば絶対に火事は起こらない」

 僕には愛国心なんて無い、そもそも日本生まれでもない、愛の反対は無関心というように、僕は無関心を貫く。ただ自分が生きていける地盤を自分で作る事ができるから、こうしているだけだ、けれど少しだけ最近の生活は気に入っている。

「歳の割に子供の様に無邪気な弟と、歳の割に背伸びをしたがる妹に、スケベだけど頼りになる姉に、誰よりも優しい心を持った末っ子。それと最近できた唯一無二の親友、今の生活は案外気に入っているんだ、だから守りたい」

 息を吐くように真実を混じらせた、嘘を吐く。5課の皆を家族の様に思った事等無い、けど見ていて飽きない奴らだし、どう生きていくのか気になる奴らだ、でもアイツら自分で自分の命を守る術を持っているし、僕の様に誰かに決めてもらって生きるのではなく、自分の生き死には自分で決めるべきだ。

「そいつぁ、残念な事をした、選択を少し……」

 大きな爆発音を響き、その場にあった筈の廃ビルは崩れ去る、一つ後腐れが無いように、そして絶対に生存出来ない様に、これ以上大切な思い出を汚さない様に、持てる火器の全てを放ち、リアルという人間だったモノが僕に降り注ぐ、どうやったのかは不明だが、一時的に隆起させた筋肉で一部防いだのだろう、驚きだ。だから消し炭にできなかったのだろう、蒸発してくれれば後腐れなんて残らなかったというのに。

「リアル…排除、モル…サチアとマリーはどうにかなったかい?」

『キャプテンさん!無事で何よりです。サチアさん達は日本の国防装置の破壊を目論んだ、アベンジャーズの構成員と見られる人間と接敵し,交戦を開始、無事に排除完了しました』

「了解」ただ一言告げて、回線を切る。独りで考えたい気分だった。

 それはなによりだ、国防装置に細工をしようとしたのか、だから武器に特化した人間である僕を、リアルを使ってアベンジャーズに引き入れようとした、けれど僕の手でも国防装置に傷をつける程度が出来るだけだろう、でも確かに狙いは面白い。外から日本を壊すのは無理だが、国防装置という一つの破壊を成功させたら日本に守る術はない、それに依存しているからだが…。その程度で壊せるなら誰かがきっともう壊している、それでも壊せないから国防の機能として働いているのだ。

「利用しようとする人員を間違えたな…、それは明智の作品だよ…リアル」

 どこまでも優しい人間だった、誘った理由はそれもあったが、僕という存在しない生涯を見て、少しでも同情してくれたのだろう、だからこそ一緒に復讐しないかという確認をした、ただ拉致すれば良かったんだ。こんな場所に誘き出して、最後の会話をするなんて殺してくれと言っているようなモノだ。

 僕は大きくため息を吐く、こんな状態でも自分というモノを持てない自分が嫌になる、あの日以前はもっと人間らしかったのに、あの日以来はどこか人間らしさを失っていた、明智の言う通り第5課の僕達は人間として何かしらの欠落があるのだ。

 硝煙と砂塵、降り続く赤い雨、防水、撥水加工でスーツから弾かれる赤い雫数々。

 愛国心も無く、人間らしさもない、ただ過去にそう望まれたからという理由だけで生きて、その願いしかやる事が無く、その為に火種を排除する事を生業にする事を選んだ鋼鉄の戦士。

 その鋼鉄の戦士のマスクに防水、撥水加工を逃れ目元に付着した赤い一滴が頬を伝う、鋼鉄の戦士はその事には気づかない、壊れた心が快復しつつあると自らが、気づいているのにもかかわらず、鋼鉄の戦士はその事に気づかない。

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