本屋

長寿俊之介

本屋

「事件は本屋で起きてます!」

 通報を受け、駆けつけた鶴田(つるた)は警察無線に向かって叫んだ。

 警察署には激震が走った。

 周囲を田畑に囲まれ、ポツンと建っている丸太警察署。

 普段は、事件の事の字も起きない平和な町である。

「立てこもり事件発生! 犯人は店員を人質にとって、包丁を所持している模様! 繰り返す・・・」

 立てこもり事件とは、丸太警察署の創設以来の大事件である。

「本庁に応援、願います!」

 だが、本庁までは車で3時間かかる距離だった。とても間に合いそうにない。

「鶴さん、本庁は間に合わん! とりあえず、1人でなんとかしてくれ!」

 署長からはあり得ない指令が届いた。

 現場は、丸太警察署からでも、1時間はかかる場所にある。

 だから、いくら立てこもり事件といっても、応援が間に合わないのだ。

 この大事件にあり得ない!

 だが、犯人は待ってなどくれない。鶴田1人で何とか解決に導かなければならない。

 そこで、鶴田はとぼけたフリをして本屋へ入っていくことにした。

 小型パトカーで乗りつけてはいるが、町で1つしかない本屋に来ました~というフリをして、中へと入ることにしたのだ。

 ガラガラ〜。

 本屋の引き戸を開ける。

「ごめんよ〜」

 すぐに、店のカウンターの中で、ナイフを突きつけられて人質となっている女性の姿を横目で確認した。

 気づかないフリをして、ずんずん中へと入っていく。ついでに、口笛でも吹きながら。

 雑誌を手に取る。読んでいるフリだ。

 緊張のため、雑誌の上下は逆さまだった。

 犯人はというと、何なんだあいつはと思いながらも、鶴田の様子を凝視していた。

 鶴田は、店内をうつし出す鏡を発見し、チラッ、チラッと見ながら、犯人と人質の様子をじっとうかがっていた。

「たすけっ・・・!」

 人質となっている女性が思わず声を上げた。

 すぐに犯人が人質の口を手で押さえて言った。

「バカやろう! 殺すぞ!」

 さすがに、気づかないわけにはいかない。

 鶴田はレジの方を見た。

「何やってるんだ?」

 わざとらしく鶴田が声をかけてみる。

「動くな! こいつを殺すぞ!」

 犯人は1名。20代前半くらいの若い男だった。

 人質は女性1名。4〜50代といったところか。いつもと違う店員だ。新しい人かもしれない。

 犯人は刃渡り15センチほどの包丁を人質の首元に突きつけている。

 人質の女性は恐怖で縮み上がっている様子だ。

 意を決して、鶴田は本を2冊持ってレジのところまでずんずん進んでいった。

「おい! 聞こえてねーのか! こいつを殺すぞ!」

 犯人の男は脅してきた。

 そんなことは構わず、鶴田はレジまで来ると、

「これください」

 カウンターに1冊の本を乱暴に置いた。

 犯人は鶴田の態度にひるんだ。

 そして、一瞬、鶴田が置いた本を見た。

 その本は裸の女性が表紙の本だった。

 鶴田はその一瞬の隙を見逃さなかった。

 すぐに、持っていた別の本、ぶ厚い辞典を犯人に向かってぶつけた。

「おわっ!」

 犯人は驚いて、持っていた包丁を落とすと、後ろにすっ転んだ。

 チャンス!

 同時に、50代の鶴田はカウンターをひらりと飛び越えようとした。

 しかし、やはり50代。

 身体は動くと思っても、思ったようには動けなかった。

 鶴田の運動神経では無理があったのかもしれない。

 鶴田はカウンターの端に足を引っかけてしまった。

「くおっ」

 つまずいて前のめりになり、そのまま犯人に抱きついてしまった。

「わわわ!」

 お互いに動揺が走る。

 顔を見合わせた。

 一瞬の間。

 そうだ! 包丁はどこだ? どこいった?

 カウンターの下だ!

 犯人は素早く包丁を拾って、鶴田を刺そうとした。

 だが、鶴田も長年、警察官をやっている。

 みすみす犯人のやりたいようにはさせない。

 包丁を握った犯人の手を鶴田は思いっ切り踏みつけた。

「なんだ? 何をする気だあ?」

「ぐあー! いってー!」

 ぐりぐりと鶴田は犯人の右手を踏みつけた。

 犯人は反対の左手で踏みつけられている鶴田の足をグーパンで殴ってきたが、鶴田は微動だにしなかった。

 後でわかったことだが、この時、犯人は右手を複雑骨折していたという。

「のわあー!」

 田舎の本屋から、犯人の男の叫び声だけがこだました。



「いやー、さすが鶴田さん! お手柄でしたね」

「ん? まあね、まあね」

「何せ、1人で立てこもり事件を解決しちゃったんですからね」

「まあ、当然?」

 警察署内に笑いが広がっていた。

 署、はじまって以来の凶悪事件、本屋女性店員人質立てこもり事件はここに解決をみたのである。

 犯人の男は、金を盗もうとしていたところを人質の女性にとがめられて、どうしようもなくなり、立てこもりに及んだという。


 だが、その後、人質となっていた女性は店員ではなかったことが判明した。

 実は、本屋に盗みに入った女泥棒だったということだ。

 本物の店員は無防備にも奥の部屋で昼寝をしていたらしい。

 女泥棒は混乱に乗じて、まんまと本屋のレジから売上金6万円を抜き取っていた。

 そのことに丸太警察署が気がついたのは、ずっと後のことである。


 終

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

本屋 長寿俊之介 @ChoujuShunnosuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