私と姪と大きな本屋

海星めりい

私と姪と大きな本屋

「ほんほんほん! ほん~!」

「こら~、走ると危ないわよ~」


 ペッタンペッタンと、どこかスキップのように走っていた姪――千紗ちさは私の声に反応してゆっくりと止まった。

 そのまま、振り返ると両手を合わせて謝罪してきた。


「ごめんなさーい!」

「よろしい! 千紗の見たい本があるところまで手を繋いでいこっか!」

「うん!」


 千紗も大きくなったわね~。手を繋ぎながらそんなことを考える。


 久々に姉さんの元を訪れた私は姉さんと姪っ子の千紗と一緒に大型ショッピングモールに来ていた。

 しかし、姉さんがタイムセールに行くという。

 そのため、千紗と私は暇になってしまったので本屋にやって来ているというわけだ。


 最近、千紗は本が好きって事だし、一つくらい買うのも良さそう。

〝本との出会いは一期一会!!〟と描かれたポスターを見ながら、そんなことを考える。

 本は情操教育にも良いって言うし、私も昔、両親と本屋に来て自分で選ぶのが楽しかった記憶がある。こういう子供の頃の思い出って結構大事なのよね……。

 千紗に本をプレゼントしよう! と決めたところで、改めてこの本屋の中を見回してみるけど、この本屋やっぱり大きいわねー。


 千紗がはしゃいじゃったのもわかる気がする。この広さ大人の私からしてもワクワクするもん。

 別館とは言え、全フロア丸々本屋となると、まるでテーマパークに来たような気分だわ。


「じゃ、千紗の好きな本買おうか?」

「ホントに買ってくれるの?」


 子供向けの本のコーナーに着いたところでそう言うと、千紗は目をキラキラさせて私を見上げてくる。うーん、可愛いわね。


「嘘なんてつかないよ~。ただし、このコーナーにある一つだけね。あ、あと、漫画は無し」

「はーい! 探してくるねー!」


 普通に素直な子じゃない。姉さんったら『千紗には注意してね』なんていうから、癇癪が激しいのかと思ったけどそんなこともなさそうね。

 目を離さないように視界内に千紗を入れながら、私もなにか一冊ぐらい買っちゃおうかなーなんて考える。


 しばらく、千紗が本を選んでいる様子を眺めていると、千紗が私の方へテトテトと歩いてきていた。決まったのだろうか?

 あれ? でも一つっていったのに三つくらい持ってきているような……?


 もしかして、悩んでる?


 そう問いかけると、千紗は目を丸くして驚いていた。なんでわかったの? って顔だ。

 それくらい顔見たらわかるよー。

 どうやら、私も見て選ぶのを手伝って欲しいようで、千紗が一つ目の絵本を見せてきた。


 まず目に付くのは大きく強調された〝さがせ!〟の文字。

 赤と白の縞模様の服を着た青年を探す、というあれだなー。と、思って見た私の目に飛び込んできたのは――



〝ウォーリアーをさがせ!!〟



 おっと? 私の知っているのと違うぞ?

 よく見れば普通の人に紛れて、表紙に一際目立つ、赤と白の縞模様の大斧を携えた筋骨隆々の半裸男が映っていた。


 これがウォーリアーらしいが……〝さがせ!〟も何も開くページ、開くページにこの半裸男でかでかと存在してるじゃん!? 違和感が強すぎて、目をこらさなくても一瞬で見つけられるっての!? 何だこの本!?


 お、おっきい本屋は違うな~。こんな見たことも聞いたこともない本があるなんてー。

 子供が自分で選んだ本を否定するのはよくないので、千紗に次の本を見せてくれるよう促す。


「つ、次は?」

「これ!」


 千紗が次に見せてきたのは〝ぐ〟と〝ぐ〟の文字が赤と青の二色で強調されている絵本。

 あー、あの双子のねずみのやつ! 懐かしいなー私も読んだ、読んだと思って見て見ると――



〝ぐーる と ぐーら〟



 まーた別もんだよ……。

 どうやら、ゾンビの王子様とお姫様の物語らしい。子供向け絵本でゾンビって……と思わなくはないが、そこはまあいい。デフォルメしていれば絵本としてもいけるかもしれない。


 でも、このそこそこリアル寄りの画風はダメだろ。バイオでハザードなゲームじゃないんだぞ!?

 表紙の時点で口から赤いものが垂れているのも怖い……。


 もう一冊も怖いけど次を促す。


「これ!」


 返事は良いんだけどなー。


 今度の本を見てみると、大きく〝はら〟〝むし〟とかかれてある絵本。あの穴が空いてあってめくっていくのが楽しい絵本かー。

 芋虫っぽいのもいるし、今度こそ本物だなと思った私だったけど――



〝はらたつ うじむし〟



 全然違った!?

 というか絵本で〝はらたつ〟ってダメじゃない!?

 内容も腹を立てているうじむしが八つ当たりしていくような内容だし、情操教育に良さそうな要素が何一つない……絵本コーナーにおくなこんなもん!?


 というか、なんで千紗はこんなやばい本ばっかり持ってくるの!?

 や、やばい……どれを買っても姉さんになんて言って良いのかわからない。比較的マシなのは最初のか? いや、半裸男はマズいだろうと思っていると、


「もう一つ悩んでいるのがあるの」


 千紗の一言に光明が差し込んだ。いや、暗くしたのも千紗なんだけど。


「ど、どれかな~?」


 千紗に悟られないように極めてにこやかに問いただす。

 このやばい三冊に比べたら、なんかどんな本でも許しちゃいそう。


「あれ!」


 千紗が指を指したのはテーブルの上の特設コーナーだった。



〝当店おすすめ絵本詰め合わせ特大セット〟二万五〇〇〇円(税込み)!!



 おう……お高い。しかも、複数……。


「うん! 一つって言ってたから!」


 なるほど、確かに私は一冊と言わずに一つと言った。だが、これは……でもこれを否定すればさっきのやばい本達の中から決めねば……いや、でも……。

 固まる私に対して千紗の目が潤んでいく。


「だめ?」

「……………………」

「やくそく、だめ?」

「か、かかか、買ったらー!!」

「やったー!」


 後には引けない大人の維持で買うと宣言した私の言葉を聞いたのち、潤んだ瞳から一瞬で喜びに変わった千紗の顔を見て、私は何処かから〝計画通り〟と告げられた気分になるのだった。


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