アイドル メイメイ


そして湿田さんのライブまで3時間に迫った当日の夕方。

佐山さんの運転するH○NDAのフィットに5人で乗り込み、ライブ会場のある渋谷区に向かう。


助手席には奏浜さんが乗り、ナビ役としてライブ会場までの道案内をする。

後部座席は普通車とはいえ、大人3人が乗ってしまえばゆとりもなく窮屈そうに肩と肩を擦り合わせるほどだ。


「やだぁ!男の子2人に両側から迫られてるぅ!」

大家さんが肩をすぼめもじもじしている。

「誤解を招くような言い方は止めてくださいよ!」


大家さんは後部座席の真ん中に座り、男2人に挟まれて芝居がかった色っぽい声を出す。


「たくろうも"年上の女"に触れられて嬉しいだろ?なぁ?」

「そんなこと一言も言ってません!」


この狭い空間の中で俺をからかい楽しんでいる六倉さんと大家さん。


「そぅですよぉ、大家さんは六倉さんの女ですからねぇ」


助手席に座る奏浜さんも後部座席を覗き込み会話に参加する。


「はぁ?‥なんだいそりゃ‥」

「おいおぃ‥、それはちょっと冗談キツいぜ

奏浜ちゃん‥」


と奏浜さんの問いかけに否定はするが満更でもない様子を見せる2人。


「そうなんですかぁ?お似合いなのにぃ?」


と言い奏浜さんはしょんぼり肩を落とし前を向き直した。

確かにお似合いではあるけど、恋人ではない特別な雰囲気が2人には漂っているのです。


「ぁ、佐山さん次の信号右折ですよ」

「あぁ、わかったよ」


渋谷駅スクランブル交差点は観光客や買い物客で混雑していた。

「凄く混んでますね‥。なかなか車の進みも遅いですよ?」

「確かにな‥、ライブ何時からだっけ?」

「20時15分からのライブって言ってました!」

現在時刻は19時08分。

ライブ開始時間が迫っている。

「私らはここで降りましょ、歩いて会場向かった方が早いわ!」

「そうですね、佐山さんはゆっくり駐車場探してください」

「あぁ、そうかい?わかったよ」


丁度良くタクシー乗り場があったので、そこで4人は車を降りた。


「じゃ佐山さんまた後で!」

「キャバクラ行ったりしないでよぉ~」

「行きませんよ!…」


駅前を過ぎ道玄坂の外れ、裏路地を入り雑居ビル地下への階段を下りる。


地下フロアに辿り着くと恵衣さんが所属しているアイドルグループ"YKC28"のライブ会場受付となっていた。

入り口には人気上位の女の子の等身大パネル達がお出迎えしてくれる。


「へぇ~、このNo,3の"みおちゃ"って子可愛いんじゃね?どうだたくろう」

「えぇ?俺ですか?‥このNo,4の"なーたん"ですかね」

「ふーん、たくろうはこういう女がタイプなのねぇ~」

「メイメイが一番可愛いですよね!嵐矢さん!ね!可愛いって言え!」

「そんな怒らなくても…、言ってみただけですよ…。中入りますよ!」


ライブのチケットはこのライブを観に行くと決まった夜に奏浜さんが4人分購入してくれていたので、すぐ会場に入ることが出来た。


会場に入ると、まだライブ前だというのにファンたちの熱気でムンムンとした臭いと雰囲気で満たされていた。


「ぅ…、私この臭い無理かも…」

「まぁ確かに‥、換気して欲しいぐらいだよな…」

「ライブはあと8分で始まりますよ。メイちゃんの勇姿を観るためです!我慢ですよ!」


ステージに一番近い前列S席には推しの子の団扇やイメージカラーのタオルを持った長年の猛者たちが陣取り、アイドルたちの登場を今か今かと待ち望んでいる。

B席,C席にはパイプ椅子が用意されているが座ってしまったらアイドルたちの姿は見えないだろうな。


「私たち飛び入りで来ちゃったから応援グッズ何もありませんでしたね…」

「まぁ、今日は様子見みたいな感じだし。そこまで張り切らなくて良いだろ」

「私は静かに観てるわ。こんな空気の中で跳び跳ねたり、体力使ったりしたら吐きそうだし…」


予約チケットで決められた席はC席の端側だった。

一応パイプ椅子には座らずライブ開始を待つ。


すると客席の照明が消え、ステージだけが照らされる。


"皆さま長らくお待たせしました。それでは登場してもらいましょう。YKC28です。どうぞ!"


MCの説明のあと軽快な音楽と共にアイドルたちが登場する。

客席からは声援が飛び、盛り上がりを見せる。

学生服をモチーフにした衣装と頭にファシネーターを付けたアイドルたち。ピンク、オレンジ、ブルーの3色にグループ分けされ、総勢12名が登壇。

メイメイはブルーの学生服衣装を着て、後列右から3番目に居た。

グループのリーダーであろうピンク衣装の1人がマイクを持ち一歩前に出る。

音楽は1度静まり、リーダーの挨拶にお客さんは耳を傾ける。


"皆さまこんばんは、YKC28です。本日はライブにお越しいただきありがとうございます。まず初めに、皆さまに大事な発表があります。聞いてくれますか!"

""なぁ~に~!!""

"本日4月20日。私たちの新曲がリリースされます!!"

"ひゅーひゅー!"

"待ってましたぁ!!"

"本日は新曲を含めた3曲を皆さまにお届けしますので、本日は楽しんで行ってくださいねー!!"

"いぇーい!!"

"それでは1曲目、聴いてください…。「推し恋ラブハート」"


♪"君を射止めてすぐに マイハート"


軽快なドラムと飛び交う照明、会場内を包む爆音でお客さんを一瞬で虜にする。

3曲共に生歌で、息も切れず揃った歌唱力とキレのあるダンスと飛び散る汗全てに感銘を受ける。

彼女たちの努力そのものだ。

飛び入りで参加した俺たちもいつの間にか、YKC28のファンの一員になっていた。


"それでは皆さま、またお会いしましょう。本日はどうも‥"

""ありがとうございました!!""


ライブが終了し、アイドルたちとの握手会、チェキ撮影会が開催される時間。


「私は遠慮するわ。先に外出てるな。タバコ吸ってくる」

「はいよ~」


大家さんは1人ブースを離れ会場を後にした。

俺たちが並ぶのは、もちろんメイメイの握手会ブース。

整理券の順番的に、六倉さん、俺、奏浜さんの順で列に並んで待つことになった。


メイメイの順位13位と決して高くはないものの、20代、30代の男女のファンをバランス良く獲得している様子だった。

着々と俺たちの握手の番がまわってくる。


「めいちゃん、ちゃんとお客さんの目を見て会話してるね!アイドルって感じ!」

「そう‥ですね」


俺の後ろに並ぶ奏浜さんがメイメイの様子を見て感想を耳打ちする。

そして5分ほど経って六倉さんの番がまわってきた。


「よっ、流石アイドルだな。ダンスもキレキレだったぞ」


と少し褒めて左手をメイメイの前に差し出してみる。

するとメイメイは俺の右手を両手で包み込むように優しい握り目線を合わせる。


「今日は来てくれてありがとう!殿のためにいっぱい練習してるから、これからも応援よろしくね!」


なるほど、アイドルの握手会だとこんな感じなるのか。


「うん!いっぱい応援するするぅ!」

(‥こんな感じか?)

(うわぁ‥きっつ…。でも今はアイドルとファンってことで‥)

((うん!))


お互い目を見て軽くうなずいて「これで良し」と、アイドルとファンの役回りを上手く演じてその場を切り抜けた。


そしてたくろうの番。


「歌もダンスも上手ですね。見直しましたよ」

「ほんとに来たんだね」

「まぁ、俺がライブ観に行くって言い出したことですからね」

「そぅ、手出して」


とメイメイに言われ右手を前に出してみる。


「もっともっといーっぱい!私のこと好きになってね!応援よろしくぅ!」

…ほんと、ありがとね‥。

"よろしくぅ"のあと表情が暗くなったのを俺は見逃さなかったぞ。

「どうしたどうしたぁ、元気が無いぞぉ?それじゃご飯もお預けだぁ」

(おぃばかぁ!)

