本とコーヒーとを一人で
@miz-
心地よい孤独
私の家の近くには本屋があった。本屋というより、ブックカフェ。木を基調としたしっとりとした空間と、夕日のオレンジと同化するような、こじんまりとしたその佇まいが私は好きだった。少し重たい扉の持ち手は金属製で、かなり年季が入っているのか、表面のメッキがはがれていた。
私はいつもドアベルができるだけ大きな音を立てないようにその扉を開けていた。まるで、放課後気になる人が教室に残っているとき、ゆっくり扉を開けるように。今思えば、私はあの女性に好意を抱いていたのだろう。
私にとってコーヒーは少し大人の飲み物だった。だから、そんなコーヒーを飲むことで、その女性に少し近づけるような気がしていたのかもしれない。
私はいつも下から2番目に安いバタートーストとコーヒーのセットを頼んでいた。
数分間、意味もなく本の文字列を追った後、あの女性がメニューを持ってきてくれた。足音に気づいているのに、声をかけてくれてから少し驚いたようにして受け取った。
もちろん、嫌々メニューを頼んでいるわけではない。少し色のついた食パンの表面で、削るようにバターを溶かしているときのあの香り。バターを塗るナイフが食パンとこすれるあの音。私には、自分の人生を色づかせて見る能力があるのではないかと疑うくらい、その時間は私にとって優雅なものだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
当時私は友達が少なかった。ただそのことを私は心底問題だと思っていなかった。人間関係が大切なのは理解できる。ずっと一人がしんどいのも理解できる。ただ、私は人より一人の時間が必要な人間なんだと考えていた。
中学の頃よく遊んでいた友達は、同じ高校に進学したものの、クラスが別になってあまり話さなくなった。その友達は高校で多くの新しい友達を作って、とても楽しそうだった。多くの人に囲まれることは羨ましくないけど、いつも楽しそうにしているのは羨ましかった。
悔しいのかな。孤独なのかな。ひとり、大人になったのかな、とか言ってみたり。
もし誰かに孤独だと指摘されたのなら、否定はできない。でもそんな自分が少し気に入っていた。特にあの場所にいるときは自分に酔っていられた。
少しこそばゆくて、心地よい。失いたくない私の時間。
本とコーヒーとを一人で @miz-
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます