本屋さんは本が嫌い

高久高久

第1話

「……本屋ほんやさん?」

「……はぁぁぁぁぁ」

「盛大なため息吐かれたんだけど」

「吐きたくもなるわよ。今日だけで何回同じネタ言われたと思う? 6回よ! 片手で足りないの!」

「……あぁ、本屋もとやさんか」

「え、わかるの?」

「俺、本部もとべだから」


 初めての会話は、こんな感じ。

 学校の図書室で本を借りようとカウンターの図書委員の名札に書かれた『本屋』という文字に、うっかり反応してしまった結果、盛大なため息で返されたわけだ。

 これがきっかけで、俺は本屋さんという図書委員の女子と知り合う事が出来た。

 本屋さんは同学年だが、他クラスの女子。肩くらいまで長い黒髪に眼鏡といった『文学少女』というイメージの外見で、図書委員が似合っていた。


「図書委員なんてやりたくなかったわよ」


 ため息交じりで俺に愚痴る本屋さん。暇になると、読書スペースにいる俺によく絡んでくる。


「何で? 正直羨ましいんだけど。うちのクラスじゃ争奪戦だったし」


 うちの高校は部活動は自由だが、何かしらの委員会には入らなくてはならない仕組みだ。俺はというと、図書委員になりたかった清掃委員だ。争奪戦のじゃんけんで負けた。あの時チョキを出したのが今でも悔やまれる。


「うちは逆。誰もやりたがらなくって、最終的に先生が『お前本屋だし、図書委員な』で決定。ふざけんなって話……ペアの男子は仕事しないし、本当最悪」

「お疲れっす。代われるなら代わってやりたいけど」

「本部君は……うん、本読んでて仕事しない未来が見える」


 否定出来ない。図書委員になりたかったのも『本読んでられる』という不純な動機からなのだから。きっと仕事中は本屋さんに怒られるか、呆れられるだろう。


「そもそも本嫌いなのよ、私」

「それは聞き捨てならん」


 聞き逃せない言葉に思わず声が出る。


「だっていい思い出無いのよ。こんな風に図書委員はやらされるし。本って重いのよ? 返却された本戻したりとか。図書委員、結構重労働なのよ?」

「あぁ、確かに」


 返却された本はカウンターに溜まっており、戻すのは図書委員の仕事だ。幾つも本を重ねるとそりゃ重いし、重労働だ。何で知っているかというと、俺も良く手伝わされているからだ。

 でも本屋さんはちゃんと仕事するから合ってると思うんだけど。綺麗に高さ合わせるし、巻数バラバラなのもちゃんと戻すし。その辺り指摘すると「なんか嫌なのよ、バラバラなの」と言っていたが。


「後は読書感想文書く為の本教えろ、っていう話。今も言われてるわよ、これ」

「ああ、そういや課題出てたっけなぁ」


 後ちょっとすると長期の休みに入る。そこで現代文の授業で「何でもいいから本読んで感想文書け」という課題が出ているのだ。


「『本屋なんだから詳しいだろ?』とか言われるのよ。言いがかりじゃない?」しかも教えろっていうのが『読みやすいの』『眠くならないの』『感想文書きやすいの』とかばっかりよ! 私だって漫画くらいしか読まないわよ! 私が聞きたいわよそんなの!」

「漫画読むんだ」

「そりゃ、面白ければ読むわよ? 後『本屋なんだから誰も読まないような本読んでそう』みたいに勝手に期待されて……しかも先生がするのよそれ。たかが読書感想文なのにハードル上げられても困る!」


 何か聞いていると本、というより苗字の方で苦労している感じなのだが。


「後おじいちゃんが本当に本屋やってて、たまにお小遣いくれるから手伝いするんだけど、棚一杯の本に迫られている感じで苦手になってきて。あとやっぱり本運ぶの重いし、それに……あの独特な臭い――本のニオイっていうの? 囲まれているのがちょっと……」

「アレがいいのに!?」

「アレがいいの!?」


 え、ダメなの? あの独特の本のニオイ。


「え、何でいいの? だって嗅いでると、その……」

「ああ、トイレ近くなる感じするよね」


 それを言ったらばしばしと叩かれた。デリカシーが無かったか。


「というか本屋さん、本当に本屋さんだったの?」

「おじいちゃんがね。この苗字だからって、ノリで始めたのよ。お父さんは別の仕事してるわよ」


 ノリでやるのか。


「……来ないでね」

「まだ何も言ってないけど」


 何故バレたし。


「『行ってみたい』って顔してた。もしかして、書店巡りとかしちゃう人?」

「え、するよ?」


 だって書店面白いよ? 本もだけど、店によって色々と内装凝ってたりするし。本探すとなると色々回るから、書店自体見ていて面白くなってくるんだよ。休みに当てもなく、ただ書店だけ巡って一日終わったりとか結構ある。

 そう話したら「納得できない」って言われた。解せぬ。


「その辺り本屋さんとは一度語り合う必要がありそうだな……」

「それは遠慮したいんだけど。というか本部君読書感想文の本教えてよ。途中で飽きたり眠くなったりしないで、感想文書きやすいやつ」

「人にはハードル高く設定するじゃん……まぁいいけど」


 よし、その際ついでに書店の魅力というのも教えて差し上げよう。そんな俺の企みなど露ほど気付いていないようで、本屋さんは「やった」と喜んでいる。


「あ、あとついでになんだけど」

「え、まだ何か?」

「返却本の整理、手伝ってほしいなぁ?」


 本屋さんに上目遣いで言われて、俺は手伝わされる羽目になった。

 勘違いしないでもらいたいのは、決して本屋さんの上目遣いに「やだ可愛い」とかなったからではなくて、図書委員になりたかったという願望なだけであって、決してあざとさに負けたわけではいや完全敗北だったわ。

 後本は重かった。ちょっとアレは嫌いになりそう。


 ◆


「……そういやそんな事もあったわね」

「あったあった。んで俺がオススメの書店連れて行ったら目輝かせてたりして」

「後本部君が本当におじいちゃんの本屋来たとか」

「あれは偶々です」

「えっちな本買いに遠征したんだっけ? ああいうのが好きだとは思わなかったなぁ~?」

「やめて? あの頃思春期だったのよ?」


 本の文章から目を離さず、本屋さんの言葉を返していると、


「う~……」


という唸り声が上がってきた。読んでいた本にしおりを挟んで床に置く。


「本屋さん、まだ本嫌い?」

「……嫌い」

「どうして?」


 俺の言葉に、本屋さんは睨みつけて言った。


「嫌いよ! 彼氏奪うんだもの!」

「じゃあ本読むの止めようか?」

「やだ! お部屋読書のまったりした空気は嫌いじゃないし、本読んでる貴方の顔好きなんだもん! てか彼氏なら私に構え! 本ばっかじゃなくって! 彼女だぞ!」


 ――現在、本屋さんの本嫌いの理由が増えてしまったようである。

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本屋さんは本が嫌い 高久高久 @takaku13

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