恋が生む自殺

鈴川 掌

序章 自称革命家気取りの国家反逆者の末路

「はっ、はっ」

 乱れの一つも無い呼吸音が二つ三つと連なり、電気の消えた無駄に権威をふりまく高層タワーの一角で、物騒なモノを持った目障りなネズミが数匹、私が事実上支配したこの場所に入り込む、まさに自宅に勝手に巣くうネズミの様に目障りだ。

 明らかに不審な動き、何も知らぬ人間がこの状況を見れば、どこかの諜報員や特殊部隊による隠密作戦、或は映画の撮影にも見えるかもしれない。しかしそれはそう見えるというだけの事。カメラの前をじわじわと、それでいて機敏に、その動きは間違いなく常人の動きでは無く、何か特別な訓練を受けてきた人間、言ってしまえばプロの動き、しかしそれを忘れさせてしまう程の、バラエティ豊かな服装の面々、というか四名

 一人は、この特殊任務とも捉えられる状況を表しているが如く、タイトに引き締められた黒のピッチリスーツに、邪魔にならないようにだろうか?髪を後ろに纏めたポニーテール、その風貌を端的に表現するのならば、女スパイとでも言うべきか、この面々の中で唯一ツッコミどころのない服装をしている女性と思わしき人物。

 二人目からは、もう既に訳が分からない、ファンタジー世界からの来訪者か、それとも迷い込んだのか、お姫様を彷彿とさせるヒラヒラが纏わりついた純白のドレスに、ふわふわとした白髪の髪。この状況における彼女の姿が、彼女の行動が、そしてこの場所が、全てが噛み合っていない。この場所はアニメに恋する者達が集うイベント会場ではないし、異世界ですらない、この世界におけるその姿は、まさにコスプレと言って過言ではない、そんなコスプレをしている人間が常人離れした身のこなしをしている、その姿は、そう、異世界から迷い込んだ、何故か前線に出ているお姫様の騎士。

 三人目は、それを何と形容するかは人によって変わるだろうが、一般的に言うなればロボ、メカ、マシン、パワードスーツとでも言うべきSF的外観の恐らく男性、中身を直接見た訳では無いので、確実に男性であるとは言い切れない。が、あの少年の欲望を全て積み込んだと言ってもいい、メタリックな外観と重々しさを感じるその姿は間違いなく、自分を鍛えるのでは無く、知恵を巡らせ他人を越える事を望む人間、その結果がその姿なのだろう。彼と私は同一思想をもつのではないだろうか?否、同じだと思いたい。そんなマシンな君の後ろを警戒するのは。

 探偵だ、四人目の風貌は間違いなく探偵だった、100人中100人が探偵と答えると思える程に探偵であった。探偵っぽい茶色な…、なんといったか親愛なる追跡者がどうとかと言ったような気がする。そんな帽子を頭に、チェック柄のロングコート、何故上がポンチョの様になっているのかは、知る由も無いし、知る気も無い。そしてと言うべきか、それともここまできたらやはりと言うべきか、口にはパイプを、手にはステッキを持っていた。この状況において男性か女性かは判別の利かない外見、その動きからは女性らしさも、男性らしさも、その両面が見えるような気がした。やはり探偵と言うだけあって素性を隠す術を持っているのだろうか?それとも探偵のフリをした怪盗なのかもしれない、この状況において唯一判別する事ができない、その事実を甘んじて受け入れ、私は賞賛し君をこう呼ぶことにする、探偵十二面相。どちらにでもとれるだろう?

 それにしても楽しみだ、私と言うこの世界に抗う者、この世界を正しく導こうとする者、そして、そして今日この日本の首都にそびえたつ世界で一番高くて、一番綺麗で、一番醜い想いが詰め込まれた、この世界で我が国こそが一番と象徴するような、この傲慢さの塊に恥辱限りを与えて見せる、その工程はほぼ全て完了している私にどう抗うのか。

 全ては私次第、その事実が最高に堪らない、条件は全て揃えたこの時代を改革する唯一の力と術はこの手とこの身に宿している。

 180階という途方もない階層を、己が足で非常用階段を駆け上がる事しかできないこの状況で、この私が待つ最上階に無事辿り着くのか、それとも私が用意したフロアサービスの前にくたばり果てるのか、本当に楽しみだ。

「出来る事ならば、実際に会って賞賛させてくれたまえ、そして私の前で無様に死んでくれたまえ、そして私の可愛い操り人形として遊ばせてくれたまえよ?革命の前に今日崩れ去る事になる、世界の本質とは無縁な旧体制の下僕達よ」

 手元の端末から目を離し、最上階にある唯一の部屋で黒焦げになった、縦幅170㎝前後、横幅50㎝程、高さ30㎝と見積もった黒い塊を椅子にし、私は足を組みなおした。


 160階辺り


「クリア」

 銃口を虚空に向けながら、後ろにいる面々に伝わる様に、私は単語を告げた。

「もう休ませてくださぃー」

 ゆるふわお姫様の姿をした女性から発せられた、100点満点の可愛い苦悶の表情と可愛い声、そして5点以下の愚痴に反論するように私は、その言葉に続けた。

「休んでいる暇は無いのよ、いつ爆発されてもおかしくは無いの、それに休息なら100階の時にも、しっ……」口うるさいかもしれないが、私は愚痴に正論を吐く。

「わかってますけどぉ」

 彼女は了承した風に魅せた用で、その実一切の了承をしていない、なによりの証拠として彼女の手が私を、お姫様とは無縁そうな怪力で動かそうとしない。

「とは言っても、この緊張状態を維持するのは、流石に体に毒だと思うが、どうだろう?」

 ボイスチェンジャーに通したようなメカメカしい男性的な音声でこちらに弱弱しく意見するのは、メカ、メカらしい見た目をした人型の巨体、勿論中身は人間。

「キャップ?そういう事は機械を通さず直接目を見て言ってきたらどう?そのマスク外せるのは知っているし、そもそもその外観で自信を持てないのはどうかと思うわよ?」

「ぐぅ」キャップはバツが悪そうに黙り込み、すぐさま違う方向を向いた。

 キャップもしくはキャプテン、鋼鉄のスーツを身に纏った、紛れも無い人間ちょっと気が弱いが頭もいいし頼りになる、なにより大人だ。キャップはいつもそうだ、言っている事は的を射ている事が多い、しっかり周りを見ている人間と言える、疲れが出てきているのも確かだ、けれどそれ進言するには、口調が弱すぎる、今はこうだからこう!と自信もって言うべきだと思う。キャップの言っている事は正しいのだろう、けれど休む時間が残されているかと言われれば、それはNOだ。タイムリミットが告知されている訳でも無いが、このイベントには間違いなくタイムリミットは存在する、私はそう確信できた。

「まぁまぁ、そう慌てる事はないさ、私の推理だと時間制限による爆破は無いよ、きっとね」どこからか出した紅茶を優雅に啜るのは、顔と頭の良さが売りの探偵風の女。

 このお気楽者の言っている事が嘘っぱちだったことは一度足りともない、ならば私がここで取るべき選択肢は一つ。

「そう、なら私にも紅茶を一杯」私も隣に腰を掛け紅茶を頂く事にする。

「「えぇー」」

 男の機械音声と、女のアニメ声が生んだため息と言う名の合作がここに誕生した。しかし彼女らも分かっている筈だ、このお気楽者が探偵っぽく推理として私達に披露したのだ、それが外れる事はあり得ないだろうし、外したら笑い話にも出来る。彼女の名前は明智、下の名前は知らない、語らないのだから知る術が無い。けれど明智という苗字に相応しく明智は探偵をしている、昔見た小説の名探偵からインスピレーションを得たらしい。明智曰く『探偵は全てを知っている、だが今話すべきではない』らしい。自身が飲んでいた紅茶を一度テーブルに置き、こちらに新たに注いだ紅茶を差し出しながら、今回のイベントの主催者に付いて明智は語り始めた。

「まず今回のイベント主催者改め、高層タワー乗っ取り愉快犯君、そうだな仮にBとしよう、彼もしくは彼女は、どうやら観察が趣味のご様子だ、私達の優雅なティータイムも覗きたいほど…ね」

「なんでBなんですかぁ?」お姫様は疑問に抱いたらしい、それに対する答えは明智が語るのは、恥ずかしかろうだから私が答える「ただのイニシャルよ、まんまね、まんま」

「うるさいなぁ、マリーこっちにおいで」明智はマリーと呼んだお姫様に手招きをした。

「良くわからないですけど、明智さんの言う通りにー、はぁーい」

 ゆるふわお姫様通称マリー。お姫様と言えばマリーだからマリーらしい、外国人なのは確かだが、それ以上の事は知らない。手招きされたマリーは明智の膝の上に対面で座り、ハグをして、そのままキスをするのではないかと思う程に顔を近づけ、猫の様に摺り寄せる。お姫様を自称するだけあって、顔は100点だし、ぶりっ子を発動しなければ、欠点らしい欠点はないマリーが、私とほぼ同じ背丈を持つ明智という女性的でありながら、男性らしさも持つ彼女が背の小さいマリーと抱き合えば、傍目にはカップルが衆目を気にもせずイチャつくそんな様に見えるだろう。

「すまない、用を足して来てもいいかい?」キャップは我慢していたのか申し訳なさそうに断りを入れる、もしくは居心地が悪くなったのかもしれない。

「キャップ…君は美人と美少女による生娘達の花園の中身が目の前で繰り広げられているというのに、目を背けるとはどういう了見かね?」

「生娘ww」

 明智の言葉に私は紅茶を噴き出し、気管に入ったのか咳込む、少なくても私を含めだが、その言葉を使ってはいけない人間の最たる例が、自らを生娘と自称するとは。

「なにかな?マイプリンセス?それともハニーがいいかい?」

「その呼び方は辞めて貰える?アナタの女になった覚えもないし?そもそもヴァージンでもない、アナタ達が生娘を自称しないでもらっていいかしら?」

「それは君もだろう?」

 それは、そう。そう言われるとは若干感じていた、けれど私は自身を生娘と自称はしていない、けれど反撃をしようとすると自爆する気がしたので、戦略的撤退。

「それにキャップ、君には仕事がある、だからあー…、トイレはその後で」

「そうか…そうか…」どうやらキャップは本当に用を足したかったらしい、悪い事をした。

「まぁキャップそう落ち込むな時間は幾らでもあるさ。話を戻す、Bは観察が趣味だ、あるいは観測まぁどちらでもいい、それだけは確定しているよ」

「何故、確定していると?」キャップは質問する、どうやらキャップの脳でも分からないらしい、ならば私とマリーが分からないのも無理はない、頭から煙を出していないだけヨシとする事にする。

「キャップ質問は最後まで聞いてからする様に、しかしそう疑問に思うのも無理はない、まぁと言っても簡単な話だよ、キャップはそのまま階段に照準を、そして……」

 そう言って明智は目配せをした、ただ一点だけを注視し、指を銃の形にする。私はすぐさま明智がやりたい事を把握し、ホルスターに入っている拳銃を右手に構える、けれど指の先は見ない、あくまで明智の瞳を見るだけだ、その方角を見るのに首を回すのが面倒くさい。するとハグをしていたマリーが首をこちらに向けて、あっかんべーと舌を出して見せる、それに対する私の回答は左手での投げキッス。集中できないから明智の方を向いておけと言わばかりにキスを送った、それと同時に明智の指の銃は自ら上に弾き、私の右手にある拳銃の撃鉄は降り、大した音もせず何かが壊れた音だけがこの空間に残った。

「私の推測だと、この数秒後に…」

 明智の言う通り数秒もしない内に、階段の方からタタタ、ガシャンシャンと歩幅感覚が最低限の短い足音と、足音響き渡らせ位置を知らせる、ポンコツが幾ばくか。

「まぁ…あとはキャップ…、ってマリー…おーい…はぁ」

「アハァ」特攻隊長の如くマリーはキャップを追い越して音のなる方へ。

 イベントのキャストが出す足音につられる様に、マリーは駆け出してしまう、その姿は埋めた狼の様にも見えたし、もしくは主人にボールを投げられ拾いに行く犬にも思える、理由は両者であって、この場合の主人は明智、随分十分な教育を施した忠犬だこと。

「だ捕は無理ね、マリーのあの性格どうにかならないのかしら?アナタの所為でしょ?」

「所為とは失礼だな、教育と言っていくれたまえよ」明智は自信満々に答えた。

 私は教育の賜物では無く、調教の間違いだと思ったのだが、これは謂わないでおこう。それよりもマリーの残飯処理、よだれ拭きと言った方が健全かもしれない、それを行おうと私が前に出ようとしたが、それもキャップがあらかた終わらせてしまっていた。

 ここまでが私の推理だよと言わんばかりに、明智は残った紅茶を啜った。舌を火傷しろ。

「何か言ったかい?」心が読まれていたかもしれない私は精一杯の笑顔で「いいや?」そう苦し紛れの答えしか出なかった、まぁバレたとしても何も言うまい。

「まぁいい、しかし観察もここまでいってしまっては、監視だな。Bの認識変更だな、Bは自分の掌に物事が収まっていないと、気が気ではないらしい、あと勘違いが多いかな?」

