落とし紙

鳳濫觴

 

 店番をしていると、顔を覗かせたのは勘定台より少し背の低い子供で、つるんとした瞳でこちらを見上げてきた。

「坊主、どうした」

 周りを見ても誰もいない。客なんてめったに来ないから、口下手なりによく口が回ったもんだと褒めてほしい。すると坊主はころころとしたか細い声で「買い物に来たの」と、言う。

「ここに買い物? 坊主が?」

 迷子だと思った。

 あたりには埃をかぶった草紙が並ぶだけ。かたや坊主は字も読めそうもない子供。どうしたものかと今度は番頭が困り果てる番だった。

「戦争は糞だ、ろくなもんじゃないって父ちゃんが言ってたんだ」

 突然何を話し出すかと思ったが「ああ、そうかい」と、答えれば「そんな糞でろくなもんじゃない戦争に父ちゃんは行っちゃった」と、坊主は言った。

「だから戦争の本が欲しいんだ」

「戦争の本ならたくさんあるさ。検閲御上の目の入ったお墨付きだ」

 子供は店内をぐるりと見渡してからこう言った。

「やわらかい本はある?」

「そりゃ、わかりやすい本ってことか?」

 今度は番頭が店内を見渡した。親父の行った戦争について知りたいなら児童書があったはずだとそちらへ視線を寄越した。一つ手渡してみれば坊主はいくつか項をめくってからこれじゃないとかぶりを振った。

「くたくたで手になじむ本がいい」

「手になじむ本はねえな。こいつを毎日毎時読み続けてりゃよく手になじむようになるさ」

 しかし、坊主は不服そうに首を振る。

「それじゃ遅いんだよ」

 遅いってなんだと番頭は小首をかしげた。さっきからなんてへんてこなことを言う坊主だ。

「そんなこと言われてもここには新品しかねえんだから、くたくたの本が欲しいなら古本屋にでも行きな。餅は餅屋だ」

「おじさん、ここは本屋だよ」

 今度はけらけらとさも可笑おかし気に笑った。困った番頭はぽりぽりと額を掻いて言った。

「おじさんじゃ手に負えねえ。母ちゃんはいねえのか」

「母ちゃんは厠だよ」

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落とし紙 鳳濫觴 @ransho_o

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