(ぁ‥やば…)


両隣のブースに並ぶお客さんたちの視線がこちらに集まった。

「あいつなに?」

「メイメイとどういう関係?」

まずい‥、プライベートに関わることは言っちゃまずかったか‥。


「はいはーい!次私ぃ!メイメイとっても可愛いねぇ!」

間髪を入れず奏浜さんが俺を押し退けメイメイの手を握る。

「ほんと?嬉しい!」

「うん!ますます好きになっちゃうよぉ」

「えへへ‥、ありがとう!」

満面の笑みでこの嬉しさをアピールする。


「「か‥かわいい!!」」


お客さんの視線がメイメイに集まったことにより、その場面を目撃したお客さんたちはどよめき始めた。

「メイメイ可愛いかも」

「推し変しようかな‥」

などお客さんの声がちらほらと聞こえてきた。


「メイメイ。チェキ撮影もよろしくね!」

「ほんとに?うん!ありがとう」


奏浜さんはアイドル姿の恵衣さんとツーショットの写真撮影をすることになって、俺と六倉さんは少し離れた所でその様子を眺めていた。


**********


「あぁ佐山さん。そんなとこ居ないで中入れば良いのに」


地上への階段を上がったビルの入り口に佐山さんがしゃがんで待っていた。


「一応ライブには行かないことにはしていたからね。私は外をふらふら散歩していたよ」

「そう。タバコ吸い行くけど佐山さんも来る?」

「あぁ、ご一緒するよ」


ライブが始まる前にこの近くに喫煙所があるかどうかはチェック済みだった。

路地裏を少し歩いた所に喫煙所‥というか、ゴミ捨て場の隣に筒状の灰皿と喫煙所の貼り紙があるだけなんだけど。


「湿田さんの活躍はどうだったんですか?」

「ん?あぁメイちゃんね。可愛く踊って歌ってやってたよ。撮影禁止だったから動画もないぞ。残念だったなぁ」

「私はそれが知れただけで十分ですよ。普段の湿田さんの雰囲気が素なんだとしたら私たちは幸せモノですよ?」

「確かに、一理ある。着飾って無い日常を間近で見れているわけだからね」

タバコに火をつけ一吸い、斜め上に煙を吐き出す。


不意に鼻に届いた甘い匂い。

佐山さんから漂ってくる。


「佐山さん香水つけてる?」

柑橘系ベルガモットの甘い匂いがする。

「え?あぁ、良く気付きましたね。少し時間があったので、Di☆rで香水を購入してきたんですよ」

「へぇ~、どれ?見せて」


佐山さんは肩掛けポーチなら香水の小瓶を取り出した。


「これです」


佐山さんから小瓶を受け取り、目線の高さでまじまじと観察する。


「へぇ、綺麗な瓶だね。女物だな」

「まぁDi☆r自体女性向けのお店ですからね」


青色の瓶と中の液体が街灯の光に反射してキラキラしている。


「…ぁ」


香水の小瓶が手から滑り落ち、地面に転がった。

その小瓶を偶然目の前を通り掛かった男性が蹴飛ばした。


「ん?なんだこれ?」

「あ~ぁ、ごめん佐山さん。拾ってくるから」

「あぁ、はい」


男性2人組の1人が香水の小瓶を拾い上げる。


「あぁ、ごめんなさいね。それ、私の香水です」

「へぇ‥」


20代後半ほどの若めの男は、私の顔を見てニヤついた。


「いいねぇお姉さん。俺たちと飲みに行こうよ」

「楽しいこと、しに行こうぜぇ」


はぁ?なんだこいつら…。


「そういうのいいから。返して」

「そんな怒るなって、なぁ行こうぜ」


と男に手首を掴まれ強引に引っ張られる。


「ちょっと、離してよ!」

「大家さん?…ちょっと君たち。何してるんだ」

「ぁ?なんだおっさん。退いてろ!」

「うっ」


佐山さんが助けに入ろうとしたが、男に突き飛ばされ地面に尻もちをついた。


「なぁ行こうぜお姉さん。俺良い店知ってるんだぁ」

「いいから離してってば!」


抵抗しても男は私の腕を掴む力を緩めない。

すると、反対側から歩いて来た男が若男たちの前に立ちはだかる。


「その手を離せ」

「ぁ?なんだよ」

「昇!」


昇が駆けつけ男たちと睨み合う


「離せって。警察呼ぶぞ」

「なんだてめぇ」


もう1人の男が昇に殴り掛かろうとするが、昇は太い右腕で容易く受け止める。


「さっさと行け、怪我するぞ。行くぞ明実」

「いでっ!いででで!」


昇は優しく私に微笑み、冷静に男の手首を掴み、力を込め威嚇する。


「わかったって‥。何もしねぇよ。…行こうぜ」

「ぉ、おう」


男たちは諦めて、夜の繁華街に消えて行った。


「ありがとう昇。助かったよ」

「あんたも一応女なんだから、危機感を持ったほうが良いぞ」

「わかった‥。ごめんごめん」


首元がV字に大きく開いているワンピースを着ていて、胸元も強調された服装をしているのだから尚更だろう。


「佐山さんも、大丈夫っすか?」

「あぁ、ごめんよ。私が付いていながら…」


佐山さんも地面に落ちていた香水の小瓶を拾い立ち上がる。


「佐山さん、大家さんも何かあったんですか?」

「遅くなりましたぁ」


後に続いて、会場を出てきたたくろうと奏浜ちゃんが合流した。


「あぁ、大丈夫だ。何でもないぞ。帰ろうぜ」


**********


アパートに帰って来たのは23時をまわる頃だった。

車を駐車場につける前に女子2人には先に降りて玄関に向かった。


「なぁたくろう。銭湯行こうぜ」

「銭湯?近くにあるんですか?」

「あぁ、あるぜ。とっておきの場所だ。

 佐山さんもどうっすか?」

「銭湯かい?たまには気分を変えるのも良いかもね。私もご一緒するよ」


ということで、六倉さんの提案で銭湯に行くことになった。


「じゃ、洗面道具とタオル持ってまた玄関集合な」

「わかりました」「わかったよ」

車を駐車場に停め、車を降りて下駄箱でスリッパに履き替える。

部屋に戻り風呂セットとバスタオルを準備する。


部屋を出て階段を下りると奏浜さんとすれ違った。

「ぁ嵐矢くん、どこが行くの?」

「これから銭湯に行くんですよ。奏浜さんもどうですか?」

「あ、そうなんだぁ。銭湯ね、私は大丈夫。すぐシャワーだけ浴びてすぐ寝ちゃうからね」

そういう奏浜さんはすでに薄手のパジャマ姿だから、それもそうか。

「そうですか、おやすみなさい」

「うん、おやすみ~」


玄関に向うと六倉さんがサンダル履き替えていた。

「ぉ、来たかたくろう」

「お待たせしました。銭湯はここから近いんですか?」

「あぁ、5分くらい歩けば着くぜ」

「そうですか」

「お待たせ2人とも、早いね」

佐山さんも合流した。

「大丈夫っす、じゃ行きましょう」


街灯も疎らな住宅街を歩いて4分ほど歩いた所で六倉さんが声を上げた。

「ここの公園な。通り抜けると近道だから」

と指差し案内した。

住宅街の真ん中に小さな公園があった。

ブランコと木製のベンチと小さな公衆トイレがある少し懐かしげを感じる公園だった。

その公園を歩いている時の六倉さんの横顔が、どこが寂しげに見えた。


「ここだ、"松倉湯"。俺の実家」

「え!?」





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