「終わりましたぁよぉー」忠犬がご主人様にボールを持って帰ってきた。

 駆け出したと思ったら、そう時間も経たない内に戻ってくる、本当に犬みたいだ。そしてマリーの手には夜の所為か、はたまた停電の所為か、見えないが何かを滴らせたプリンセスソード改め、凡そ彼女体では振るう事が出来ないであろう重そうな剣を片手に、付着したモノを振り払いながら、まるで何も知らない生娘の様な無邪気さで、汚れた純白のドレスを身に纏った彼女がご主人様に微笑みを向けた。

「汚いからこっちに飛ばさないでもらえるかしら?」飛ばすのは構わないがこちらに向けないで欲しいのだけれど…「えぇ―何の事ですかぁ?マリーわかんなぁーい」

 こめかみに人差し指を当てながら、あらぬ方向を剥く、腹が立つのは変わらないし、そのぶりっ子私は全く好きではないが、まぁ今はその笑顔に免じて許そう。

「それにしても、カメラの一つを失った程度でこれとは、そろそろBも余裕がなくなってきたのかな?そうであるならば僥倖、僥倖、焦って焦り、そのまま自滅してくれるかな?」

「さぁ?それを望むのならばアナタならやれるでしょ?」そっぽ向きながら私は答えた。

 明智がマリーの頭を撫でながら、こちらを向いて問いかける。正直に言えばどうでもいいし、脅威も感じていない。餅は餅屋に任せるに限る、私の専門では無いマリー達の専門はマリー達に任せるに限る、初めてちゃんと使った気がする。

「それもそうだ、楽しくなければ態々イベントには行かないね」

 明智はそう言って歩みを進めた、キャストの練度もまだまだ、磨けば光る原石でもない、明智としてはツマラナイだろうにと思いながらも明智を追うように、私も歩みを進めた。

「僕が先行して見てくるよ、それにそろそろ彼が準備を始めているだろう?」

「そう、じゃあお願いするわ、この程度なら一人で楽しんできて構わないし」キャップの有難いご厚意にここは乗らせてもらうとしよう。

「心配してくれてもいいだが、どうだろう?」

「残念、私が心配するのは、お生憎様あの子だけよ」

 肩を一度すくめ、やれやれといった感情を機械越しにもわかるようにジェスチャーまで付け、渋々上の階へ。キャップが寂しく階段を上っていく、ガンッと鈍い音が響きキャップが滑り落ちる、恐らくキャストの残した愉快なサプライズ、油塗階段。とても古い映画にそんな悪戯小僧の作品があった気がする、多分初代、場所はこんな高級な見た目では無かった気もするが、でも高級な場所にも居た気がする、余り覚えていないというのが本音。

「大丈夫、気にしないでくれ」誰も聞いていないのに返答するキャップ。

 飛行機能も付いているのだし、階段くらい飛べばいいのではないかと思いもしたが、キャップは果敢にも階段に挑戦する、そこまで意地を張る物ではないのよ、キャップ。

 それとほぼ同時刻、一通のメッセージが私の端末に入ってきた。


 ―準備はいつでも― たった一言それだけ。


「彼はなんだって?」明智が私に問う。

「暇だからとっと上がれ、だってサ」

「彼がそんな言い方は…、するな、すると思う、よしならば急ぐぞ、さぁマリー?」

「はぁーい、どこまでも一緒にいきますぅー」

 と言ってもここからどうするかと言わんばかりに、明智はキャップが転んだ階段を気にもせず上がっていく、様にはなっているし、その雰囲気も凛々しいモノだ、けれど隣にいるお姫様と腕組みをしながらでは格好よくはない。それに『アナタそんな風に思われているみたいよ?残念だったわね』最大限に皮肉を込め、私はメッセージに返信した。

 明智の後を追う途中、一つ忘れていた事を思い出す、これをやるのが私の担当であった。

「イベント中に余計な事を考えるのも、失礼だったわね」

 パシュンとサイレンサーを付けてもかき消されはしない静かなる銃声が、先ほどから不規則な音と、規則的な音その両方を併せ持った、一つの雑音をかき消した。

「いつまでもそこに居たら、置いていくよ?」

「今行くわ」明智問に私は答え、再度彼女らの後ろを追いかける、その階に鳴り響くのは私だけの足音だった。それにしても近くに寄り過ぎた、マリー程ではないがイベントによる汚れが少しずつ目立ってきた、この格好ではもう家には入れない、それでも気にしないマリーの図太さが少し羨ましいと、私は切に思った。


 最上階


 1階から180階までかなりの時間をかけて上がってきた、漸く最後の扉を前に、流石の私も達成感が溢れそうになる、けれど160階で弱音を吐いていたマリーはうつらうつらと立っているのが不思議に思う程の状態既に夢の世界へ半分入っていた。けれどそれも当然な気もする、明かりが奪われたイベント会場は夜と言う事もあって外は暗闇だった、けれどもう既に徐々に朝日が見え隠れしている、少しビル群が邪魔ではあるが。

「開けるぞ」

「頼んだよ、キャップ。大体だね探偵というのは頭を使う職業であって、決してこのように体を酷使するような仕事じゃないんだよ、それ…………」

 キャップがドアに手を当てると同時に、今日この日に溜まったうっ憤を全て吐き出す様に明智の愚痴を放つ口は回る事回る事、そんな探偵の愚痴は放っておき、私は耳にセットしている無線の機能をオンにする、今まで暇だとのたうち周りながら準備していたであろう、彼と繋がる無線を繋げた。

「待たせたわね、出番。合図はこちらで…」

 無線の主に必要事項を伝えたと同時に、扉は自動で開く。私は拳銃とナイフを構え、キャップはその身宿す大量の武装を、マリーは剣を構える事なく、そして明智も武器は見せる事はなかった。まぁいいのだが、流石にマリーには起きて欲しい。

「ようこそ、我が最終拠点にして、栄光が崩落する中心地へ!」

 待った、待ちに待ったぞ言わんばかりの前口上を説いてくるが、私達はそのような事を聞きに来た訳ではない、ただイベントの終わりを告げに来ただけ、にもかかわらずその事を把握しているにも関わらず、前口上に乗せられた妙に顔が良い女が一人。

「君の思想を言いあてに来たんだ、クイズ大会の一つぐらい開いてくれるかな?」

「何を言っている?私は世界に抗うべく、たった一人立ち上がった…」

 懲りずに随分と自らを美化しながら語り始めるが、そんな事など明智にとってはとても退屈で、本当にどうでもいい事だったらしい、手にしたパイぴを口にあてがい煙を出す。

「この平等を謳ってはいるものの、事実上鎖国状態で全世界と対立している様な現状を変えようとしている、自称改革者兼、国家反逆犯だろう?当たっているかな?」

 煽るような態度と、余りにも余裕そうな態度で居る私達を前にして、気に食わなかったのか激昂するB、最終イベントの合図とも言うべきスイッチを右手と体に、どうあがいてもこのイベントを完結させたいらしい、その執念には拍手を送ろうと思う。

「ふざけるな!なんなんだ!その余裕は、お前達が今取るべき行動は…!」

 そこで通信が一つ、良かったBのご高説は丁度聞き飽きた所だった。

「サチア」

 今日一番暇だった人間から、たった一言。私の名前を呼ぶ声が聞こえた。名前を呼ばれるのは実に心地の良い気分だ。


 高度約2900ft(約900m上空)

 ある程度サチア達が、あのバカみたいに高いタワーを上り始めて暫く経った時、漸く最終局面に近づいたという報告を受け、ギターバックの様な鞄から物騒のモノを出した青年はヘリコプターで飛び立った。この空に辿り着いた時にはまだ、最上階へとは辿り着いていないようだったが、まぁすぐにでも着くだろう。そう思い優雅に世界で一番高い建物でくつろぐ、自身を史上最高の革命家とでも勘違いしていそうな馬鹿を観察して、その髪の毛の本数を数え始めた時、ようやく出番はやってきた。

「明智が怒らせているのは、見なかった事にしておこう、マリーも寝てるし…」

 少しばかり不安を覚えながらも、革命家気取りの馬鹿を見続ける、3キロは離れているだろうこの距離ならば、視界に写ってもゴミで済ませてくれそうだと思っていたが、あの様子じゃその心配も無用だったようだ。

 革命家気取りのイベント主催者が右手のスイッチを、自らの前に突き出した時だった。

「サチア」

 この世に二人しか居ない家族の名前を呼ぶ、他のメンバーの事も信用しているが、やはり家族を優先してしまった、この場合頼るべきは後ろでいつでも脱出できるようにしているキャプテンに話しかけるべきだった気もするが、過ぎた事は気にしない。

「準備はできてる、暇だったけどさっさとしろとは急かさないよ」

「さっきも聞いた、けれどそう思われているって事よ、自覚なさいな」

 目の前にいるサチア達面々だけではなく、この街、この国を巻き込む、盛大なイベント主には目もくれず、サチアはこちらの居る方角を向き最上階からこちらに向けて、微笑みを向けた。イベント主催者を気にしてやれよと言いたくもなったが、その微笑みは自分を安心させる為に向けたモノだと解ったかこそ、その笑みにつられて頬が吊り上がる。

「右」サチアの声が聞こえた。

 決して軽いと思った事もない、トリガーを引いた。ボルトハンドルを引き次弾装填。

「したぁー…すぅ…」マリーの恐らく寝言が聞こえた。

 装填は完了、もう一度狙いを定めトリガーをもう一度引く、再び鳴る大きな銃声と共に1発目同様、2発目が発射される。

「崩れ落ちる、左を」キャプテンの冷静な判断力によって生まれた答え通り。

 再度、ボルトハンドルを引き、トリガーに指を戻して、先ほどまでの動作をもう一度。

「もう一度下」明智から放たれる、酷く冷酷な最終宣告がイベント主に告げられる。

 言われた通りの場所をめがけ、ボルトアクション式の狙撃用ライフルから発射された4つの銃弾は、固まって一つの銃弾になる事はなく、バラバラな場所をめがけて進む。

 右手の肘から先がパァーン。

 左足の膝がスコーン。

 左肩の肩甲骨辺りをゴリっと。

 そして右臀部はグチャー。

 できる限りのタイムラグを無くし、言われた通りの場所に4つの銃弾を当てる簡単な事ではないが、できなくはない、つまりはそういう事だ。そんな訳でダルマのかんせー。

「お疲れ、迎えに来てくれてもいいわよ?」

 サチアのお疲れを聞いた途端どっと疲れが出てきた。揺れる上空をホバリングしているヘリコプターから、一発も外す事の出来ないし、当てたらいけない場所も決まっている、そんな条件下の超長距離射撃は疲れるモノがあった。

「先に降りてる、レニも帰る頃にはもう起きているだろうし、エレベーターも動くでしょ」

「それじゃあ、朝ご飯よろしくね、私はそれを食べたら寝るわね」

「はいはい」サチアに朝ご飯を作らせる気は一切ないので安心して欲しい。

「ミライ?」

 ふと名前を呼ばれ、帰路についているヘリコプターからサチアが居る窓をこの目で見てしまう、今頃イベント主の処理と、その他諸々があってその場には居ないという事は、分かってはいたがつい先ほど居た場所を見てしまう。

「なにかよう?」朝ご飯もレニの世話もこちらですると言っているのにまだ何かあるのか。

「朝日が凄く綺麗ね、見せてあげたいと思わない?レニにさ」

「朝になれば、太陽の光はいつでも見られるよ」当たり前の事だろう?

「あのゴミだめでも見られる日は来るかしら?」小さな声で、少しばかりの悔しさと、恨み事の様に、サチアはミライに告げた。

「日差しの日の字くらいはもしかしたら、見られるかもしんない」

「ねぇ、ミライ?」再度サチアはミライの名前を呼ぶ、だから俺はこう答える「なに?」

「いつか本当の朝日を見せてあげたいね、レニに」

「そう…だね」

 高度約2900ft、約900mの高さから見る事の出来る、最高の陽光と連なる高層住宅と、同じ高層ある人口の自然公園立ち並ぶ、まさに絢爛豪華な街並みの端、光も当たらず、臭い物には蓋をしろと言うように、ひた隠すドーム状の建物が一つ。

 あそこにある者は、この2122年で日本自らが公に出し隠す事のできない、この時代にできてしまった負の遺産、ある時は物好きが遊び半分で乗り込みある痛い目に遭った腹いせにある事無い内情を晒し、ある時は汚職にでも手を出し行き場を失った人間が暴露と言う名の爆撃から逃げるには丁度よい防空壕にして終身刑には丁度よい牢屋、ある時は自らの名声の為に手を差し出しふりをする活動家にとっての恰好の餌、真実かどうかは知らないが、ある者が語る話によると、人間ではない何かも巣くうらしい。

 そしてその建物の本質は、一度入ったら出る事は余程のコネが無ければ不可能で、それでいて法なんてものはありはしないスラム街、あとゴミ捨てと称して子供を捨てるには、丁度良い場所。ただそこに俺とサチアとレニの家があって、そこで暮らしているだけの、日の当たる事の無い、この国が用意した自ら罪を償う機会を与える場所という名の、世界に誇る事は決してできないこの国の汚点。

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